恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

文字の大きさ
上 下
30 / 235
第02章 初恋

第030話 悩み

しおりを挟む
 結婚式後の宴会はまだ続いていたが、三人は午後三時頃にはアトラス城へと戻ってきた。まだ明るい日差しが差し込むエリー王女の私室では、マーサが笑顔でエリー王女を迎える。

「じゃ、俺は部屋に戻るね」

 レイは着いたと同時にエリー王女に声をかけた。その声にエリー王女がぱっと隣に顔を向ける。

 次はいつ会えるのだろうか。こんな風に話すことはできるだろうか。昨日までのレイにまた戻ってしまうのではないかと、不安が込み上げてきた。

「……はい、今日はありがとうございました」

 そんな不安を飲み込み、笑顔を作った。震えそうな手をぎゅっと握り締め、レイの背中を見送る。

 カチャンと閉まる音が、やけに耳に響く。

「エリー様、本日はお疲れ様でした。まだお時間もございます。城内で行きたいところがあればお供致します」

 部屋にはマーサがいたため、約束通りアランはいつも通りの態度に戻っていた。分かっていたことではあったが、これからまた孤独な生活が始まるのかと思うと気持ちが沈む。

「いえ……。少し疲れましたので、部屋でゆっくり過ごしたいと思います……。ありがとう」

 視線も合わせずエリー王女が返事を返すとアランは眉間に皺を寄せた。少し様子がおかしい。部屋に戻る前との違いに疑問に感じた。

「……わかりました。では、何かあればお呼びください」

 もう少し外で遊んでいたかったか、本当に疲れているのだろう。そう結論付け、何も聞かずに部屋を出た。

「エリー様、今日は如何でしたか?」

 マーサが優しく微笑むが、何も反応を示さない。

「楽しく……なかったのですか?」

 顔を曇らせながらマーサが問うと、小さく首を振り顔を覆った。

「マーサ、ごめんなさい……。今は一人にしてください……」
「エリー様……。かしこまりました」

 マーサもまた、何も聞かずに一礼し、部屋を出ていく。扉が静かに閉まる音を聞くと、エリー王女は寝室に向かいベッドに倒れ込んだ。

 枕を抱き抱え、顔を押し付ける。すると堰を切ったように涙が溢れ出てきた。輝く世界を思い出すほど、暗い穴に落ちていく。レイもアランも、結局は自分と同じ場所にいないのだ。この城に戻ったことによってそれがよく分かった。

 私は一人なのだと。



 ◇

 アランが側近用の部屋に戻ると、レイはベッドの上で横になっていた。

「辛いか?」
「いや、んー……少し。改良したらしいし、前よりは大丈夫……かな……」

 アランがレイを覗き見ると、脂汗を流し辛そうに顔を歪ませている。

「その薬はもう使うのをやめた方がいい」
「んー……。でも、多分、男の姿じゃダメなんだ……。男女の友情には限界があるから……」
「かといって――」

 アランがそれについて反論しようとしたところ、扉を叩く音が部屋に響いた。迎え入れるために扉を開けると、神妙な面持ちのマーサが立っていた。

「エリー様に何か?」
「……むしろお尋ねさせてください。今日、何があったのでしょうか?」

 マーサがエリー王女の様子を伝えると、アランは首を捻りながらもおこなったことや、エリー王女の様子を簡潔に報告した。

「……そうであればエリー様は楽しそうに私に報告してくださったことでしょう。しかしながら、エリー様は今にも泣き出してしまいそうでした……。何かあったとしか思えません」
「俺が聞いてくるよ」

 アランが振り返ると、レイは直ぐ側まで来ていた。

「そんな体調で行くのか?」
「うん、今の俺……。女同士なら話しやすいかもしれないし。それに今のうちに聞かないと魔法薬が切れちゃうから」

 力なく笑うレイにアランは大きく息を吐いた。レイには無理してほしくないが、エリー王女も心配だった。レイの言うとおり、もしかしたらレイには話してくれるかもしれない。渋々ではあったが、道を開けた。

「早めに戻れよ」

 アランの言葉に対し、レイは右手を上げて応えた。



 ◇

 レイはエリー王女の部屋の前に来ると深呼吸をして顔を作りドアを叩いた。しばらく待つが何も反応がない。もう一度叩いてみるがやはり反応がなかったため、そっとドアを開けて中の様子を伺った。

 リビングにはいない。

「エリー、入るよ」

 ゆっくりと部屋に入り、奥へと進む。寝室への扉が僅かに開いている。そっと扉を押し開けるとベッドの上に人影があった。

「エリー? 寝ているの?」

 枕に顔を埋め、背中を向けたエリー王女に声をかけた。しかし、反応がない。

「どうしたの? 具合が悪いの?」

 レイがベッドに腰かけると、振動でエリー王女の体がぴくりと反応する。起きているようだ。

「どうしたのか教えてくれる?」

 エリー王女の流れる髪をレイが優しく手でく。今度は体を縮め、丸くなった。

「大丈夫、俺に話して……」

 エリー王女は小さく首を振る。しかし、傍にいることに対して嫌がる素振りは見せない。レイは何も言わず、何度もゆっくりと髪をとかしながら待った。

「……レイ」
「ん?」

 エリー王女のくぐもった声が聞こえ、レイは静かに続きを待つ。 

「……レイ。私がこんなに嫌な子だとは思いませんでした……」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...