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第01章 出逢い
第001話 期待と不安
しおりを挟むとある煌びやかな屋敷に二人の男が訪ねてきた。その男の一人は目が細く、陰湿な雰囲気を漂わせてはいたものの、身なりはとても上等なものだ。屋敷の主人はその男らを招き入れ、上から下まで舐めるように見つめる。
目の細い男は膝に置いた手をぐっと握り締め、屋敷の主人を見据えた。
「――――様が望むようなことがこれから起きるでしょう。もしもそうなった場合、あなたの――――。その暁には私を――――」
男の話を聞いた屋敷の主人は、探るようにただ黙って見つめているだけだった。男は女主人の気を引くために、もう一つの話しを持ち出す。
「こんな面白い話もございます。それは――――」
屋敷の主人は男の話に興味を持ち、細かい装飾を施された豪華な長椅子から魅惑的な体を起こす。扇子をパチンと閉じ、初めて笑みを浮かべた。
それは怪しくも美しく、男の背中に冷たいものが走る。
「分かった、約束をしよう」
その言葉を聞いた男は、深く頭を下げた。
これがこの男にとって第一歩。
屋敷の主人から見えないその顔は、薄気味悪く笑っていた――――。
◇
アトラス城内の後宮――――。
ここは亡きレナ王妃のために作られた場所であったが、今は一人娘であるエリー王女が住まう場所である。エリー王女は未だにこの後宮から出たことがない。そのため、会えるのは女官や侍女、そして父であるシトラル国王のみだった。
その後宮内で愛らしい少女がまっすぐと伸びた美しい髪をなびかせ、嬉しそうにとある部屋へと入っていく。
「マーサ、今日はこんなに沢山の新しい本が入ったのですね」
真新しい本を前に、くりくりとした大きな瞳を輝かせた。彼女がエリー王女である。
部屋には入りきらないほどの本が積まれており、エリー王女は暇さえあればその部屋にいた。この部屋には夢と希望が詰まっている。本を読めば読むほど、エリー王女の胸はときめき、外の世界に憧れを抱いていった。
「早く十八歳の誕生日がこないかしら」
小柄で線の細いエリー王女には重いであろう大きくて分厚い本を、愛しい人を抱きしめるかのように抱え、女官であるマーサにそう伝えた。このセリフは日常の一部と化していた。マーサはそれでも笑顔で「そうですね」と優しく応えてくれるのだった。
ここアトラス王国では十八歳で成人として認められ、婚姻も可能となる。そのため、エリー王女は誕生日を迎えるその日から公の場に出ることを許されるのだ。外の世界を早く見たいという思いが強く、日々期待に胸を膨らませるのだった。
「お父様やお母様のような素敵な恋愛が出来るかしら?」
「そうですね」
やはりマーサは笑顔で応えてくれる。マーサは十二歳年上であり、幼い頃からずっと面倒を見てくれた姉のような母のような存在である。品の良い美しい表情と少したれ下がった優しい瞳。長い髪をきれいにまとめ上げ、凛とした姿。エリー王女はこの何もかも包み込んでくれるマーサが大好きだった。
エリー王女がマーサにそう訊ねたのには理由がある。
シトラル国王とレナ王妃は大恋愛をした末に結婚をしたと聞いていたからだ。その話を聞いてからというもの、エリー王女も同じように素敵な恋をしてみたいと憧れを抱いていた。それは外に出たときの楽しみの一つだった。
◇
「え? マーサは一緒に行かないのですか?」
それを聞かされたのは十八歳を迎えた当日の早朝だった。
「大丈夫です。後宮を出た後は、側近が二名お付きになると聞いております。その者たちがエリー様をお支えしてくださいます」
「そんな! 嫌です……私はマーサが良いです……。私……初めてお会いする方を信頼することなんて……出来ないと思います……」
初めて聞く事実に眉を寄せ、瞳を潤ませた。エリー王女が不安になるであろうと分かっていたため、マーサはギリギリまで言わないでおいたのだ。
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。ですが、忠誠を誓い選ばれた者のみが王の命により側近となれるのです。必ずエリー様のお力となりましょう」
初夏の香りを運ぶ爽やかな風も、キラキラ輝く太陽も急に心地良いものではなくなった。未知なる所へたった一人で飛び込む勇気はエリー王女にはなかったからだ。エリー王女は何かを訴えるようにじっとマーサを見つめた。
そこへ慌しく侍女達が部屋にやってきて、有無も言わさず身支度を整え始める。艶やかな長い髪をとかし、美しいドレスを身に纏う。しかしエリー王女の心は晴れなかった。
「エリー様は笑顔がとても素敵なのですから、笑顔を見せてください」
鏡の前に立つエリー王女は未だに不安な表情をしていたため、マーサは鏡越しに笑顔でそう伝えた。エリー王女は何か考えている様子だったが、小さく笑顔を作った。
「そうです。世界で一番美しいプリンセスですよ」
「ありがとう、マーサ……」
今度は大きく息を吸い込み、エリー王女は呼吸を整える。その様子を見つめるマーサは、これから起こるであろう苦難を心配しつつも、微笑みを絶やさなかった。
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