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うれしはずかし少年少女

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「それじゃクラウス、ベル、お前らは先に屋敷に帰っていろ」

 アージュは皆の前でそう指示を出した後、詳細を二人に耳打ちすると、クラウスとベルも他の連中に気取られないようにニヤニヤしながら素直に頷いた。

「それじゃ行くとするか」
 アージュはキュールを担いだフントと、ようやく落ち着きを取り戻すも、足元が定かではないフリーレ、彼女を支えているリスペルと共に、商人組合へと向かった。

「おやまあ!」
 商人組合で出迎えてくれたハーグが担がれたキュールの姿に驚くのは無理もない。
 しかしどうやらヴァントが事前に商人組合に寄って、ハーグに風俗組合での実力各員について説明していたらしく、ハーグもすぐに状況を理解した。
 
「こりゃあキュールが負けちまったってことだね?フリーレ」
「うん……」
 ハーグの問いかけにフリーレは言葉少なに頷いた。

 するとアージュがハーグに向かってこんなことを言い出した。 
「ちょっとフリーレを借りていくね!」
「ちょっと、借りていくってどういうことだいアージュ!」
「せっかくだから子供同士で食事会でもしようと思ってさ」

 ハーグから半ば無理やりに了承を取り付けたアージュは、一行を引き連れてさっさと商人組合を後にした。

 さて、帰宅の道すがらでのこと。
 どうせナイは肉しかもらってこないだろうと推測したアージュは、間もなく閉場なので安売りを始めているであろう市場に向かった。

 ものすごい勢いで買物をしながらフントに荷物持ちをさせているアージュを、リスペルは置いて行かれないように必死で追いかけ、リスペルに握られた手を引っ張られながら、最後尾に続くフリーレも息を切らせながら早足でついていく。

 リスペルの意識はクラウスが見せた魔導の種類と威力に塗りつぶされていた。
 フリーレの意識はアージュ、クラウス、ナイへの恐怖に塗りつぶされていた。
 
 だから二人とも、今のところ気付いていない。
 少年少女は今宵初めて手をつないだという、ささやかながらも神聖なイベントの真っ最中であるということに。

 さて、買物を済ませた一行が屋敷に戻ると、先に帰っていたクラウスとベルに加え、ナイもすでに屋敷に戻っていた。
 屋敷までヴァントがナイについてきたのだが、クラウスから「キュールさんが大変なことになっているよ」と言われ、慌てて商人組合に帰ったそうだ。
 さすがクラウス、あしらい方をよくわかっている。
 
「お帰りアージュ、こんなにたくさん包んでもらっちゃった!」
 ナイは上機嫌でローテーブルに配置した鍋ごとの煮込肉と、折詰にされたステーキ肉を自慢げに披露した。
 そこに置かれているのはやっぱり肉だけだ。
 そこには野菜のやの字もない。

「まあ予想通りだな、それじゃ夕食の支度をするか。ナイねーちゃんは鍋と折詰を一旦台所に運んでくれるか?クラウス、後は頼んだぞ!」
「わかった。それじゃリスペルおにーちゃんもフリーレおねえちゃんも中においでよ!」

 クラウスの屈託のない笑顔に背中を押されるかのように、リスペルとフリーレは応接に構えられたローテーブルの一辺に並んで座らされた。
 
 席順は奥の位置にナイを挟んで右にアージュ、左にクラウス。
 その右側にベルとフント、反対側にはリスペルとフリーレが座ることになる。
 アージュとナイ、それにフントは台所にこもっているので、現在着席しているのはクラウス、ベル、リスペル、フリーレの四人である。
 
 四人は無言のまま。
 
 但し、緊張を隠せないリスペルとフリーレに対し、クラウスとベルは、見ようによっては嫌らしい微笑みを上機嫌で浮かべながら何かを観察しているかのようだ。

 そんな雰囲気に、リスペルがまずは屈した。
「ねえクラウス、さっきの魔法ってすごかったよね」
 するとフリーレは先程風俗組合でラーデン相手に見せた鬼のようなクラウスを思い出したのか、一層表情が強張こわばってしまう。
 しかしクラウスはニコニコと笑顔を崩さないまま。
「魔法の話は明日からでも出来るさ。それよりもリスペルおにーちゃんやフリーレおねーちゃんの事を教えてよ」
 その愛らしい笑顔で実は恐るべき魔術師であるクラウスにそう請われてしまうと、リスペルもフリーレも従うしかない。

「僕はね」
 まずはリスペルの身の上話から。

 それはよくある話。
 リスペルはいわゆる遺児だ。
 彼は早くに母親を亡くし、風俗組合で戦闘員兼探索者を行っていた父も、組合で受注した護衛の仕事中に山賊に襲われて命を落とした。

 幸か不幸か父親が組合仕事で命を落としたことから、リスペルは遺族年金代わりに風俗組合で下働きの職を与えられた。
 なのでリスペルは路頭に迷わずに済んだのだ。

 一方のフリーレは大規模カボチャ農家の次女だ。
 実家は大規模がゆえに小作人も複数雇っているので、フリーレが畑仕事に従事することはない。
 一方で彼女の上には兄と姉がいるので、後継ぎが彼女に回ってくることもない。
 
 さて、商人組合では、支配人や幹部はともかく、事務員などを組合員である商人家から雇用するのは、倫理上よろしくないとされている。
 なので承認組合では出自が承認組合に直接係らない、農家や職人たちの子女を雇用するのが通例となっている。

 そこでフリーレは商人組合で働くことにした。
 比較的裕福な彼女の就労目的は、半分が人生経験、半分が出入りの承認相手に玉の輿ゲットだ。
 ちなみに主に売店の店番をしているハーグは、道具職人を夫に持つ立派な人妻である。

 すると唐突にベルが二人に切り出した。
「ねえ、リスペルとフリーレって、お付き合いをしてるの?」
 途端に二人は顔真っ赤となる。

「い、いえ、そんなことありません!」
 動揺するフリーレ。
「フリーレはいいところの娘さんだから、僕なんか……」
 落胆するリスペル。
 そのとき、思わずきつい表情でフリーレが一瞬リスペルを睨みつけたところを、クラウスとベルが見逃すはずもない。
 
 焚きつけは完了だ。
 
 クラウスとベルは、目の前の少年少女が互いに意識しているのを確認すると、これからの実験によって二人のどちらか、特にフリーレが傷つくことはないだろうと確信した。

 すると、ちょうどいいタイミングでアージュが台所から声をかけてきた。
「クラウス、ベル、夕飯の用意ができたから運んでくれるか!」
「はーい」
 クラウスとベルはよっこらしょと立ち上がると、そろって台所に向かってしまう。

 ローテーブルに並んで残された二人。
 するとフリーレが無言でリスペルの左足を無言でつねり、リスペルは思わず背筋を伸ばしてしまう。
 そうして再び訪れる静寂。
 しかし二人は気づかなかった。
 
 クラウスとベルから報告を受けたアージュが、台所の陰からニヤニヤと二人の様子を観察していたことに。
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