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大人への階段

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 ただいまリビングには、赤毛美少年リスペルと眼鏡っ娘フリーレが、並んで無言のまま待機中。

 残りの五人は、台所にて夕食の準備という名目で、何やらごそごそとやっている。
 
 まずはアージュから。
「それじゃ、こういう段取りでいくか」

 続けてクラウスがうなずく。
「そだね、そっちの方が面白そうかも」

 楽しそうにしているベル。
「どっちに流れるかなあ」

 呆れた表情のフント。
「お前らマジでやるのか?」

 話が見えていないナイ。
「え、何するの?」

「ナイねーちゃんはいつもどおり食事を楽しめばいいさ。それじゃあメシにしようぜ!」

 ということで、五人はアージュが用意した夕食やら飲物やらを一斉にリビングに運び込んだ。
 
「ナイねーちゃんがたんまりと肉料理をもらってきてくれたからな。今日は肉尽くしだ」
 アージュが料理を披露するのに合わせて、同居人たちは大きな皿を並べていく。
 
 ローテーブルには、フリーレはともかく、リスペルにはなかなかお目にかかれない贅沢な料理が並べられていく。
 肉はナイがヴァントから奢ってもらったステーキとシチューの二種類が並ぶ。
 それらにアージュが用意した山盛りの生野菜と温野菜、薄くスライスされたパンなどが添えられている。

 それからこの世界では、特に子供も禁止されていないが、高価なので結果的に子供には殆ど与えられることのない飲物も出された。

 その香りがナイの鼻をくすぐる。
「あら、甘くていい香りだわ」
 そう、果実酒である。

 緊張するリスペルとフリーレの前にもタンブラーが当たり前のように並べられ、当たり前のように果実酒が注がれた。

「それじゃ、ナイねーちゃんの就職を祝って乾杯!」
 アージュの掛け声にクラウス、ナイ、ベルは当たり前のように、フントは一テンポ遅れて、リスペルとフリーレはタンブラーを持ち上げたまま制止している五人に、早くしろとばかりの視線を送られてから、おずおずとグラスを手に取った。
 
 さあ、宴会開始である。
 
「こんなに上等なのをごちそうになってもいいのかい?」
 おずおずと申し出るリスペルにアージュは上機嫌で答えた。
「構わないさ。肉はタダだしな。それに祝いの席だから果実酒も楽しんでいってくれよな」
 そんなアージュのおすすめに合わせて、クラウスとベルも、果実酒の瓶を抱えながらリスペルとフリーレの後ろに回り込んだ。

「ほらリスペルおにーちゃん、タンブラーが空だよ」
「フリーレさん、これからは僕のこともよろしくね」
 などと調子のいいことを言いながら、クラウスはリスペル、ベルはフリーレのカップに照準を合わせている。
 
 一方でフントは場の空気を読まずに、ナイにヴァントと二人きりで何をして過ごしたのかについて、根掘り葉掘り聞き出そうとしている。

「なあナイさん。ヴァントとは何をしてきたんだ?」
「先に商人組合のハーグさんのところに寄ってから市場を回って、その後に細工組合が出している店に案内してもらったわ。そこで鎖につけられた石を買ってあげるって言われたけれど、興味がないからお断りしちゃった」

 どうやらヴァントはナイにネックレスでも贈ろうと画策したらしい。
 ところが当のナイはそうした装飾品への欲求が皆無なので、プレゼントは空振りに終わったようだ。

 思わず胸をなでおろすフント。
 そんなものを誇らしげに胸に飾っているナイの姿を毎日見せつけられたら、嫉妬でたまらないであろう。
 
「それから、かぼちゃの甘露煮亭に出かけて、焼いたお肉ステーキ煮込んだお肉シチューをごちそうになったの」
 ナイは幸せそうにその時の光景を思い浮かべた。
 どうやらナイの視線にはお肉しか映っていなかった模様だ
 
「で、野菜は食ったか?」
 ナイの耽美な表情がすべてお肉に向かっていたと安堵したフントの横から、突然アージュが横やりを入れてきた。
 アージュの指摘に対して、ナイは反射的にしどろもどろになってしまう。
「えっと。今から食べるから……」
「それじゃあ今からたっぷり食え」

 ナイの目の前から、彼女が確保したステーキとシチューが撤去され、代わりに専用の皿に盛られた生野菜と温野菜に、シチューのソースが申し訳程度にかけられたものがアージュの手によって置かれてしまった。

 目の前の景色ががらりと変わったことにより、ナイは落ち込むも、念のためアージュに確認した。
「ねえアージュ、これを食べたらさ……」
「好きなだけ肉を食っていいぞ」
「頑張る!」
 ということで、ナイはフントとの会話も忘れ、彼から注がれた果実酒の存在も忘れ、一心不乱に野菜を口に運び始めた。
 
 その時フントは気づいた。
 アージュがにやりと笑いながら彼に一瞬だけ目線を送ったことに。
 その視線にとっても嫌な予感がしたフントは、今日はおとなしく食事に付き合うだけにしたのである。

 さて、宴もたけなわ。

 最初は緊張していたリスペルとフリーレであったが、クラウスの魔法談議や、それに対しての的確かつウイットに富んだ質問を飛ばすベルとのやり取りに耳を傾け、アージュとクラウスがこれまでにやらかした失敗談議に花を咲かせるうちに、徐々にリラックスしていった。

「ほらほらリスペルおにーちゃん、飲みなよ」
「フリーレもカップが空いてるよ」
 いつの間にか二人を挟み込むように着座したクラウスとベルに勧められるがままに、二人は杯を重ねていく。
 
 こうしてほろ酔い少年少女の出来上がり。
 すっかり気分がよくなってしまった二人は、ほわほわと幸せそうに寄り添いあっている。

 そんな二人の様子を観察していたアージュの目が光る。
 すると合図を待っていたかのように、フリーレの隣に陣取っていたベルがそっと何かを呟いた。
 同時にフリーレの様子がおかしくなる。

 ほんのりと染まっていた頬の赤みが少しずつ増してくる。
 彼女は全身が徐々に火照ってくるのを感じていた。
 同時に衣服の下でこすれる身体に、妙にくすぐったさが湧いていく。
 くすぐったい。
 でもちょっと気持ちいい。

 くらくらする。
 リスペル……。

 その間、ベルはフリーレの様子をひそかに観察していた。
 フリーレの身体の向きは、明らかにある方向に傾いている。
 それは偶然ではなく、無意識なフリーレの意思よるものか?

「ふーん」

 ベルはちょっとだけ楽しそうにそう呟くと、フリーレに優しく声を掛けてあげる。
「ねえフリーレ、ちょっと風に当たってくる?」
 身体に力が入らなくなったのか、フリーレはぺたりと座りこんだまま、無言でベルに頷いた。

「それじゃリスペル、ちょっと手伝って」
 ベルはフリーレの左腕を肩に担ぐと、右腕を支えるようにリスペルにごく自然に命じたのである。
 
 リスペルとベルに支えられて、フリーレは屋敷の一番奥にあるゲストルームに案内された。
 この部屋はリビングから最も離れており、角部屋のため窓は二面にある。

「よいしょっと」
 ベルはリスペルを誘導しながら、窓際に据え付けられたダブルのベッドにフリーレを腰かけさせた。
「これは外しておこうね」
 ベルはフリーレの顔からメガネをそっと外すと、ベッドサイドに置いた。
 ほおを紅潮させ、目を潤ませた、フリーレのかわいらしい素顔があらわになる。

 窓からは夕暮れから夜に替わる頃に見せる紫色の空が覗いている。

「それじゃリスペル、あそこには水差し、そっちの角には洗顔用の水樽があるから、後はよろしくね。タオルは好きなだけ使ってもいいってさ」
 そう言い残すと、部屋の隅にしつらえたランプに穏やかな明かりをともし、ベルはさっさと部屋から出て行ってしまう。

 残されたのはふわふわしたフリーレと、がちがちのリスペル。
 リスペルは自問した。
 どうしてこうなった?

「ねえリスペル、あなたも座ったら?」
 うつろな目線とふわりとした笑顔で、フリーレは無邪気にリスペルを隣に誘った。
「あ、うん。ねえフリーレ大丈夫?」
 リスペルはどぎまぎしながらも、フリーレの隣に遠慮がちにちょこりと腰掛けた。
 
 ほんの少しだけ、無言の時が流れる。
 それはリスペルにとっては混乱の時間。
 
 どうしてこうなった……。
 
「ねえリスペル?」
「なに?」
 不意のフリーレからの呼びかけにリスペルは反射的に返事をする。
「ねえ」
「なに?」

 無言でフリーレはリスペルの肩に頭を預けた。
 頭を預けたまま、上目遣いでリスペルの顔を見つめる。
 そんな視線に目線を合わせられるはずもなく、リスペルは顔を宙に泳がせた。
 
「ねえ」

……。

「嫌い?」

 え?
 
「私のこと、嫌い?」

 え?
 
「私は好き……」

 ええっ?
 
「やだ、恥ずかしい……」

 フリーレはリスペルの肩に顔をうずめてしまう。
 うずめながらもその身体をさらにリスペルに傾けていく。
 
 リスペルは混乱した。
 彼の頭の中でゴングが鳴り響くと同時に、彼の「理性」と「感情」と「欲望」がバトルロイヤルを開始する。

 リスペルの理性「だめだろこんなの!」
 リスペルの感情「僕だってフリーレの事は好きなんだ!」
 リスペルの欲望「あーセックスしてえっ」
 
 まずは感情が理性をはがい締めに捉えると、そこに欲望が強烈なラリアットを叩きこんだ。
 倒れこむ理性を感情と欲望が二人がかりでリングの外に蹴り出してしまう。
 理性が退場した今、残るは感情と欲望だけ。
 
 感情と欲望が対峙する。
 
「僕はフリーレが大事なんだ!」
「僕はフリーレとヤりたいんだ!」

 両者ががっぷりと手四つに組んだところで、リスペルは覚悟を決めた。
「僕だって、フリーレのことが好きなんだ!」

 そのままリスペルはゆっくりとフリーレをベッドに寝かせてやる。
 フリーレの両腕はいつの間にかリスペルの首にまわされている。
 
「リスペル……」
「フリーレ……」
 
 さあ、大人への階段だ。
 
 当然のことであるが、二人の世界に入り込んでしまったリスペルとフリーレは、喧騒がリビングからいつの間にか隣の部屋に移ったことには気づいていなかった。
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