恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

文字の大きさ
上 下
31 / 235
第02章 初恋

第031話 女同士

しおりを挟む
 エリー王女はゆっくりと体を起こしながら「自分は嫌な子」なのだと言った。二つにくくった髪は乱れ、うなだれている。一緒にいた時と今の様子の違いにレイは戸惑った。
 恐る恐る表情の見えないエリー王女の頬に右手を伸ばすと、そこはしっとりと濡れている。

「また……泣いていたの?」
「……すみません」

 俯いたままのエリー王女にレイは安心できるように優しく声をかけ、左手を握る。

「謝る必要はないよ? だけど、俺はエリーがどうして悲しんでいるのか知りたい」

 それでもエリー王女は答えようとはしなかった。

「ねぇ、エリー。俺たち友達でしょ? 友達が苦しんでいたら力になりたいよ。だからどうしたのか教えてくれる?」
「……友達……でしたね……。友達……」

 エリー王女は刻むように言葉を紡ぐ。友達という言葉で意を決したのか、空いているレイの右手に左手を重ねた。

「あの……嫌いにならないで欲しいのですが……」

 エリー王女の手に力が入ると、レイは「うん」と答え、同じように握り返す。エリー王女の手は僅かに震えているように感じた。

「結婚式……皆さんのように心から祝福することが出来ませんでした……。凄く羨ましくて……さらには、妬ましくさえ思っておりました……」
「妬ましい……?」

 レイの言葉に俯いたまま顔を背ける。

「はい。沢山の人から祝福され、愛し合う二人を見ていたら……そう感じました。自分は好きな人とは結婚することは出来ません。そして政治的に……うわべだけで祝福をされるのです」

 自分の気持ちを話せば話すほど、悲しみが増長してくる。声は震え、視界が歪む。

「誰も……誰も心から祝ってくれる人など私にはおりません。あのような輝きに満ちた世界には私はいけません……。あの二人のように幸せを感じることは出来ないのです! ですから! ですから……」
「エリー……」

 顔を上げたエリー王女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「私には出来ない幸せを手にしている二人を妬んだ気持ちで見ておりました。皆様が笑顔で祝福する中で一人、そんな風に感じていたのです。そんな自分が嫌で……この醜い心を恥じ、責めておりました」

 涙ながらに自分の気持ちを語るエリー王女に、レイはもう一度頬を撫でた。

「責めることはないよ。誰でも人と比べてしまうものだし、自分が辛い状況であれば妬ましく思うこともある。だけどエリーはちゃんと、相手にそれが伝わらないように笑顔で祝福をしていたでしょ? エリーは間違っていない。それで良いんだよ」

 エリー王女はレイの「それで良い」という言葉でふっと心が少し気持ちが軽くなったような気がした。レイはにこっと笑うと、胸にエリー王女を引き寄せ頭を撫でる。

「大丈夫だから」
「……はい」

 それがとても心地よく、全てを許してもらえたような気がした。

「それに、好きな人とだって結婚だってできるし、俺は心から祝福するよ? 友達の幸せは俺にとっても幸せなことだから。ね?」

 少し落ち着いたように見えていたが、レイの言葉に今度は身を強張らせた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?

「んー、ああ、ほら。ジェルミア様だって愛し合う結婚を望んでいると言っていたよね? 今はまだ好きじゃなくても、相手を知れば好きになることだってあるし――」
「あの方は! 誰にでもその様なことを言っているという噂です……。私は……私だけを愛してくれる方が良いです」

 レイの胸から顔を離し、不満そうな顔をする。それを見てレイが困ったように笑った。

「あの方は意外とエリーに本気みたいだよ。国に帰ってからは女性達を側に置かなくなったらしい。それに、ジェルミア様はデール王国の第二王子であるし、誰から見ても目を惹く容貌を持ち合わせている」
「それだけでは本当に好きなのかは判断できません。それに、身分や美麗であることよりも王となる資質があるかどうかが大事なのでしょう?」

 確かにそれが一番大事ではある。しかし、エリー王女には愛し愛される相手を選んでほしい。ジェルミア王子が本気でエリー王女を好きなのであれば良いことだと思った。あとはエリー王女が好きになればいいのだ。

「んー、でもやっぱり容貌が優れていたほうがエリーも好きになりやすいかなって……」
「そ、そんなにジェルミア様と一緒になってほしいのですか? レイは……顔が良ければ誰でも好きになるのですか? それとも女性であれば誰でも……その……こうやって触れたりするのですか?」

 続けざまにエリー王女が質問してきたのでレイは首を傾げる。少し論点がずれたような気がしたが、それについて思考を巡らせた。

「うーん……今までそういうことはなかったからどうなんだろう? 何故かエリーだと触りたくなっちゃうだよね。あー、でもこんなに可愛い人も初めてだから、そういうことなのかなぁ?」
「っ……」

 思ってもみなかった答えが返り、一気に熱が顔に集まった。

「あはは、ほら、可愛い。でも触れないようにしないと」
「お、女友達なのですから構いません」

 少し頬を染めたエリーがぷいっと顔だけを反らす。

「あはは。良かった~。しばらくまた触れられそうもないから最後にもう一度抱き締めていい?」

 レイは答えを待たずに抱き締めた。エリー王女は頬を赤らめながら、背中に腕を回す。

「レイ……。また女の子の姿で会って頂けますか?」
「うん。もちろん。エリーが寂しいと感じたらいつでも女になるよ」
「……ありがとうございます……」

 寂しくなったらレイは傍にいてくれるのだ。それが分かっただけでエリー王女の心も落ち着いた。二人はしばらくそのまま静かに時を過ごす。

「あー、ごめん。そろそろ魔法切れそうなんだ……。俺もう行くけど大丈夫?」

 体を離されそうになり、エリー王女は腕に力を込めてそれを阻止した。もっと一緒にいたい。言葉に出来ない気持ちを腕に込めた。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...