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第01章 出逢い
第010話 魔法薬
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クローゼットから出た先で、エリー王女を出迎えたのは女官のマーサだった。
「お帰りなさいませ。エリー様」
優しく微笑むマーサを見た瞬間、エリー王女はマーサに飛び付いた。
「ああ、マーサ! 良かった、会いたかったです」
「エリー様……ありがとうございます。お風呂の準備が出来ておりますので、まずは疲れを癒してください」
抱きついてきたエリー王女の背中をさすった後、体を離してエリー王女の髪をきれいに整える。その姿には、母のような優しく包み込むような愛が溢れていた。そんなマーサを見て、アランとレイも顔が綻んだ。
「それではエリー様。パーティーのご準備が終わるまで、我々は隣の自室におります。何かございましたらその紐を引いてお呼びください」
アランが案内した先を見ると、壁際に金の糸で紡いだロープが一本天井から垂れ下がっていた。これは、お風呂や寝室、リビングなど各部屋に設置されており、この紐を引くことによって、側近用の部屋にある鈴が鳴る仕組みになっている。
「この部屋を出て左は我々がいる側近用の部屋。右はマーサさんのお部屋となりますが、一人では外に出ずに必ず我々をお呼びください」
「あの……マーサを呼ぶ時は……?」
「三回連続で紐を引っ張ってください。我々がマーサさんを呼びますので」
「なんだか回りくどいのですね……」
「安全のため、我々が全てを把握する必要があるのです。ご了承ください」
そういうものなのかと納得した。それより、マーサがすぐ近くにいることが分かり、それだけでエリー王女の気持ちはとても落ち着いた。ほっとして力を抜いた時にレイと目が合ったエリー王女は、レイに見透かされたように思えて照れたように笑った。
二人が部屋から出ていくと、エリー王女は目を輝かせながら城下の出来事をマーサに聞かせた。
「これは、レイと一緒に購入したのですが……とても可愛くて素敵ですよね? レイったら二つ買うから安くして~って仰ったんですよ。うふふ、可笑しいですよね」
頬を赤らめながら嬉しそうに話すエリー王女を見て、マーサはとても嬉しく感じた。別れたときはあんなにも不安そうな表情をしていたため、ずっと心配をしていたのだった。しかし、目の前にいるエリー王女は、後宮内で夢みていた時のように輝いている。
「とても楽しかったのですね。お二方がエリー様をとても大事にしてくださったことがよくわかります。そういえば、あの女性は……最初にお迎えに上がった方とは違う方ですよね? 側近はたしか男性二人だと聞いておりましたが……」
「いいえ。レイは私がまだ男性に慣れていないだろうから、と私のために魔法薬で女性になってくださったのです。おかげで気兼ねなく接することができ、楽しく過ごすことが出来ました。感謝しないといけませんね」
胸に手を当てて、レイを思い出すエリー王女はやはり嬉しそうだった。しかし、マーサはそれとは対照的に表情を曇らせる。
「魔法薬ですか……」
「あの……何か問題でもあるのですか?」
マーサの呟きにエリー王女も顔を曇らせる。
「いえ、ご存知の通り魔法薬は魔法で出来ることを薬にして、誰にでも使えるようにと研究して作られたものです。しかし、人体に影響するようなものはまだ危険が伴うため全て禁止しているのです。また、口の中に入れる物も殆ど流出しておりません。ですので、そのように体を変えてしまうような魔法薬は、何かしら体に負荷がかかっているのではと案じたのです」
「確か、レイは『試作品』と言っておりました……。体に負荷とはどのような?」
マーサの話を聞いたエリー王女は急に不安になり、握った手に力が入った。
「いえ、私にはそこまでは分かりかねます。すみません、心配させてしまいましたね。エリー様のためとはいえ、無茶なことをなさるお方ですね。しかし、忠義の厚い方だということは分かりました。それだけ、今日の外出を成功させたかったのでしょう」
不安そうなエリー王女の手を取り、マーサは優しく微笑む。それに対して、エリー王女は少しだけ笑顔を作って返した。そうだ、今日の外出はそれだけ大事だったのだ。王女としての心構え。それを感じさせたかったのだ。自分の体に何か起きたとしても……。
エリー王女はレイの気持ちを受け取り、背筋を伸ばした。
その頃、アランとレイは側近用の部屋に戻り、アランが淡々と部屋の中について説明をしていた。
「そっちはお前のベッドと机。ここが風呂でそっちがトイレだ。あんまり散らかすなよ」
しかし、レイからの反応が全くないので振り替えるとドアの前で苦しそうにレイが踞っている。
「おい、レイ! どうした!? 凄い汗……。顔も青い……」
アランが駆け寄りレイの顔色を見る。意識も朦朧としており、あまりにも酷い様子だ。まずはベッドへ連れて行こうと手をかけた時、突然レイが立ち上がりトイレに駆け込む。アランも後ろから付いていき、背中をさする。
「やはりあの薬のせいだな。無茶しやがって。ジェルドの言うとおりおまえ、いつか死ぬぞ」
アランが怒ると、ははは。と力のない笑い声が返ってくる。
「あー……うん。でも吐いたら少しスッキリした。悪いけど少し寝るよ」
そう言いながら歩きながら服を脱いでいき、パンツ一枚の姿になった。しなやかな曲線が露になる。それを見たアランは顔を赤くし、慌てて視線を反らした。レイはというと、そんな自分の体を気にすることなく、ベッドの上に仰向けに寝転がり目を閉じる。
「お、おい。布団かけて寝ろ。お前は今はまだ女なんだから隠せ」
しかしレイの反応は全くない。アランは仕方なく、顔を反らしながら自分の掛け布団をかけてあげた。レイの顔を覗き見ると、眉間にシワを寄せ未だに顔色も悪かった。
「医者、呼ぶか?」
アランの問いに、レイは微かに首をふる。
「じゃ、時間になったら起こすから寝てろ」
アランはため息をつきつつ、脱ぎ散らかされた服を片付け、机の上で仕事を始めた。
「お帰りなさいませ。エリー様」
優しく微笑むマーサを見た瞬間、エリー王女はマーサに飛び付いた。
「ああ、マーサ! 良かった、会いたかったです」
「エリー様……ありがとうございます。お風呂の準備が出来ておりますので、まずは疲れを癒してください」
抱きついてきたエリー王女の背中をさすった後、体を離してエリー王女の髪をきれいに整える。その姿には、母のような優しく包み込むような愛が溢れていた。そんなマーサを見て、アランとレイも顔が綻んだ。
「それではエリー様。パーティーのご準備が終わるまで、我々は隣の自室におります。何かございましたらその紐を引いてお呼びください」
アランが案内した先を見ると、壁際に金の糸で紡いだロープが一本天井から垂れ下がっていた。これは、お風呂や寝室、リビングなど各部屋に設置されており、この紐を引くことによって、側近用の部屋にある鈴が鳴る仕組みになっている。
「この部屋を出て左は我々がいる側近用の部屋。右はマーサさんのお部屋となりますが、一人では外に出ずに必ず我々をお呼びください」
「あの……マーサを呼ぶ時は……?」
「三回連続で紐を引っ張ってください。我々がマーサさんを呼びますので」
「なんだか回りくどいのですね……」
「安全のため、我々が全てを把握する必要があるのです。ご了承ください」
そういうものなのかと納得した。それより、マーサがすぐ近くにいることが分かり、それだけでエリー王女の気持ちはとても落ち着いた。ほっとして力を抜いた時にレイと目が合ったエリー王女は、レイに見透かされたように思えて照れたように笑った。
二人が部屋から出ていくと、エリー王女は目を輝かせながら城下の出来事をマーサに聞かせた。
「これは、レイと一緒に購入したのですが……とても可愛くて素敵ですよね? レイったら二つ買うから安くして~って仰ったんですよ。うふふ、可笑しいですよね」
頬を赤らめながら嬉しそうに話すエリー王女を見て、マーサはとても嬉しく感じた。別れたときはあんなにも不安そうな表情をしていたため、ずっと心配をしていたのだった。しかし、目の前にいるエリー王女は、後宮内で夢みていた時のように輝いている。
「とても楽しかったのですね。お二方がエリー様をとても大事にしてくださったことがよくわかります。そういえば、あの女性は……最初にお迎えに上がった方とは違う方ですよね? 側近はたしか男性二人だと聞いておりましたが……」
「いいえ。レイは私がまだ男性に慣れていないだろうから、と私のために魔法薬で女性になってくださったのです。おかげで気兼ねなく接することができ、楽しく過ごすことが出来ました。感謝しないといけませんね」
胸に手を当てて、レイを思い出すエリー王女はやはり嬉しそうだった。しかし、マーサはそれとは対照的に表情を曇らせる。
「魔法薬ですか……」
「あの……何か問題でもあるのですか?」
マーサの呟きにエリー王女も顔を曇らせる。
「いえ、ご存知の通り魔法薬は魔法で出来ることを薬にして、誰にでも使えるようにと研究して作られたものです。しかし、人体に影響するようなものはまだ危険が伴うため全て禁止しているのです。また、口の中に入れる物も殆ど流出しておりません。ですので、そのように体を変えてしまうような魔法薬は、何かしら体に負荷がかかっているのではと案じたのです」
「確か、レイは『試作品』と言っておりました……。体に負荷とはどのような?」
マーサの話を聞いたエリー王女は急に不安になり、握った手に力が入った。
「いえ、私にはそこまでは分かりかねます。すみません、心配させてしまいましたね。エリー様のためとはいえ、無茶なことをなさるお方ですね。しかし、忠義の厚い方だということは分かりました。それだけ、今日の外出を成功させたかったのでしょう」
不安そうなエリー王女の手を取り、マーサは優しく微笑む。それに対して、エリー王女は少しだけ笑顔を作って返した。そうだ、今日の外出はそれだけ大事だったのだ。王女としての心構え。それを感じさせたかったのだ。自分の体に何か起きたとしても……。
エリー王女はレイの気持ちを受け取り、背筋を伸ばした。
その頃、アランとレイは側近用の部屋に戻り、アランが淡々と部屋の中について説明をしていた。
「そっちはお前のベッドと机。ここが風呂でそっちがトイレだ。あんまり散らかすなよ」
しかし、レイからの反応が全くないので振り替えるとドアの前で苦しそうにレイが踞っている。
「おい、レイ! どうした!? 凄い汗……。顔も青い……」
アランが駆け寄りレイの顔色を見る。意識も朦朧としており、あまりにも酷い様子だ。まずはベッドへ連れて行こうと手をかけた時、突然レイが立ち上がりトイレに駆け込む。アランも後ろから付いていき、背中をさする。
「やはりあの薬のせいだな。無茶しやがって。ジェルドの言うとおりおまえ、いつか死ぬぞ」
アランが怒ると、ははは。と力のない笑い声が返ってくる。
「あー……うん。でも吐いたら少しスッキリした。悪いけど少し寝るよ」
そう言いながら歩きながら服を脱いでいき、パンツ一枚の姿になった。しなやかな曲線が露になる。それを見たアランは顔を赤くし、慌てて視線を反らした。レイはというと、そんな自分の体を気にすることなく、ベッドの上に仰向けに寝転がり目を閉じる。
「お、おい。布団かけて寝ろ。お前は今はまだ女なんだから隠せ」
しかしレイの反応は全くない。アランは仕方なく、顔を反らしながら自分の掛け布団をかけてあげた。レイの顔を覗き見ると、眉間にシワを寄せ未だに顔色も悪かった。
「医者、呼ぶか?」
アランの問いに、レイは微かに首をふる。
「じゃ、時間になったら起こすから寝てろ」
アランはため息をつきつつ、脱ぎ散らかされた服を片付け、机の上で仕事を始めた。
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