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バケモノ登場

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 大型の馬二頭に引かれた戦馬車チャリオットを中心に、探索隊は、ある者は馬、ある者は徒歩にて、フンフとゼクスの二人が行方不明になったという地点に向かっている。
 
 戦車は団長のパドが直々に手綱を取り、副団長のツァーグがその背後に控えている。
 ツァーグは団長の横に移動し、口を開いた。

「団長、イーゼルを置いてきちまってよかったんですかい?」

 するとパドは黒髪と黒髭に覆われた顔を楽しげにぐにゃりを歪めた。
 
「お前ならイーゼルを残してきた理由くらいはわかるだろう?」
「わかりたかあないですがね」
 ツァーグはやれやれといった表情で再び団長の背後に戻っていく。
 
 一方のアージュ達は、ほぼ無抵抗のイーゼルを縛り上げると、口に猿轡を噛ませ、マジカルホースに括りつけた。

「それじゃあ俺達も行くか」
「そだね。しっかしあのパドっておっさんも酷いよね」
「そうね。フリーレちゃん達が言っていた通りだわ」

 そんな会話を交わしながら、意地の悪そうな笑みを浮かべた三人は、探索隊の後を追って行った。
 
 探索隊は周囲を警戒しながらも整然と進み、やがて目的地に到着した。
 
「野郎ども、隊列を変えろ!」
 パドの指示に従い、馬上の鎧戦士たちは馬を下り並んでいく。
 さらにその前には、革鎧を身につけた軽装の男が先頭に立ち、一行を先導するように進んでいく。
 
「どうだリスペル?」
 ツァーグがそう小声で呟くと、リスペルと呼ばれた先頭に立つ少年の声が直接ツァーグの耳に届いた。
 
「この先に何やら気配を感じます。風下から回り込んでみましょう」
 リスペルは初級通信魔法「風の伝言ウインドメッセージ」によってツァーグにそう伝えると、彼の背後から続く戦士どもを風下に誘導していく。

 さらにしばらく進んだところで、再びリスペルからツァーグの元に声が届いた。
 
「人影が見えます。どうやらフンフとゼクスらしいですが、様子がおかしいです。どうしますか?」
「どうおかしいんだ?」
 ツァーグからの問いにリスぺルはいぶかしげに答えた。

「二人とも無警戒なんですよ。ぼっ立っているというか」
「団長、どうしやす?」
 ツァーグはパドに一瞥すると、リスペルからの報告を自身の魔法と偽装し、次にどうするのかパドに指示を求めた。
「どうしたらいいと思う?」
 再びやれやれと言った表情をツァーグは見せる。
 
「魔族の罠かもしれませんぜ」
「そうだな」
 パドはツァーグの判断を、さも自らの判断のように口にすると、さらに言葉を続ける。
「貴様ならこういったとき、どうする?」
「とりあえず引っ掛かってみるべきでしょうな」
「そうだな」
「それじゃあ、リスぺルはいったん引き揚げさせますぜ」
「任せる」
「リスペル、後方待機だ!」
 ツァーグはこれから始まるであろうパドの愚かな指揮に、彼の貴重な手駒である少年が巻き込まれないように誘導すると、再びパドの背後に回った。
 
「この先にフンフ達がいるぞ! お前ら合流して来い!」
「俺達がですかい?」
「当たり前だ! さっさと先行しろ!」

 戦士の中から、ことさら重装備の二人がパドから指名された。
 戦士たちはパドに聞こえないようにもぞもぞと文句を言いながらも、重装備をがちゃがちゃと鳴らしながら、気配に向かって行く。

 すぐに戦士たちは二人の気配に気づいた。
 それは見知った仲間であるフンフとゼクスに間違いない。
 しかし愚鈍な戦士たちは気づかない。
 彼らの気配がおかしいということに。
 
「お前ら、何ぼっ立ってんだ。団長が報告をお待ちだぜ!」
「で、ハイエナハウンドは見つかったのか?」

 ここまで。
 
 無防備に二人へと近づいた戦士二人は、挨拶を交わすかのようにフンフとゼクスそれぞれに抱擁された。
 同時にそれぞれが溶けあって行く。
 
「なんじゃあ、あれは?」

 遠目に様子を窺っていたパド達は、何が起きたのか一瞬判断ができなかった。
 何故なら、四人であるはずだった男たちが、再び二人となったからである。
 但し、二人の男たちからは、首・手・足がそれぞれ二本・四本・四本とえているのであるが。
 
 一瞬の静寂後に、戦士の一人が叫んだ。
 
「化物だあ!」

 叫びを合図にするかのように、奇妙な化物二体は、あり得ない速度で一団に襲いかかってきた。
 
 その四本の手には、元々の連中が得意とした武具が掲げられている。
 
 フンフだった化物は二本の腕で戦斧バトルアックスを振り回し、残る二本の腕は小剣ショートソードを器用に操っている。
 ゼクスだった化物は左右それぞれに長剣ロングソード円形楯ラウンドシールドをセットで構え、二つの楯で身を守りながら二本の剣を的確に振ってくる。
 
 瞬く間に数人の男が頭を砕かれ、首を掻き切られ、四肢を切り飛ばされた。
 
「野郎ども落ち付け! ツァーグ、いつものやつだ!」

 パドはそう叫ぶと、自ら迎え撃つように巨大な両手槌グレートモールを抱えながら、チャリオットから飛び降りた。
 同時にツァーグは初級強化呪文「増強フォース」をパドに施し、その攻撃力を倍加させる。

「てめえら援護しろい!」

 味方にも構わずぶん回されるパドのグレートモールの風切音に、巻き込まれてたまるかといった勢いで他の戦士達も化物に牽制を始める。
「ツァーグさん、睡眠霧スリープフォッグを無効化されました」
 後方に下がりながら魔法を唱えていたリスペルの報告にツァーグは忌々しげに頷く。
「ありゃあ魔族デーモン亡者アンデッドたぐいだな。恐らく精神魔法は無駄だろう」
 
 そんな二人の様子にもお構いなくパドは化物に突っ込んで行き、グレートモールが一体の首を吹き飛ばした。
 
「ほら一丁上がりだ!」

 ところが、首を一つ飛ばされても化物の動きは止まらない。
 逆にパドに戦斧の一撃をお返しとばかりに見舞ってくる。
 
 それを余裕とばかりにモールで受け止めたパドは、部下どもに指示を出していく。
 
「ほら、こいつの背中がお留守だぜ! さっさと串刺しにしちまえ!」

 優勢になれば、ならず者は強い。
 まずはパドが足止めした化物を数人で串刺しにすると、続けてパドが襲い掛かり頭をつぶしたもう一体の化物にも殺到する。
 
「こりゃあ領主さまに報告だな。また儲かるぜ」
 パドはモールを肩に担ぐと、ツァーグの方に振り返った。
「領地に化け物が出たとなれば、ハイエナハウンドどころの騒ぎじゃありませんからね。大規模な調査となるでしょうな。まずはとりあえず証拠品でも切り取ってお届けしますかい」
 ツァーグもひそかに胸をなでおろしながらパドに調子を合わせる。
 
 いつもこうなのだ。
 正直言ってパドの頭の中には暴力と性欲しか詰まっていない。
 しかもそれぞれが異常である。

 風俗組合におけるツァーグの役割の一つに、パドのコントロールがある。
 頭は空っぽなのに、一人前に虚栄心だけはあるパドを持ち上げ、それなりに作戦を組み、粗暴な連中をパドに従わせる。

 戦いの場合は、できるだけ味方に被害が出ないように策を弄する。
 どうせこの馬鹿は敵に突っ込んで行ってしまうのだ。
 ならば罠は慎重に解除するのではなく、わざと最少の被害で発動させてしまった方が早いのだ。
 今回のように。

 イーゼルを置いてきた件についてもそうだ。
 多分パドはイーゼルに飽きてきたのであろう。
 その様子は商人組合からの使いである少年たちに送った目つきでわかる。
 なのでツァーグは今後の展開についての予測と理由づけ、それからパドの欲求を満たす算段をしておかなければならない。

「まあ、この絵図えずでいいか」
 イーゼルをどうするかざっくりと思いを巡らした後、再びツァーグはそっと溜息をついた。
 今回も自らと自らの手駒に被害がなかったことに感謝しながら。

 だが、ツァーグの思考はここで止まってしまう。
 何故なら、パドの背後に巨大な何かが盛り上がってきたから。
 
「なんだあ?」

 自身の肩越しに向けられたツァーグの視線に気付いたパドも、再び振り返る。

「なんじゃあ!」

 パドの背後には、部下どもの頭をあっちこっちに生やした肉の塊が迫っていた。
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