15 / 235
第02章 初恋
第015話 初めての気持ち
しおりを挟む
エリー王女を無事に部屋まで送り届けた後、レイは側近用の部屋に戻ってきた。
「おかえり。報告書、先に書いておけよ」
アランが机で仕事をしながら顔を上げずに声をかけてくる。その声は聞こえていたが、レイは返事をせずにそのままベッドに倒れ込んだ。
「どうした? まだ体調が悪いのか?」
ベッドに倒れ込んだ音を聞いたアランは、顔を上げ心配そうに眉をしかめる。
「ううん。大丈夫……。あのさ、報告書ってどこまで書くの? 俺の行動も全部書くの?」
うつ伏せ状態のレイがモゴモゴ言いながらアランに尋ねた。
「全てだ。……ああ、薬のこともちゃんと書いておけよ。本当は許可なんか出ていないんだろ? まだ認可が下りていない薬を使用したことについて報告しにくいかもしれないが、それについては俺もフォロー入れるから安心しろ」
レイとしては薬のことは問題ではなく、エリー王女に口付けをしようとしてしまったことについて悩んでいた。未遂とはいえ、もし報告書に書いてしまったら側近は辞めさせられるだろう。
うーん。と唸るレイ。
「面倒がらずに今すぐ書けよ」
アランはため息をつき、また仕事を始める。レイは隠すことに決め、ゆっくりと起き上がりしぶしぶと自分の机に向かった。
◇
エリー王女はレイが部屋から出ていくと大きなため息を吐いた。緊張からかとても疲れた一日だった。だけど、レイがいなくなると不思議と寂しい気持ちにもなる。そんな気持ちで扉をじっと見つめていると、その扉を叩く音が聞こえた。もしかしてレイが戻ってきたのかと思い、胸を押さえながら入ってくるようにと促す。
「エリー様。本日はお勤めお疲れ様でした」
そこにいたのはマーサだった。いつものように優しい笑顔。それなのに何故か気落ちしていしまったエリー王女は、マーサに気がつかれないように小さく笑顔を作った。
「ただいま、マーサ……」
いつもであれば喜んで何かを話してくれるエリー王女であったが、それだけ言うと口を噤んでしまった。
「随分とお疲れのご様子ですね。お風呂の準備が出来ておりますのでまずはそちらで疲れを癒してください」
マーサはそんなエリーの様子が心配であったが、きっと慣れないことに疲れたのだろうと思い、優しく促した。
マーサは服を脱がせ、一緒にお風呂場へと入り、エリー王女の世話をした。いつも通り成すがままではあったが、今日のエリー王女は全くと言っていいほど意識が何処かに飛んでいた。
エリー王女はというと、花火での出来事を思い出していた。自分からレイに抱きつき、そのままずっと抱き締めていたこと。レイに見とれて自分から口付けをしようとしたこと……。
どうしてあのようなことをしてしまったのか自分でも分からなかった。
思い出す度に顔から火が吹き出しそうなほど恥ずかしくなり、顔を思いっきり左右に振る。
「如何されました?」
背中を洗ってくれていたマーサが驚いた。
「あの……い、いえ……何でもないです……」
マーサに相談しようかとも思ったが、怒られるのではないかと思い言葉を飲み込んだ。そしてまた大きなため息を溢す。男性が苦手と言っていたのにも関わらず、あんなことをしてしまった自分に対し、レイがどのように思ったのかを考えるだけで恐ろしかった。
それでもまたあの場面を思い出す。
まさによく読んでいた物語のワンシーンだった。もう少しで触れ合いそうな唇。あのままレイと触れ合っていたらどんな感触だったのだろう。
自分の唇に指を這わし思わず想像をしてしまう。
「さ、エリー様。次はお体を洗い流しますので立っていただけますか?」
マーサのその声にはっと我に返る。
なんというはしたない想像をしていたのだろうと自分を責めた。それに自分は王女で、相手は側近なのだ。もう思い出すのを止めようと気持ちを切り替えようとするが、気がつけば何度も何度もレイの眼差しと温もりを思い出してしまう。
その度に胸がきゅうっと締め付けられ、深いため息が溢れた。
お風呂から出た後もモヤモヤした気持ちは全く消えない。マーサに促されるままベッドに入ったものの眠れる気がしなかった。
一人になり、明かりの消えた静かな部屋では余計にレイのことばかり思い出す。
自分のために女の子になってくれたこと。
怖がっていることに気が付き手を繋いでくれたこと。
一緒に楽しく買い物をしていたこと。
噴水での出来事やお城での出来事。
どれも楽しい思い出ばかりだった。
そして、思い出すと胸が苦しくなる。
初めて感じる感情に戸惑った。
これがどういう感情なのかは分からなかったが、他のことが考えられなくなるのは問題がある。自分のやるべきことは国王を選ぶこと。自分の心を上手く切り替えられない自分に腹立たしくもなった。
一晩眠り、明日になれば忘れているだろうと目を瞑る。しかし、なかなか眠ることが出来ない。
エリー王女は、レイのことばかりを思い出す長い長い夜を過ごした――――。
「おかえり。報告書、先に書いておけよ」
アランが机で仕事をしながら顔を上げずに声をかけてくる。その声は聞こえていたが、レイは返事をせずにそのままベッドに倒れ込んだ。
「どうした? まだ体調が悪いのか?」
ベッドに倒れ込んだ音を聞いたアランは、顔を上げ心配そうに眉をしかめる。
「ううん。大丈夫……。あのさ、報告書ってどこまで書くの? 俺の行動も全部書くの?」
うつ伏せ状態のレイがモゴモゴ言いながらアランに尋ねた。
「全てだ。……ああ、薬のこともちゃんと書いておけよ。本当は許可なんか出ていないんだろ? まだ認可が下りていない薬を使用したことについて報告しにくいかもしれないが、それについては俺もフォロー入れるから安心しろ」
レイとしては薬のことは問題ではなく、エリー王女に口付けをしようとしてしまったことについて悩んでいた。未遂とはいえ、もし報告書に書いてしまったら側近は辞めさせられるだろう。
うーん。と唸るレイ。
「面倒がらずに今すぐ書けよ」
アランはため息をつき、また仕事を始める。レイは隠すことに決め、ゆっくりと起き上がりしぶしぶと自分の机に向かった。
◇
エリー王女はレイが部屋から出ていくと大きなため息を吐いた。緊張からかとても疲れた一日だった。だけど、レイがいなくなると不思議と寂しい気持ちにもなる。そんな気持ちで扉をじっと見つめていると、その扉を叩く音が聞こえた。もしかしてレイが戻ってきたのかと思い、胸を押さえながら入ってくるようにと促す。
「エリー様。本日はお勤めお疲れ様でした」
そこにいたのはマーサだった。いつものように優しい笑顔。それなのに何故か気落ちしていしまったエリー王女は、マーサに気がつかれないように小さく笑顔を作った。
「ただいま、マーサ……」
いつもであれば喜んで何かを話してくれるエリー王女であったが、それだけ言うと口を噤んでしまった。
「随分とお疲れのご様子ですね。お風呂の準備が出来ておりますのでまずはそちらで疲れを癒してください」
マーサはそんなエリーの様子が心配であったが、きっと慣れないことに疲れたのだろうと思い、優しく促した。
マーサは服を脱がせ、一緒にお風呂場へと入り、エリー王女の世話をした。いつも通り成すがままではあったが、今日のエリー王女は全くと言っていいほど意識が何処かに飛んでいた。
エリー王女はというと、花火での出来事を思い出していた。自分からレイに抱きつき、そのままずっと抱き締めていたこと。レイに見とれて自分から口付けをしようとしたこと……。
どうしてあのようなことをしてしまったのか自分でも分からなかった。
思い出す度に顔から火が吹き出しそうなほど恥ずかしくなり、顔を思いっきり左右に振る。
「如何されました?」
背中を洗ってくれていたマーサが驚いた。
「あの……い、いえ……何でもないです……」
マーサに相談しようかとも思ったが、怒られるのではないかと思い言葉を飲み込んだ。そしてまた大きなため息を溢す。男性が苦手と言っていたのにも関わらず、あんなことをしてしまった自分に対し、レイがどのように思ったのかを考えるだけで恐ろしかった。
それでもまたあの場面を思い出す。
まさによく読んでいた物語のワンシーンだった。もう少しで触れ合いそうな唇。あのままレイと触れ合っていたらどんな感触だったのだろう。
自分の唇に指を這わし思わず想像をしてしまう。
「さ、エリー様。次はお体を洗い流しますので立っていただけますか?」
マーサのその声にはっと我に返る。
なんというはしたない想像をしていたのだろうと自分を責めた。それに自分は王女で、相手は側近なのだ。もう思い出すのを止めようと気持ちを切り替えようとするが、気がつけば何度も何度もレイの眼差しと温もりを思い出してしまう。
その度に胸がきゅうっと締め付けられ、深いため息が溢れた。
お風呂から出た後もモヤモヤした気持ちは全く消えない。マーサに促されるままベッドに入ったものの眠れる気がしなかった。
一人になり、明かりの消えた静かな部屋では余計にレイのことばかり思い出す。
自分のために女の子になってくれたこと。
怖がっていることに気が付き手を繋いでくれたこと。
一緒に楽しく買い物をしていたこと。
噴水での出来事やお城での出来事。
どれも楽しい思い出ばかりだった。
そして、思い出すと胸が苦しくなる。
初めて感じる感情に戸惑った。
これがどういう感情なのかは分からなかったが、他のことが考えられなくなるのは問題がある。自分のやるべきことは国王を選ぶこと。自分の心を上手く切り替えられない自分に腹立たしくもなった。
一晩眠り、明日になれば忘れているだろうと目を瞑る。しかし、なかなか眠ることが出来ない。
エリー王女は、レイのことばかりを思い出す長い長い夜を過ごした――――。
0
人物紹介
大きいサイズで見る
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説

今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる