上 下
3 / 4

魔女

しおりを挟む
コクリが帰宅すると、家は氷漬けになっていた。冬でも異常に冷たい風が強く吹き荒れている。

「家が凍ってる。お母様が帰ってくるのは何ヶ月ぶりかしら。」

家に入ると毛皮の防寒コートを着た父が、コクリに気付いた。

「おかえり、コクリ。」

「ただいま、お父様。」

寒さに震え、鼻水が垂れ落ちない様に啜りながら、父がコクリに話しかけた。

「お母さんが帰ってきてるから……その……、お母さんにも相談してみたら?」

コクリはこの寒さと戦う父を不憫に思いながら、父の提案を呑んだ。

「おかえり」

「ただいま」

コクリは氷漬けになっている部屋に平然と佇む母を見つめた。久しぶりに帰って来た母は、コクリに目を向けず椅子に座ったままである。挨拶に返答はあったから、コクリは話を切り出す事にした。

「お母様…。あのね…あたし…アスター学園へ入学したいと思ってるの。」

それまで目の合わなかった母がようやくコクリを見つめた。



「どうして?そこじゃなきゃダメなの?ロクでもない人間ばかり集まるのよ。」

母は純粋に疑問を口にした。コクリを責めているわけではない。
しかしコクリにとっては否定的な言葉であった。

「貴方は魔女でしょう。普通の子ではないのよ。」

コクリの中で何かが弾けた。

「プリンセスが笑顔だと皆、笑ってくれるの。」

「え?」

「魔女として生まれてきた事を後悔なんてしてないわ。でも普通じゃなきゃ学園には通えないの?人間とはお友達になれないの?ずっとずっと考えたの。」

コクリの体が熱くなり、部屋を覆っていた氷が音を立てて溶けていく。コクリは母を真っ直ぐに見つめ、言い切った。

「だからね、あたしプリンセスになって皆、平等で笑顔が絶えない、そんな世界があたしの夢なの。」

コクリは何度も、何度も、何度も断られた。
『魔女に推薦状なんか書けない。』
『他をあたってくれ。』
『身の丈を知りなさい。』
『魔女に推薦状を書いたら汚名がつく。』
普通の子ではない現実を思い出しては、コクリは顔を俯いた。

「顔をあげなさい。」

コクリが母の言う通り顔を上げると、母は静かに目を閉じていた。

「貴方があたしに頼み事なんて初めてだわ。」

コクリは怒らせたのだと思い、焦った。

「ごっ、ごめんなさっ」

「いいえ、感心したわ。」

コクリが謝るのを遮り、母は続けた。

「正直、プリンセスは良くわからないけど。こっちへ来なさい、コクリ。」

母はコクリにあるものを渡した。

「これは?推薦状?」

「お母さんの知り合いに貴族がいるの。頼んで書いて貰ったわ。」

「え?」

コクリは驚きと嬉しさの混ざった声を上げた。
推薦状の推薦主を見てみると、

「………?…国…王…、国王さま?」

驚きのあまり、更に興奮した声を上げた。
母はサラッと言う。

「そいつに頼めば学園も無下にしないでしょ。」

コクリは母を半目になって見つめた。

「おどしたの?」

母は不敵に笑いながら答えた。

「脅してないわ。昔戦争で少し力を貸しただけよ。」

笑った。コクリは母の笑顔を見て目を見開き高揚した。しかしすぐに母の顔を見れなくなった。
ダメだ。
『もう少し、もう少しコクリと一緒にいる時間を作ってくれないか?』
『あたしは気性が激しいから、あの子と居ると、あたしの悪い所が似てしまうと思って怖いのよ。』
ずっと笑顔でいないと、お母さんが帰ってきてくれない。あたしは魔女だから。笑顔でいないと友達も作れない。
『コクリは全然、恐くない。』
だからどんな時でも笑おう、笑おう。笑おう。

「ただし、魔女としての力もきちんと身につけなさい。学園では魔法は禁止…」

母はコクリに言い聞かせる様に話をしていたが、コクリの様子がおかしくなった事に気が付いた。椅子から立ち上がり、ただコクリを抱きしめた。
コクリは溢れていた涙を隠していたが、母に抱きしめられ堰を切った様に声を上げて泣いた。

「うわ~~~~~ん。うわ~~~~~ん。」

母を抱き返し、コクリは泣き続けた。
ダメよ。ホラ、早く涙を拭いて。早く笑って。
しおりを挟む

処理中です...