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第01章 出逢い
第014話 幸せの連鎖
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エリー王女とレイとの間に気まずい空気が流れている。
レイはというと、自分が行おうとした行為について戸惑っていた。何故あのような行動をしてしまったのか自分でも分からない。元々手癖が悪いのならまだしも、女性をどうこうしたいなどの欲求は特になかった。
しかもレイは側近である。
エリー王女の右腕として仕え、守る側の立場の人間だ。そんな立場の者が王女を汚すなど以ての外。そのようなことがあれば死罪をも免れないだろう。レイは心の中で頭を抱えた。
その一方で、そのようなことをされそうになった当の本人は、レイの隣で静かに前を向いている。
エリー王女が今何を思っているのかは、レイには見当もつかなかった。男が苦手だと言っていたエリー王女が少しだけ心を開いてくれたのに、これでは後戻りである。いや、むしろ悪化してしまったのではないかと背中に嫌な汗が流れた。良くて側近解消かもしれない。
「あ、あの……どうして……」
突然放たれたエリー王女の言葉に、レイの心臓が大きく跳ねた。ここは覚悟を決めるべきか。手をぐっと握りしめ、エリー王女の方へと向き直った。
「側近になろうと思ったのですか?」
「え? 側近?」
予想していた質問と違っていたため、声が裏返る。エリー王女と目が合うと直ぐに視線を逸らされたが、怒っていたり、不快感を感じているような様子はなかった。それを見てレイは胸を撫で下ろす。
「えっと、あー……。うん、そうだね。話しておいた方がいいよね……。唐突だけど実は俺、十六歳までの記憶がないんだ」
「え? 記憶が?」
少し話すことを躊躇ったが、レイは花火が消えた静かな空を見つめながら、過去の話をし始めた。
「うん、意識が戻った時は、郊外にあるアランの屋敷のベッドの上だった。自分の名前もどこで生まれたとか全く思い出せなくって、途方にくれていたらアランの親父さん……陛下の側近であるセロードさんが面倒を見るって言ってくれたんだ」
「……なぜセロードが?」
エリー王女は遠くを見つめているレイの顔をじっと見つめた。ずっと笑顔だったレイの初めてみせる真剣な表情に、エリー王女は釘付けになった。
「よくわからにけど、俺、屋敷の前で気を失って倒れていたらしい。そこにたまたま親父さんが帰ってきて、助けてもらったんだよ。俺の記憶がないとわかって、何か理由があるかもしれないからって、記憶が戻るまで家族として面倒みてくれるって言ってくれて……。頼れる人は誰もいなかったし、俺は親父さんのその好意に甘えることにしたんだ。それでさ、その日アランが帰って来た時に、俺を息子にするって言ったら物凄く驚いてさ」
レイは楽しそうに、ははは、と笑った。
「でも、すぐに受け入れてくれた。アランは真面目だし優しいから……」
嬉しそうに優しく目を細めると、すぐに照れ笑いに変わった。色々な表情を見せるレイをエリー王女は静かに見つめた。胸が小さく鼓動を刻む。不思議な感覚だった。きゅっと胸の前で両手を握りしめ、それを抑える。
レイは視線を感じエリー王女を見ると、体を縮めて少し寒そうにしているように見えた。確かに夜は冷える。レイは自分の上着を脱ぎ、エリー王女の肩にかけた。
「ごめん、寒かったよね」
優しい笑顔で見つめられたエリー王女は、また胸が高鳴りだす。顔が熱い。そんなエリー王女の気持ちも知らず、レイはすぐに視線を上げて話を続けた。
「親父さんは翌日、アランと俺を連れて城下町へ行き沢山の人達に会わせてくれたんだ。そこには沢山の優しさと幸せが溢れていて胸が熱くなった。そのあと、エリー様も行ったあの高台で親父さんに言われたんだ」
『この国は笑顔に満ちているが、少し間違えるだけでそれは失われてしまう。私はこの笑顔を守りたい。しかし、それは私一人の力で成し得ることではない。一人一人が大切な者を作り、その笑顔を守る。それだけで幸せが連鎖するんだ。一人でも多くの人を大切にし笑顔を守れる人になれ』
「って。何かめちゃくちゃ格好よく見えてさ。笑顔を守る。幸せを作る。って凄くわくわくしたんだ。俺たちの絆を深めようと言ったのかもしれないけど、俺、親父さんみたいになりたいって強く思った」
目を輝かせながら話すレイに、エリー王女はただただ見とれていた。
「俺は何故かそこそこ強かったことと、アランが騎士団に入っていたこともあって、俺もすぐに入団したんだ。最初は親父さんに認めてもらいたくて頑張っていたんだけど、いつの間にか誰かを笑顔にすることが楽しくなってた。そうしたらさ、いつの間にか周りからも認めてもらえるようになっていたんだ。自分の存在を認めてもらっているみたいで嬉しかったよ。そして、そのお陰で側近候補として選ばれ、最終選考まで残れたんだけど……」
レイの顔に影が落ち、言葉に詰まる。エリー王女は何かあったのかと不安になった。
「……最終選考の時に何かあったのですか?」
「俺の出生について委員会で問題になったんだよ。出自のわからない奴にやらせられないって。正直傷ついたよ。でも確かに側近は一番側にいて、主を危険から守るだけじゃなく正しい道へと導く役目もあるんだ。それなのに、得体の知れない人には任せれないよね。もしかしたら何処かの国の密偵かもしれないわけでしょ?」
「そんな……」
そんな風に言われたレイの気持ちを思うと、エリー王女は胸が痛かった。
「だから納得もできたし、諦めかけたんだけど、アランや仲間が抗議してくれたんだ。そして、最後に親父さんが責任は全て取るって掛け合ってくれて……」
レイがエリー王女に向き合い見つめる。
「俺は俺一人だけの力でエリー様の側近になれた訳じゃない。沢山の人達の支えがあったからこそなれたんだ。だからその想いを裏切りたくないし、大切な人達を幸せにしたい。だから俺はエリー様を幸せにするよ。約束する」
「レイ……」
エリー王女の胸にはレイの想いが深く突き刺さる。沢山の人達の想いの上に自分が立っていることに気付き、責任の重さにエリー王女は少し怖くなった。
「大丈夫だよ。エリー様は一人じゃない。俺たちが付いているんだから」
そんな気持ちを察したのか、レイは明るく伝える。しかしその明るさの裏では、皆の想いと主を守り導くという誓いを、一日目にして破りそうだった自分のことを戒めていた。
今、改めて言葉にしたことで再認識することができ、身を引き締める。
エリー王女を支えることが自分の使命なのだと――――。
レイはというと、自分が行おうとした行為について戸惑っていた。何故あのような行動をしてしまったのか自分でも分からない。元々手癖が悪いのならまだしも、女性をどうこうしたいなどの欲求は特になかった。
しかもレイは側近である。
エリー王女の右腕として仕え、守る側の立場の人間だ。そんな立場の者が王女を汚すなど以ての外。そのようなことがあれば死罪をも免れないだろう。レイは心の中で頭を抱えた。
その一方で、そのようなことをされそうになった当の本人は、レイの隣で静かに前を向いている。
エリー王女が今何を思っているのかは、レイには見当もつかなかった。男が苦手だと言っていたエリー王女が少しだけ心を開いてくれたのに、これでは後戻りである。いや、むしろ悪化してしまったのではないかと背中に嫌な汗が流れた。良くて側近解消かもしれない。
「あ、あの……どうして……」
突然放たれたエリー王女の言葉に、レイの心臓が大きく跳ねた。ここは覚悟を決めるべきか。手をぐっと握りしめ、エリー王女の方へと向き直った。
「側近になろうと思ったのですか?」
「え? 側近?」
予想していた質問と違っていたため、声が裏返る。エリー王女と目が合うと直ぐに視線を逸らされたが、怒っていたり、不快感を感じているような様子はなかった。それを見てレイは胸を撫で下ろす。
「えっと、あー……。うん、そうだね。話しておいた方がいいよね……。唐突だけど実は俺、十六歳までの記憶がないんだ」
「え? 記憶が?」
少し話すことを躊躇ったが、レイは花火が消えた静かな空を見つめながら、過去の話をし始めた。
「うん、意識が戻った時は、郊外にあるアランの屋敷のベッドの上だった。自分の名前もどこで生まれたとか全く思い出せなくって、途方にくれていたらアランの親父さん……陛下の側近であるセロードさんが面倒を見るって言ってくれたんだ」
「……なぜセロードが?」
エリー王女は遠くを見つめているレイの顔をじっと見つめた。ずっと笑顔だったレイの初めてみせる真剣な表情に、エリー王女は釘付けになった。
「よくわからにけど、俺、屋敷の前で気を失って倒れていたらしい。そこにたまたま親父さんが帰ってきて、助けてもらったんだよ。俺の記憶がないとわかって、何か理由があるかもしれないからって、記憶が戻るまで家族として面倒みてくれるって言ってくれて……。頼れる人は誰もいなかったし、俺は親父さんのその好意に甘えることにしたんだ。それでさ、その日アランが帰って来た時に、俺を息子にするって言ったら物凄く驚いてさ」
レイは楽しそうに、ははは、と笑った。
「でも、すぐに受け入れてくれた。アランは真面目だし優しいから……」
嬉しそうに優しく目を細めると、すぐに照れ笑いに変わった。色々な表情を見せるレイをエリー王女は静かに見つめた。胸が小さく鼓動を刻む。不思議な感覚だった。きゅっと胸の前で両手を握りしめ、それを抑える。
レイは視線を感じエリー王女を見ると、体を縮めて少し寒そうにしているように見えた。確かに夜は冷える。レイは自分の上着を脱ぎ、エリー王女の肩にかけた。
「ごめん、寒かったよね」
優しい笑顔で見つめられたエリー王女は、また胸が高鳴りだす。顔が熱い。そんなエリー王女の気持ちも知らず、レイはすぐに視線を上げて話を続けた。
「親父さんは翌日、アランと俺を連れて城下町へ行き沢山の人達に会わせてくれたんだ。そこには沢山の優しさと幸せが溢れていて胸が熱くなった。そのあと、エリー様も行ったあの高台で親父さんに言われたんだ」
『この国は笑顔に満ちているが、少し間違えるだけでそれは失われてしまう。私はこの笑顔を守りたい。しかし、それは私一人の力で成し得ることではない。一人一人が大切な者を作り、その笑顔を守る。それだけで幸せが連鎖するんだ。一人でも多くの人を大切にし笑顔を守れる人になれ』
「って。何かめちゃくちゃ格好よく見えてさ。笑顔を守る。幸せを作る。って凄くわくわくしたんだ。俺たちの絆を深めようと言ったのかもしれないけど、俺、親父さんみたいになりたいって強く思った」
目を輝かせながら話すレイに、エリー王女はただただ見とれていた。
「俺は何故かそこそこ強かったことと、アランが騎士団に入っていたこともあって、俺もすぐに入団したんだ。最初は親父さんに認めてもらいたくて頑張っていたんだけど、いつの間にか誰かを笑顔にすることが楽しくなってた。そうしたらさ、いつの間にか周りからも認めてもらえるようになっていたんだ。自分の存在を認めてもらっているみたいで嬉しかったよ。そして、そのお陰で側近候補として選ばれ、最終選考まで残れたんだけど……」
レイの顔に影が落ち、言葉に詰まる。エリー王女は何かあったのかと不安になった。
「……最終選考の時に何かあったのですか?」
「俺の出生について委員会で問題になったんだよ。出自のわからない奴にやらせられないって。正直傷ついたよ。でも確かに側近は一番側にいて、主を危険から守るだけじゃなく正しい道へと導く役目もあるんだ。それなのに、得体の知れない人には任せれないよね。もしかしたら何処かの国の密偵かもしれないわけでしょ?」
「そんな……」
そんな風に言われたレイの気持ちを思うと、エリー王女は胸が痛かった。
「だから納得もできたし、諦めかけたんだけど、アランや仲間が抗議してくれたんだ。そして、最後に親父さんが責任は全て取るって掛け合ってくれて……」
レイがエリー王女に向き合い見つめる。
「俺は俺一人だけの力でエリー様の側近になれた訳じゃない。沢山の人達の支えがあったからこそなれたんだ。だからその想いを裏切りたくないし、大切な人達を幸せにしたい。だから俺はエリー様を幸せにするよ。約束する」
「レイ……」
エリー王女の胸にはレイの想いが深く突き刺さる。沢山の人達の想いの上に自分が立っていることに気付き、責任の重さにエリー王女は少し怖くなった。
「大丈夫だよ。エリー様は一人じゃない。俺たちが付いているんだから」
そんな気持ちを察したのか、レイは明るく伝える。しかしその明るさの裏では、皆の想いと主を守り導くという誓いを、一日目にして破りそうだった自分のことを戒めていた。
今、改めて言葉にしたことで再認識することができ、身を引き締める。
エリー王女を支えることが自分の使命なのだと――――。
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