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第02章 初恋
第030話 悩み
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結婚式後の宴会はまだ続いていたが、三人は午後三時頃にはアトラス城へと戻ってきた。まだ明るい日差しが差し込むエリー王女の私室では、マーサが笑顔でエリー王女を迎える。
「じゃ、俺は部屋に戻るね」
レイは着いたと同時にエリー王女に声をかけた。その声にエリー王女がぱっと隣に顔を向ける。
次はいつ会えるのだろうか。こんな風に話すことはできるだろうか。昨日までのレイにまた戻ってしまうのではないかと、不安が込み上げてきた。
「……はい、今日はありがとうございました」
そんな不安を飲み込み、笑顔を作った。震えそうな手をぎゅっと握り締め、レイの背中を見送る。
カチャンと閉まる音が、やけに耳に響く。
「エリー様、本日はお疲れ様でした。まだお時間もございます。城内で行きたいところがあればお供致します」
部屋にはマーサがいたため、約束通りアランはいつも通りの態度に戻っていた。分かっていたことではあったが、これからまた孤独な生活が始まるのかと思うと気持ちが沈む。
「いえ……。少し疲れましたので、部屋でゆっくり過ごしたいと思います……。ありがとう」
視線も合わせずエリー王女が返事を返すとアランは眉間に皺を寄せた。少し様子がおかしい。部屋に戻る前との違いに疑問に感じた。
「……わかりました。では、何かあればお呼びください」
もう少し外で遊んでいたかったか、本当に疲れているのだろう。そう結論付け、何も聞かずに部屋を出た。
「エリー様、今日は如何でしたか?」
マーサが優しく微笑むが、何も反応を示さない。
「楽しく……なかったのですか?」
顔を曇らせながらマーサが問うと、小さく首を振り顔を覆った。
「マーサ、ごめんなさい……。今は一人にしてください……」
「エリー様……。かしこまりました」
マーサもまた、何も聞かずに一礼し、部屋を出ていく。扉が静かに閉まる音を聞くと、エリー王女は寝室に向かいベッドに倒れ込んだ。
枕を抱き抱え、顔を押し付ける。すると堰を切ったように涙が溢れ出てきた。輝く世界を思い出すほど、暗い穴に落ちていく。レイもアランも、結局は自分と同じ場所にいないのだ。この城に戻ったことによってそれがよく分かった。
私は一人なのだと。
◇
アランが側近用の部屋に戻ると、レイはベッドの上で横になっていた。
「辛いか?」
「いや、んー……少し。改良したらしいし、前よりは大丈夫……かな……」
アランがレイを覗き見ると、脂汗を流し辛そうに顔を歪ませている。
「その薬はもう使うのをやめた方がいい」
「んー……。でも、多分、男の姿じゃダメなんだ……。男女の友情には限界があるから……」
「かといって――」
アランがそれについて反論しようとしたところ、扉を叩く音が部屋に響いた。迎え入れるために扉を開けると、神妙な面持ちのマーサが立っていた。
「エリー様に何か?」
「……むしろお尋ねさせてください。今日、何があったのでしょうか?」
マーサがエリー王女の様子を伝えると、アランは首を捻りながらも行ったことや、エリー王女の様子を簡潔に報告した。
「……そうであればエリー様は楽しそうに私に報告してくださったことでしょう。しかしながら、エリー様は今にも泣き出してしまいそうでした……。何かあったとしか思えません」
「俺が聞いてくるよ」
アランが振り返ると、レイは直ぐ側まで来ていた。
「そんな体調で行くのか?」
「うん、今の俺……。女同士なら話しやすいかもしれないし。それに今のうちに聞かないと魔法薬が切れちゃうから」
力なく笑うレイにアランは大きく息を吐いた。レイには無理してほしくないが、エリー王女も心配だった。レイの言うとおり、もしかしたらレイには話してくれるかもしれない。渋々ではあったが、道を開けた。
「早めに戻れよ」
アランの言葉に対し、レイは右手を上げて応えた。
◇
レイはエリー王女の部屋の前に来ると深呼吸をして顔を作りドアを叩いた。しばらく待つが何も反応がない。もう一度叩いてみるがやはり反応がなかったため、そっとドアを開けて中の様子を伺った。
リビングにはいない。
「エリー、入るよ」
ゆっくりと部屋に入り、奥へと進む。寝室への扉が僅かに開いている。そっと扉を押し開けるとベッドの上に人影があった。
「エリー? 寝ているの?」
枕に顔を埋め、背中を向けたエリー王女に声をかけた。しかし、反応がない。
「どうしたの? 具合が悪いの?」
レイがベッドに腰かけると、振動でエリー王女の体がぴくりと反応する。起きているようだ。
「どうしたのか教えてくれる?」
エリー王女の流れる髪をレイが優しく手で鋤く。今度は体を縮め、丸くなった。
「大丈夫、俺に話して……」
エリー王女は小さく首を振る。しかし、傍にいることに対して嫌がる素振りは見せない。レイは何も言わず、何度もゆっくりと髪をとかしながら待った。
「……レイ」
「ん?」
エリー王女のくぐもった声が聞こえ、レイは静かに続きを待つ。
「……レイ。私がこんなに嫌な子だとは思いませんでした……」
「じゃ、俺は部屋に戻るね」
レイは着いたと同時にエリー王女に声をかけた。その声にエリー王女がぱっと隣に顔を向ける。
次はいつ会えるのだろうか。こんな風に話すことはできるだろうか。昨日までのレイにまた戻ってしまうのではないかと、不安が込み上げてきた。
「……はい、今日はありがとうございました」
そんな不安を飲み込み、笑顔を作った。震えそうな手をぎゅっと握り締め、レイの背中を見送る。
カチャンと閉まる音が、やけに耳に響く。
「エリー様、本日はお疲れ様でした。まだお時間もございます。城内で行きたいところがあればお供致します」
部屋にはマーサがいたため、約束通りアランはいつも通りの態度に戻っていた。分かっていたことではあったが、これからまた孤独な生活が始まるのかと思うと気持ちが沈む。
「いえ……。少し疲れましたので、部屋でゆっくり過ごしたいと思います……。ありがとう」
視線も合わせずエリー王女が返事を返すとアランは眉間に皺を寄せた。少し様子がおかしい。部屋に戻る前との違いに疑問に感じた。
「……わかりました。では、何かあればお呼びください」
もう少し外で遊んでいたかったか、本当に疲れているのだろう。そう結論付け、何も聞かずに部屋を出た。
「エリー様、今日は如何でしたか?」
マーサが優しく微笑むが、何も反応を示さない。
「楽しく……なかったのですか?」
顔を曇らせながらマーサが問うと、小さく首を振り顔を覆った。
「マーサ、ごめんなさい……。今は一人にしてください……」
「エリー様……。かしこまりました」
マーサもまた、何も聞かずに一礼し、部屋を出ていく。扉が静かに閉まる音を聞くと、エリー王女は寝室に向かいベッドに倒れ込んだ。
枕を抱き抱え、顔を押し付ける。すると堰を切ったように涙が溢れ出てきた。輝く世界を思い出すほど、暗い穴に落ちていく。レイもアランも、結局は自分と同じ場所にいないのだ。この城に戻ったことによってそれがよく分かった。
私は一人なのだと。
◇
アランが側近用の部屋に戻ると、レイはベッドの上で横になっていた。
「辛いか?」
「いや、んー……少し。改良したらしいし、前よりは大丈夫……かな……」
アランがレイを覗き見ると、脂汗を流し辛そうに顔を歪ませている。
「その薬はもう使うのをやめた方がいい」
「んー……。でも、多分、男の姿じゃダメなんだ……。男女の友情には限界があるから……」
「かといって――」
アランがそれについて反論しようとしたところ、扉を叩く音が部屋に響いた。迎え入れるために扉を開けると、神妙な面持ちのマーサが立っていた。
「エリー様に何か?」
「……むしろお尋ねさせてください。今日、何があったのでしょうか?」
マーサがエリー王女の様子を伝えると、アランは首を捻りながらも行ったことや、エリー王女の様子を簡潔に報告した。
「……そうであればエリー様は楽しそうに私に報告してくださったことでしょう。しかしながら、エリー様は今にも泣き出してしまいそうでした……。何かあったとしか思えません」
「俺が聞いてくるよ」
アランが振り返ると、レイは直ぐ側まで来ていた。
「そんな体調で行くのか?」
「うん、今の俺……。女同士なら話しやすいかもしれないし。それに今のうちに聞かないと魔法薬が切れちゃうから」
力なく笑うレイにアランは大きく息を吐いた。レイには無理してほしくないが、エリー王女も心配だった。レイの言うとおり、もしかしたらレイには話してくれるかもしれない。渋々ではあったが、道を開けた。
「早めに戻れよ」
アランの言葉に対し、レイは右手を上げて応えた。
◇
レイはエリー王女の部屋の前に来ると深呼吸をして顔を作りドアを叩いた。しばらく待つが何も反応がない。もう一度叩いてみるがやはり反応がなかったため、そっとドアを開けて中の様子を伺った。
リビングにはいない。
「エリー、入るよ」
ゆっくりと部屋に入り、奥へと進む。寝室への扉が僅かに開いている。そっと扉を押し開けるとベッドの上に人影があった。
「エリー? 寝ているの?」
枕に顔を埋め、背中を向けたエリー王女に声をかけた。しかし、反応がない。
「どうしたの? 具合が悪いの?」
レイがベッドに腰かけると、振動でエリー王女の体がぴくりと反応する。起きているようだ。
「どうしたのか教えてくれる?」
エリー王女の流れる髪をレイが優しく手で鋤く。今度は体を縮め、丸くなった。
「大丈夫、俺に話して……」
エリー王女は小さく首を振る。しかし、傍にいることに対して嫌がる素振りは見せない。レイは何も言わず、何度もゆっくりと髪をとかしながら待った。
「……レイ」
「ん?」
エリー王女のくぐもった声が聞こえ、レイは静かに続きを待つ。
「……レイ。私がこんなに嫌な子だとは思いませんでした……」
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