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嵐の国の章

嵐の後

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 兵士長たちは無残な処刑姫があげているうめき声の向こう側から、すすり泣くような響きを耳にした。

 処刑姫の更に奥では、銀髪の少女が壁に向かって何かを抱きかかえながら床に座り込んでいるようだ。
「あの後ろ姿は、アリアウェット殿?」
 兵士長は少女に近づき、声をかけようとするも、すべてを拒否するかのような見えない圧力によって押し返されてしまう。

 兵士長はこの部屋から人払いをすると、ディアンを呼んでくるように兵の一人に命じた。

「姫様……」
 ディアンの頬を風刃がかすめた。
 彼は頬に伝わる血もそのままに、アリアウェットに向けて歩を進めていく。
 彼女から発せられているであろう強力な圧力を押し切りながら。

「姫様……」
「ねえディアン、ぷーさんが死んじゃった」
「すまん」
「なぜ謝るの?」
「すまん」

 アリアウェットは振り返り、長い間泣き腫らしたのであろうか、真っ赤な瞳と厚く腫れた瞼でディアンを睨みつけた。ぷーさんの亡骸を抱えながら。

「みんな死んじゃえばいいんだわ!」
「すまん」
「王もダンカンも殺してやろうかしら! 兵も民もみんな殺してやろうかしら!」
 錯乱するアリアウェット。
 そんな彼女に、ディアンは卑怯と思いつつもある言葉を投げかけた。

「なあ姫様、オルウェンも殺すのか?」
「できるわけないじゃない!」

 ディアンの言葉を合図としたかのように、彼女はぷーさんの亡骸に顔をうずめると堰を切ったように泣き始めた。
 部屋中に響き渡る泣き声を上げて。
 ディアンは泣きはらすアリアウェットの横にそっと座る。
 そして彼女の泣き声を、己を罰するかのように無言で聞き続ける。
 それが彼にとってせめてもの贖罪だから。
 
 すまんアリア、すまなかった、ぷーさん。

 その後の探索で王は簡単に見つかった。
 彼は私室のクローゼットで、一人ガタガタと震えていた。

 処刑姫はアリアウェットが術を解放したのちに治癒魔術師がなんとか身体を治療したが、その心までは治療できなかった。
 治療が終了したところで、処刑姫は城のバルコニーから身を投げたのだ。
「殺してたもれ!」とわめきながら。

 女魔術師は結局見つからなかった。
 しかしダンカンはディアンから事前にその可能性を聞いていた。
 処刑姫と女魔術師は、下手をすれば死体も残らないだろうということを。

 こうして、ワールストームの政変は集結した。
 今回の政変後、関係者の処分と国の新体制は次の通り決定した。
 王は自らの意思で退位し、今後は離宮に軟禁される。
 ダンカン将軍は王位継承権を放棄した上で将軍職を引退し、砦の街の領主として改めてその任に就く。
 今回の戦についての処分はこれで終了となる。
 何故なら処刑姫は自ら命を絶ち、女魔術師はアリアウェットが滅したから。
 これ以上、他の誰をもが罪に問われることはない。

 新王には、王位継承権通りオルウェンが即位した。
 彼は未成年であるため、旧王軍の司令官を務めた貴族が摂政としてオルウェンをサポートすることになる。
 新たな将軍には、王城で反王軍を立ち上げた貴族が新たに任命された。
 こうして新生ワールストームは、旧王軍、旧反王軍のバランスが取れた体制となる。

 ぷーさんは、ワールストーム王家が管理する墓地内に、手厚く葬られた。
 葬儀が終わった後も、アリアウェットはそこから動こうとしない。
 そんな彼女を皆が気遣ったが、ディアンの「そっとしておいてやって欲しい」との申し出に従い、皆はアリアウェットを一人墓地に残していった。

 どれくらいの時がたっただろうか。
 アリアウェットの隣に、一人の少年が無言で座った。
 しばらくすると、彼はすすり泣きを始めた。
 彼にはどうしていいのかわからないから、泣くしかなかった。
「ごめんなさい、ぷーさん…… ごめんなさい、アリアさん……」と。

 そこには即位の席で堂々たる威厳を見せた新王の姿はなかった。
 そこにいたのは、涙で顔をくしゃくしゃにさせた十歳の少年だった。
 アリアは顔を上げた。
 悲しいのが自分だけではないと気づいたから。
 彼女は体を横に向けると、オルウェンの頭を両の腕で優しく胸に抱き、彼の髪に顔をうずめ、言葉を絞り出していく。
 
「大丈夫、もう大丈夫。だからもう泣かないで、泣かないで、オルウェン……」
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