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海鮮フルコースを召し上がれ

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 場は無音で凍りついたままだ。
 
 動くものは、鍛練場の一画に建てられた半透明な円柱の中に閉じ込められ、苦しそうに暴れるエビやカニと、それらに翻弄されるウニの群れ。
 さらにその中央で空洞に包まれた中年女性が、こめかみをひきつらせながら、何かを叫び続けている姿が見えるだけ。
 
 クラウスは冷酷な表情のまま微動だにしない。
 アージュは退屈そうにするも、諦めたかのように両手を頭の後ろに組んで居眠りを始めてしまう。
 フントとベルも、この後にクラウスが何をしかけるのか興味深そうに見つめている。
 
 審判役のツァーグは目の前で起きている事実に何とかついていこうと半透明の部屋を凝視する。
 商人組合の支配人であり、今回の勝負を切り出した張本人であるキュールも場を見つめるまま動けない。
 彼に連れられたフリーレも同様だ。
 
 ただ、そんな中でリスペルだけがそっと動いた。
 彼は椅子を音を立てないように注意深く運んでくると、アージュの横に置き、彼の隣に座ったのだ。

「ねえアージュ?」
 小声で語りかけてきたリスペルに、アージュも退屈しのぎに答えた。
「なんだ?リスペルにーちゃん」

 目の前の勝負もだが、その前に自身が目撃した事実への好奇心が勝るリスペルは、アージュにそっと尋ねた。
「クラウスってさ、ラーデンさんの反魔道結界アンチマジックフィールドが完成する前に、何か細い糸のようなモノをラーデンさんに打ちこんだよね?」

 すると、アージュは少し驚いたかのような表情でリスペルの方に顔を向けた。
「リスペルにーちゃん、あれが見えたんだ」
「うん。あれって何なの?」

 へえ。
 クラウスが言っていた通りだ。
 
 アージュはリスペルとクラウスに感心した。
 リスペルにはその才能に、クラウスにはリスペルの才能を一発で見抜いていたことに。
 
 クラウスが使用した遠隔糸テレスリングは、一般的な魔法体系には存在しない魔法である。
 これはその後にクラウスが使用した次元個室ディメンショナルルームも同様である。
 なぜならこれらの魔法は、クラウスの一家が新規に開発した独自体系魔法オリジナルストラクチャだからだ。
 
 これらはオリジナルストラクチャであるため、通常の魔法学には登場しない。
 だから学院などで魔法を体系的に学んだ学院魔術師、例えば魔導師のローブに身を包んでそれを誇示しているラーデンのような連中にとっては、思いもつかない魔法なのだ。
 
 なのでラーデンはクラウスが放ったテレスリングが自身に刺さっていることに気付かないまま、アンチマジックフィールドを自身の周囲に展開した。

 これがリスペルに見えたということは、彼が魔道の才能を持つことを示すと同時に、彼の魔法に向けた視野が偏見や思い込みに捕われていないということを示している。
 だからアージュはリスペルにご褒美とばかりに教えてやった。

「ありゃクラウスのオリジナルストラクチャだ。読心リードマインド隠蔽性いんぺいせいを持たせるために、ごく細い魔力の糸を相手に打ちこみ、その心を相手にばれずに読むというものさ」

 リードマインドについてはリスペルも聞いたことがある。
 しかしそれを応用した魔法ということまでは思いつかなかった。

「すごいなあ。クラウスはそんなことができるんだ!」
 リスペルの感嘆にアージュは言葉を重ねた。
「テレスリングもアンチマジックフィールドと同じで精神集中が必要なんだ。だからクラウスは次の魔法を使用する前に、おばはんとの接続を切ったんだ」

 ちなみにアンチマジックフィールドは発動後に魔法効果を無効にする術で、発動前に仕掛けられた魔法を消去イレースすることはできない。
 
「クラウスがその後に使ったディメンショナルルームもオリジナルストラクチャだな。まあこっちは上級呪文を簡素化した奴だけれどな」

 次元個室ディメンショナルルームは、かつて魔王が得意とした次元隔壁クローズドディメンションを簡易化した魔法である。
 クローズドディメンションはそれ自体が恐るべき強度を持つうえに、その中に魔界との召喚魔法陣を形成するという、とんでもないものであった。
 その分消費する魔力もとんでもないのであるが。

 この呪文を学んだクラウスとクラウスの姉クレアが、その簡易版として改良したのがディメンショナルルームである。
 こちらは壁面の強度と魔法陣の能力を落とすことにより、消費魔力も軽減されている。
 その強度はそれなりの戦士が鈍器で殴れば割れる程度であり、内部に生成される召喚魔法陣は、この世界にごく当たり前に存在する物質もしくは生物を対象に絞られている。

「リスペルにーちゃんも、興味があるならクラウスから学べばいいさ」
「うん、うん!」
 リスペルはアージュから語られた未知の世界に心を奪われてしまった。
 
「お、そろそろかな?」

 アージュが身を乗り出した先では、囚われのラーデンが意を決したかのように構え直していた。
 
 ラーデンは覚悟を決めた。
 このままでは自身の魔力が尽きるのが先だ。
 ならば、敢えてこの責めを受けた上で、もう一度ギブアップをしよう。

 しかしラーデンは本気でギブアップするつもりはない。 
 先程のクラウスの説明が事実であれば、ギブアップは彼にしか聞こえないはずだ。

 なので、彼が油断して魔法を解除した所で、渾身の電撃ライトニングを彼に向けて放つ。
 この場で意識さえ奪ってしまえば、後はどうとでもなるさ。
 という狡猾な作戦だ。
 
「仕方ないね」

 そうクラウスに呟くと、ラーデンはアンチマジックシールドを自ら解除した。
 
 同時に海水がラーデンの全身を容赦なく襲い、続けて閉鎖空間で虐げられていたエビとカニが猛然と暴れ始め、その勢いにウニは玉つきのように海水の中で翻弄される。

 ラーデンは海水におぼれ、身もだえるエビの衣類への侵入を許し、カニのハサミにそこらじゅうを裂かれ、皮膚が露出した部分にはウニの針がことごとく突き刺さった。

 しかしそれはラーデンにとっては想定内の痛みであり、想定さえできれば我慢できないわけではない。
 伊達に彼女も風俗組合の支配人まで上り詰めていないということだ。
 ラーデンはクラウスの前でわざとらしく身もだえながらも、冷静に反撃のチャンスを窺っていた。
 
「おばちゃん、エビとカニとウニは美味しい?」
「もうやめとくれ!あたしゃもう一生エビもカニもウニも食べられなくなっちまうよ!」
「そっか、それは残念だね」
「なあ坊や、勘弁しておくれよ。もう解放しておくれよ!」

 必死な演技を見せるラーデンに呼応するかのようにクラウスは呟いた。

「ならそうしよっかな」
 チャンス。
 
 ラーデンは痛みと奇妙な快感に失いそうになる意識を何とかつなぎとめながら、反撃のチャンスを待つ。
「早く、早くしておくれ!」
 
「それじゃ解放リリース

 クラウスの呟きに合わせ、瞬時に海水と海生物たちがラーデンの周りから消え去った。
 残るは円柱の中でしゃがみこむラーデンのみ。
 
「なあ、ギブアップさせておくれよ」
 ラーデンはそう懇願しながら、チャンスを待つ。
 このガキが奇妙な部屋を解放する瞬間を。
 
 しかしラーデンの思い通りにはならなかった。 
「だめだよおばちゃん、まだメインディッシュが残っているもの」

 メインディッシュ?
 あ!
 
 ラーデンは気づいた。
 そして身震いした。
 最後に思い浮かべた大好物。
 あれが来るのか。
 来てしまうのか。
 
「それじゃあ楽しんでね! 鰻召喚イール

 クラウスの呪文と共に、ラーデンは彼女の大好物であるウナギを頭から大量にかぶったのである。
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