23 / 235
第02章 初恋
第023話 上手くいかない心
しおりを挟む
今度は急に体を離されたため、エリー王女は近くにあるレイの瞳をじっと見つめた。その瞳は揺れている。
「ごめん……いや……」
レイは謝ると、顔を歪ませた。そして、エリー王女から一歩離れて跪く。
「無礼な働きをしてしまいました。申し訳ございません」
その姿に、エリー王女の胸にチクリと針を刺されたような痛みが走った。確かに、配下である者に抱き締められるのはおかしい。しかし、その行為でエリー王女は安心できたのだ。
エリー王女は小さく首を振る。
「……いえ、気になさらないで下さい。私は気にしておりません」
エリー王女が声をかけても、レイは頭を下げたまま動こうとしなかった。
「レイ……。あの、本当に……」
「ありがとうございます。以後気を付けます」
レイはすっと立ち上がり、来た道を振り返る。
「ではエリー様。そろそろ戻りましょう」
いつもとは違う距離を感じる声。違和感を感じつつも返事をすると、レイはエリー王女の顔を見ずに歩き出した。慌てて後に続き、城へと向かう。道中、レイは一言も話さなければ、一度も振り向きもしない。
急にどうしたのだろう。今回の件を気にしているのだろうか。色々と考えるが、エリー王女はレイに声をかけることができなかった。
城に着くと着替えるために部屋へ通された。その際も、レイは形式ばった挨拶をしただけで決してエリー王女の顔を見ようとはしなかった。今までとは違う様子に、エリー王女は戸惑いドレスの裾をきゅっと握り締める。
モスグリーンの差し色が入ったドレスに着替え、支度が整った頃にアランが部屋に入ってきた。
「シロルディアとの友好を深めるため、本日時間を設けていただきました」
本日最後の接見は、シロルディア王国のディーン王子である。彼は次期シロルディア王国の国王となるため、エリー王女との婚姻を希望していないとのことだった。
アランは説明をしながら次の場所へと移動する。しかし、アランの説明など耳には届くことなく、エリー王女はぼうっとアランの背中を見つめて歩いていた。それはレイの不可解な行動がエリー王女の心をかき乱していたからだ。胸が苦しい。エリー王女は胸をそっと押さえた。
目的の場所に着くと、アランは扉の前で立ち止まる。
「こちらでお待ちです」
扉の脇に立つ使用人二人にアランが視線を送ると、使用人が重厚な扉を開けた。明るい日差しと爽やかな風が吹き抜ける。その風を感じ、エリー王女はやっと我に返った。またこの時間が始まる……。重い足で一歩前へ進んだ。
広い接見室の奥に庭園が一望できるテラスがあり、そこに二人の人物が立っていた。一人は体が大きく、国色である碧緑色の上質なジャケットを着ている。
「ディーン様。お待たせいたしました」
アランがその人物に声をかけると、ディーン王子がゆっくりと振り返った。そして、細い瞳を更に細め微笑む。
「本日はお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます」
さらりと長い前髪を揺らしながら、ディーン王子が丁寧にお辞儀をした。そんな柔らかな物腰にエリー王女は少しだけ安堵し、同じく丁寧にお辞儀を返す。
シロルディア王国は自然豊かな国であり、国民性ものんびりとしている。ディーン王子もまた優しい笑みを浮かべ、その国を表しているかのように見えた。
お茶を飲みながら、ディーン王子との会話が始まる。しかし内容は頭に入って来なかった。エリー王女はただ相づちを打ち、無難にやり過ごす。
「エリー様は私の話などつまらないと見える」
「ぁ……いえ、そういうわけではないのです」
長い話の中、つい違うことを考えてしまっていた。それはレイのことである。よそよそしい態度が引っ掛かっており、時々思い出しては小さなため息を溢していた。
ディーン王子は笑顔を保っていたものの、不快に感じていたに違いなかった。
◇
「エリー様。ディーン様への応対はあまり褒められたものではありませんでした。エリー様は国の代表としてディーン様とお会いしております。エリー様の印象が悪ければ、この国全体の印象も悪くなるのです。そもそも――」
エリー王女が私室に戻ってから、アランは説教を始めた。ディーン王子だけではなく、リリュートやジェルミア王子のことについても淡々と注意する。エリー王女は俯きながら静かにそれを聞き、反省した。
「申し訳ございません。今から謝罪をしに行くべきでしょうか……」
「いえ。既にフォローは入れておりますので、明日からはこの反省を活かして行ってください」
眼鏡の奥の瞳が冷ややかに自分を見ているようで、重なった視線を直ぐに反らし、はいと小さく応えた。
アランはため息をつく。
「……まだ一日目です。いきなり完璧になってほしいとは思っておりません。私とレイとでフォローしていきますので、失敗は恐れずにやっていただければと思います」
アランは少し言い過ぎたかもしれないと、言葉を付け足したのだったがエリー王女は視線を上げようとはしなかった。
「ごめん……いや……」
レイは謝ると、顔を歪ませた。そして、エリー王女から一歩離れて跪く。
「無礼な働きをしてしまいました。申し訳ございません」
その姿に、エリー王女の胸にチクリと針を刺されたような痛みが走った。確かに、配下である者に抱き締められるのはおかしい。しかし、その行為でエリー王女は安心できたのだ。
エリー王女は小さく首を振る。
「……いえ、気になさらないで下さい。私は気にしておりません」
エリー王女が声をかけても、レイは頭を下げたまま動こうとしなかった。
「レイ……。あの、本当に……」
「ありがとうございます。以後気を付けます」
レイはすっと立ち上がり、来た道を振り返る。
「ではエリー様。そろそろ戻りましょう」
いつもとは違う距離を感じる声。違和感を感じつつも返事をすると、レイはエリー王女の顔を見ずに歩き出した。慌てて後に続き、城へと向かう。道中、レイは一言も話さなければ、一度も振り向きもしない。
急にどうしたのだろう。今回の件を気にしているのだろうか。色々と考えるが、エリー王女はレイに声をかけることができなかった。
城に着くと着替えるために部屋へ通された。その際も、レイは形式ばった挨拶をしただけで決してエリー王女の顔を見ようとはしなかった。今までとは違う様子に、エリー王女は戸惑いドレスの裾をきゅっと握り締める。
モスグリーンの差し色が入ったドレスに着替え、支度が整った頃にアランが部屋に入ってきた。
「シロルディアとの友好を深めるため、本日時間を設けていただきました」
本日最後の接見は、シロルディア王国のディーン王子である。彼は次期シロルディア王国の国王となるため、エリー王女との婚姻を希望していないとのことだった。
アランは説明をしながら次の場所へと移動する。しかし、アランの説明など耳には届くことなく、エリー王女はぼうっとアランの背中を見つめて歩いていた。それはレイの不可解な行動がエリー王女の心をかき乱していたからだ。胸が苦しい。エリー王女は胸をそっと押さえた。
目的の場所に着くと、アランは扉の前で立ち止まる。
「こちらでお待ちです」
扉の脇に立つ使用人二人にアランが視線を送ると、使用人が重厚な扉を開けた。明るい日差しと爽やかな風が吹き抜ける。その風を感じ、エリー王女はやっと我に返った。またこの時間が始まる……。重い足で一歩前へ進んだ。
広い接見室の奥に庭園が一望できるテラスがあり、そこに二人の人物が立っていた。一人は体が大きく、国色である碧緑色の上質なジャケットを着ている。
「ディーン様。お待たせいたしました」
アランがその人物に声をかけると、ディーン王子がゆっくりと振り返った。そして、細い瞳を更に細め微笑む。
「本日はお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます」
さらりと長い前髪を揺らしながら、ディーン王子が丁寧にお辞儀をした。そんな柔らかな物腰にエリー王女は少しだけ安堵し、同じく丁寧にお辞儀を返す。
シロルディア王国は自然豊かな国であり、国民性ものんびりとしている。ディーン王子もまた優しい笑みを浮かべ、その国を表しているかのように見えた。
お茶を飲みながら、ディーン王子との会話が始まる。しかし内容は頭に入って来なかった。エリー王女はただ相づちを打ち、無難にやり過ごす。
「エリー様は私の話などつまらないと見える」
「ぁ……いえ、そういうわけではないのです」
長い話の中、つい違うことを考えてしまっていた。それはレイのことである。よそよそしい態度が引っ掛かっており、時々思い出しては小さなため息を溢していた。
ディーン王子は笑顔を保っていたものの、不快に感じていたに違いなかった。
◇
「エリー様。ディーン様への応対はあまり褒められたものではありませんでした。エリー様は国の代表としてディーン様とお会いしております。エリー様の印象が悪ければ、この国全体の印象も悪くなるのです。そもそも――」
エリー王女が私室に戻ってから、アランは説教を始めた。ディーン王子だけではなく、リリュートやジェルミア王子のことについても淡々と注意する。エリー王女は俯きながら静かにそれを聞き、反省した。
「申し訳ございません。今から謝罪をしに行くべきでしょうか……」
「いえ。既にフォローは入れておりますので、明日からはこの反省を活かして行ってください」
眼鏡の奥の瞳が冷ややかに自分を見ているようで、重なった視線を直ぐに反らし、はいと小さく応えた。
アランはため息をつく。
「……まだ一日目です。いきなり完璧になってほしいとは思っておりません。私とレイとでフォローしていきますので、失敗は恐れずにやっていただければと思います」
アランは少し言い過ぎたかもしれないと、言葉を付け足したのだったがエリー王女は視線を上げようとはしなかった。
0
人物紹介
大きいサイズで見る
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説

今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪妃になんて、ならなきゃよかった
よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨
恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる