恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第01章 出逢い

第002話 動揺

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 後宮から本殿へと続く長い廊下を、エリー王女は女官であるマーサと六人の侍女を引き連れて歩く。重厚な扉の前に着くと、マーサが前に進み出て扉を叩いた。本殿側より鍵を外す音がした後、両開きの扉が内側にゆっくりと開かれる。

 エリー王女の胸は激しく鳴り響き、震える手足を何とか抑えるのに精一杯だ。

――――怖い。

 これが今の正直な感想だった。あんなに楽しみにしていた外の世界だったが、今は直ぐにでも後宮に戻りたいと思っていた。

 扉の向こう側では、側近と思われる二人が片膝をついた姿勢で待っている。エリー王女が震える足で一歩本殿へと足を踏み入れると、エリー王女から見て右側にいる黒髪の男がそのままの姿勢で挨拶を始めた。



「初夏の候、王女殿下ご誕生の日をお慶び申し上げます。王の命により、本日この時より王女殿下の第一側近としてお仕えさせていただきます。我が名は、アラン・ラッシュウォールと申します」
「第二側近として王の命を受けたレイ・ラッシュウォールと申します」

 続いてふんわりと風になびく色素の薄い茶色の髪をした男が挨拶をした。

 同じ苗字ということは兄弟なのだろうか。少しくらい二人の情報を聞いておくべきだったと今更ながらにエリー王女は後悔した。

 どうして良いかわからない。

 エリー王女は素早く後ろを振り返りマーサの顔を見ると、マーサが小さく頷くのが見えた。エリー王女は意を決して正面を向き、姿勢を正し小さく喉のつかえを取る。

「面をお上げください」

 一息で告げると、二人は同時に面を上げた。彼らは想像していた以上に若く、整った顔立ちをしている。

 父親以外の男性を見たことがないエリー王女は、心臓が大きく跳ねた。目の前に組んだ手を力強く握りしめると、手の中でじんわりと汗が滲む。

 逃げたい気持ちを抑えながら二人を交互に見据えた。
 
「アラン、レイ。これから宜しくお願い致します」



 動揺していることに気づかれないよう、エリー王女は満面の微笑みを作った。
 しかし、胸は激しく鳴り響き、足は床にくっついてしまったように動けない。

 このような気持ちになること自体初めてで、エリー王女はどうして良いかわからなくなってしまった。もう一度マーサの助けを得ようと振り返るが、扉が丁度閉まるところで、頭を下げたマーサと侍女たちが扉の向こう側へと消えていく。

 ゴォン。と鳴り響く扉の音に、殴られたかのような強い衝撃を受けた。
 この広い場所で完全に一人になってしまったように思えて、目の前の世界が大きく歪む。

 頼みの綱のマーサがいなくなり、頭の中は真っ白だ。エリー王女はただ立ち尽くすしかなかった。
 必死で考えを巡らせていると、父であるシトラル国王の顔が頭をよぎった。

 何をすれば良いのかを思い出し、大きく一呼吸置いてから前に向き直る。

「ではアラン、レイ。陛下の元へ案内していただけますか」
「はい」

 アランが座ったまま一度礼をし、立ち上がるとその背の高さにまた心臓が跳ねた。父ならともかく、男性に見下ろされるのはなんだか落ち着かない。



「こちらへ」

 エリー王女のそんな動揺にアランは気が付いていたが、今は案内を優先しようと前に進み出た。その後ろをエリー王女は静かに付いて行く。
 どう見ても怯えている様子のエリー王女を、レイは心配そうに後ろから見つめた。

「少し歩きますので、その間に本日の流れを一通り説明させていただきます」

 アランは淡々とエリー王女に説明を行った。
 黒い縁の眼鏡の奥にある瞳は、一重だからか怒っているようにも見える。話す内容も無駄がなく、近寄り難い雰囲気だ。整った容姿ではあるが、それが余計エリー王女に緊張感を与えた。

「ねぇ、アラン。そんな淡々と話されてもつまらないし頭に入ってこないよ。ねっ、エリー様?」



 固くなったエリー王女に少しでも和んでほしくて、レイは横から顔を覗き込み、にこやかに微笑んで見せる。

「っ! ……あ、あの……はい。あ、いえ問題ございません。アラン、そのまま続けていただけますか。レイ、お気遣い感謝いたします」

 驚いたエリー王女は身を一歩引いた。効果は全くなく、むしろ緊張感が増したように思える。レイは少し残念そうに笑顔を作って応えた。

 気遣ってもらっているとは知らないエリー王女は、先ほど以上に動揺している気持ちを気づかれないように落ち着かせようとしていた。

 レイは可愛らしい容姿に似つかわしく、性格も人懐っこいようだ。薄茶色の髪がふわふわと揺れ、大きな瞳と優しい表情。それでも今のエリー王女には何も伝わってこなかった。むしろその人懐っこさが怖いとも感じる。

 今後この二人とずっと一緒にいなくてはならないことに、絶望すら感じていたのだった。
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