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第02章 初恋
第031話 女同士
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エリー王女はゆっくりと体を起こしながら「自分は嫌な子」なのだと言った。二つにくくった髪は乱れ、うなだれている。一緒にいた時と今の様子の違いにレイは戸惑った。
恐る恐る表情の見えないエリー王女の頬に右手を伸ばすと、そこはしっとりと濡れている。
「また……泣いていたの?」
「……すみません」
俯いたままのエリー王女にレイは安心できるように優しく声をかけ、左手を握る。
「謝る必要はないよ? だけど、俺はエリーがどうして悲しんでいるのか知りたい」
それでもエリー王女は答えようとはしなかった。
「ねぇ、エリー。俺たち友達でしょ? 友達が苦しんでいたら力になりたいよ。だからどうしたのか教えてくれる?」
「……友達……でしたね……。友達……」
エリー王女は刻むように言葉を紡ぐ。友達という言葉で意を決したのか、空いているレイの右手に左手を重ねた。
「あの……嫌いにならないで欲しいのですが……」
エリー王女の手に力が入ると、レイは「うん」と答え、同じように握り返す。エリー王女の手は僅かに震えているように感じた。
「結婚式……皆さんのように心から祝福することが出来ませんでした……。凄く羨ましくて……さらには、妬ましくさえ思っておりました……」
「妬ましい……?」
レイの言葉に俯いたまま顔を背ける。
「はい。沢山の人から祝福され、愛し合う二人を見ていたら……そう感じました。自分は好きな人とは結婚することは出来ません。そして政治的に……うわべだけで祝福をされるのです」
自分の気持ちを話せば話すほど、悲しみが増長してくる。声は震え、視界が歪む。
「誰も……誰も心から祝ってくれる人など私にはおりません。あのような輝きに満ちた世界には私はいけません……。あの二人のように幸せを感じることは出来ないのです! ですから! ですから……」
「エリー……」
顔を上げたエリー王女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「私には出来ない幸せを手にしている二人を妬んだ気持ちで見ておりました。皆様が笑顔で祝福する中で一人、そんな風に感じていたのです。そんな自分が嫌で……この醜い心を恥じ、責めておりました」
涙ながらに自分の気持ちを語るエリー王女に、レイはもう一度頬を撫でた。
「責めることはないよ。誰でも人と比べてしまうものだし、自分が辛い状況であれば妬ましく思うこともある。だけどエリーはちゃんと、相手にそれが伝わらないように笑顔で祝福をしていたでしょ? エリーは間違っていない。それで良いんだよ」
エリー王女はレイの「それで良い」という言葉でふっと心が少し気持ちが軽くなったような気がした。レイはにこっと笑うと、胸にエリー王女を引き寄せ頭を撫でる。
「大丈夫だから」
「……はい」
それがとても心地よく、全てを許してもらえたような気がした。
「それに、好きな人とだって結婚だってできるし、俺は心から祝福するよ? 友達の幸せは俺にとっても幸せなことだから。ね?」
少し落ち着いたように見えていたが、レイの言葉に今度は身を強張らせた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?
「んー、ああ、ほら。ジェルミア様だって愛し合う結婚を望んでいると言っていたよね? 今はまだ好きじゃなくても、相手を知れば好きになることだってあるし――」
「あの方は! 誰にでもその様なことを言っているという噂です……。私は……私だけを愛してくれる方が良いです」
レイの胸から顔を離し、不満そうな顔をする。それを見てレイが困ったように笑った。
「あの方は意外とエリーに本気みたいだよ。国に帰ってからは女性達を側に置かなくなったらしい。それに、ジェルミア様はデール王国の第二王子であるし、誰から見ても目を惹く容貌を持ち合わせている」
「それだけでは本当に好きなのかは判断できません。それに、身分や美麗であることよりも王となる資質があるかどうかが大事なのでしょう?」
確かにそれが一番大事ではある。しかし、エリー王女には愛し愛される相手を選んでほしい。ジェルミア王子が本気でエリー王女を好きなのであれば良いことだと思った。あとはエリー王女が好きになればいいのだ。
「んー、でもやっぱり容貌が優れていたほうがエリーも好きになりやすいかなって……」
「そ、そんなにジェルミア様と一緒になってほしいのですか? レイは……顔が良ければ誰でも好きになるのですか? それとも女性であれば誰でも……その……こうやって触れたりするのですか?」
続けざまにエリー王女が質問してきたのでレイは首を傾げる。少し論点がずれたような気がしたが、それについて思考を巡らせた。
「うーん……今までそういうことはなかったからどうなんだろう? 何故かエリーだと触りたくなっちゃうだよね。あー、でもこんなに可愛い人も初めてだから、そういうことなのかなぁ?」
「っ……」
思ってもみなかった答えが返り、一気に熱が顔に集まった。
「あはは、ほら、可愛い。でも触れないようにしないと」
「お、女友達なのですから構いません」
少し頬を染めたエリーがぷいっと顔だけを反らす。
「あはは。良かった~。しばらくまた触れられそうもないから最後にもう一度抱き締めていい?」
レイは答えを待たずに抱き締めた。エリー王女は頬を赤らめながら、背中に腕を回す。
「レイ……。また女の子の姿で会って頂けますか?」
「うん。もちろん。エリーが寂しいと感じたらいつでも女になるよ」
「……ありがとうございます……」
寂しくなったらレイは傍にいてくれるのだ。それが分かっただけでエリー王女の心も落ち着いた。二人はしばらくそのまま静かに時を過ごす。
「あー、ごめん。そろそろ魔法切れそうなんだ……。俺もう行くけど大丈夫?」
体を離されそうになり、エリー王女は腕に力を込めてそれを阻止した。もっと一緒にいたい。言葉に出来ない気持ちを腕に込めた。
恐る恐る表情の見えないエリー王女の頬に右手を伸ばすと、そこはしっとりと濡れている。
「また……泣いていたの?」
「……すみません」
俯いたままのエリー王女にレイは安心できるように優しく声をかけ、左手を握る。
「謝る必要はないよ? だけど、俺はエリーがどうして悲しんでいるのか知りたい」
それでもエリー王女は答えようとはしなかった。
「ねぇ、エリー。俺たち友達でしょ? 友達が苦しんでいたら力になりたいよ。だからどうしたのか教えてくれる?」
「……友達……でしたね……。友達……」
エリー王女は刻むように言葉を紡ぐ。友達という言葉で意を決したのか、空いているレイの右手に左手を重ねた。
「あの……嫌いにならないで欲しいのですが……」
エリー王女の手に力が入ると、レイは「うん」と答え、同じように握り返す。エリー王女の手は僅かに震えているように感じた。
「結婚式……皆さんのように心から祝福することが出来ませんでした……。凄く羨ましくて……さらには、妬ましくさえ思っておりました……」
「妬ましい……?」
レイの言葉に俯いたまま顔を背ける。
「はい。沢山の人から祝福され、愛し合う二人を見ていたら……そう感じました。自分は好きな人とは結婚することは出来ません。そして政治的に……うわべだけで祝福をされるのです」
自分の気持ちを話せば話すほど、悲しみが増長してくる。声は震え、視界が歪む。
「誰も……誰も心から祝ってくれる人など私にはおりません。あのような輝きに満ちた世界には私はいけません……。あの二人のように幸せを感じることは出来ないのです! ですから! ですから……」
「エリー……」
顔を上げたエリー王女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「私には出来ない幸せを手にしている二人を妬んだ気持ちで見ておりました。皆様が笑顔で祝福する中で一人、そんな風に感じていたのです。そんな自分が嫌で……この醜い心を恥じ、責めておりました」
涙ながらに自分の気持ちを語るエリー王女に、レイはもう一度頬を撫でた。
「責めることはないよ。誰でも人と比べてしまうものだし、自分が辛い状況であれば妬ましく思うこともある。だけどエリーはちゃんと、相手にそれが伝わらないように笑顔で祝福をしていたでしょ? エリーは間違っていない。それで良いんだよ」
エリー王女はレイの「それで良い」という言葉でふっと心が少し気持ちが軽くなったような気がした。レイはにこっと笑うと、胸にエリー王女を引き寄せ頭を撫でる。
「大丈夫だから」
「……はい」
それがとても心地よく、全てを許してもらえたような気がした。
「それに、好きな人とだって結婚だってできるし、俺は心から祝福するよ? 友達の幸せは俺にとっても幸せなことだから。ね?」
少し落ち着いたように見えていたが、レイの言葉に今度は身を強張らせた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?
「んー、ああ、ほら。ジェルミア様だって愛し合う結婚を望んでいると言っていたよね? 今はまだ好きじゃなくても、相手を知れば好きになることだってあるし――」
「あの方は! 誰にでもその様なことを言っているという噂です……。私は……私だけを愛してくれる方が良いです」
レイの胸から顔を離し、不満そうな顔をする。それを見てレイが困ったように笑った。
「あの方は意外とエリーに本気みたいだよ。国に帰ってからは女性達を側に置かなくなったらしい。それに、ジェルミア様はデール王国の第二王子であるし、誰から見ても目を惹く容貌を持ち合わせている」
「それだけでは本当に好きなのかは判断できません。それに、身分や美麗であることよりも王となる資質があるかどうかが大事なのでしょう?」
確かにそれが一番大事ではある。しかし、エリー王女には愛し愛される相手を選んでほしい。ジェルミア王子が本気でエリー王女を好きなのであれば良いことだと思った。あとはエリー王女が好きになればいいのだ。
「んー、でもやっぱり容貌が優れていたほうがエリーも好きになりやすいかなって……」
「そ、そんなにジェルミア様と一緒になってほしいのですか? レイは……顔が良ければ誰でも好きになるのですか? それとも女性であれば誰でも……その……こうやって触れたりするのですか?」
続けざまにエリー王女が質問してきたのでレイは首を傾げる。少し論点がずれたような気がしたが、それについて思考を巡らせた。
「うーん……今までそういうことはなかったからどうなんだろう? 何故かエリーだと触りたくなっちゃうだよね。あー、でもこんなに可愛い人も初めてだから、そういうことなのかなぁ?」
「っ……」
思ってもみなかった答えが返り、一気に熱が顔に集まった。
「あはは、ほら、可愛い。でも触れないようにしないと」
「お、女友達なのですから構いません」
少し頬を染めたエリーがぷいっと顔だけを反らす。
「あはは。良かった~。しばらくまた触れられそうもないから最後にもう一度抱き締めていい?」
レイは答えを待たずに抱き締めた。エリー王女は頬を赤らめながら、背中に腕を回す。
「レイ……。また女の子の姿で会って頂けますか?」
「うん。もちろん。エリーが寂しいと感じたらいつでも女になるよ」
「……ありがとうございます……」
寂しくなったらレイは傍にいてくれるのだ。それが分かっただけでエリー王女の心も落ち着いた。二人はしばらくそのまま静かに時を過ごす。
「あー、ごめん。そろそろ魔法切れそうなんだ……。俺もう行くけど大丈夫?」
体を離されそうになり、エリー王女は腕に力を込めてそれを阻止した。もっと一緒にいたい。言葉に出来ない気持ちを腕に込めた。
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