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まずは下準備

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 三人はキュルビス商人組合でアパートメントと商店営業許可の仮契約を済ませると、組合のキュールに教えられた通りに一旦中央市場に戻りると、そこからかぼちゃの甘露煮亭と真逆の街路に進んでいった。
 
 するとキュールのおっさんが教えてくれた通り、街路をはさむように二階建ての建物が整然と並んでいる。

「お、あそこだな」
 アージュが指差したところに、アパートメント斡旋あっせんの文字が見える。

 三人はそこで店番のおばちゃんに、キュールに持たせてもらった紹介状を提示し、部屋情報を教えてもらう。

「娘さんと子供二人ならこんな間取りはどうだい?」
 おばちゃんがテーブルに間取図を開いてくれる。

「商売用の仕込みができる台所が欲しいなあ」
 これはアージュの意見。

「ベッドはナイねえちゃんの大きいのと、僕らの小さいのがあればいいよね」
 これはクラウスの意見。

 ちなみにナイは相変わらずガキ二人が何を言っているのかわからないので、そっと微笑んでいた。
 
「なら、これはどうだい。三十日で五万リルだよ」
 おばちゃんが広げたのは、ダイニングルームとベッドルーム二部屋の物件。

 ダイニングルームにはかまどとテーブルがしつらえており、自炊にはもってこいだ。
 ベッドルームに置かれているのはワイドベッドが一台だけだが、部屋は十分に広いので、そこにオプションでエクストラベッド二台を三十日五千リルで置いてくれるという。

「エクストラベッドはいらないかギャン!」
 ここでいつものようにアージュの蹴りがクラウスに決まった。

 痛みに黙りこむクラウスをよそに、アージュはおばちゃんの方を向いた。 
「場所はどこなの?」
 するとおばちゃんはちょっと困ったような表情になってしまう。
 
「実は市場から一番離れているところでね。だからこその家賃五万リルなんだけれどね」

「通りの先には何があるの?」
 クラウスの問いに、おばちゃんは商売をしくじったかなという表情で言葉を続ける。
「その先は街はずれさ。正直治安は良くないから用心が必要だよ」

 続けておばちゃんは他の物件もいろいろと紹介してくれた。
 でも、それらは最初の物件よりも治安がいいだけで、条件や間取りが悪い。

「ナイ姉ちゃんがいるから大丈夫だろ」
「そだね。お姉ちゃんが返り討ちにしてくれるだろうし」
「賊は手打ちにしても問題ないのかしら?」

 三人の勇敢な言葉におばちゃんはおやおやといった表情をし、続けて笑顔に戻る。
「まあね、危ないところに近づきさえしなきゃいいんだよ」

 ということで、三人はキュルビスでの住居を最初の物件に決めた。
 
 店番のおばちゃんに引っ越しは明後日だと伝えると、三人はかぼちゃの甘露煮亭に戻った。
 途中の市場でかぼちゃと牛乳、そして薬屋でなぜか胃薬を購入したアージュに、ナイは不思議そうな顔をみせる。

「薬というのは、怪我や病気を治すまじないだと母様に教わったけれど、アージュはどこか悪いの?」

 するとアージュは、思いもよらぬナイの知識に「へえ」と感心すると、楽しそうにナイへと笑いかけた。
 
「まあ見てろって。楽しみにしてな」
 ぽかんとするナイに、クラウスがフォローを入れる。
「アージュの料理は美味しいからね。それにあの品揃えだと、多分アージュはデザートを作るつもりだろうしさ」

 デザート?
 
 ナイは思い出した。
 昨夜クラウスがメニューとやらをいろいろ調べた後、デザートやらがないと文句を言っていたことを。
 ところがアージュはそんなクラウスに向けてもニヤリと笑う。

「ばーか。ちまちまとデザートなんかこしらえていられるか。商売ネタだよ、商売のな」
「あ、そっちか」

 納得したようなクラウスの表情が不思議だったが、ナイはとりあえず楽しみにしておくことにする。
 
 二日目の夕食を早めに宿で済ませた後、アージュはランドセルから、ナイが初めて見るような道具を取り出した。
 
「ナイねーちゃん、これをよく見ていろよ」

 アージュの指示に、ナイは彼の手元を凝視する。
 大き目のナイフを取り出したアージュは、まずはかぼちゃを中央で割って、中の種をわたごと取り出している。
 その後、身を一口サイズに切り分ければ準備完了。
 
「ナイねーちゃん、やってみな」

 アージュに言われるがままにナイは左手でかぼちゃを持つと、右手を鎌に変化させ、器用にかぼちゃを一口サイズに切っていく。

「上々」

 アージュは自分とナイが切ったかぼちゃを鍋に入れると、ランドセルから出した小さなかまどのようなものを使い、それを蒸し始める。
 すると、部屋の中はすぐにかぼちゃの甘い匂いに包まれていく。
 
 続けてアージュは市場で購入した牛乳と胃薬を取り出すと、何やらぶつぶつ言いながら蒸したカボチャを網のようなものですりつぶしている。
 
「よし、こんなもんか。ほらクラウス、ナイねーちゃん、味見してみろ」

 アージュが小さな容器に取り分けたそれを恐る恐る口にしたナイは、心底驚いた。
 なぜなら、香りも舌触りも喉ごしも初めての経験だったから。
 
「美味しい……」

 ナイの感嘆に満足な表情を見せたアージュは、クラウスにも出来栄えを聞いている。
 
「これなら小遣い稼ぎにはちょうどいいね。それにどうせ……」
「まあな」

 ということで、市場で販売する商品が決定。
 
 こうして、かぼちゃの甘露煮亭での二日目は、特にナイにとって無事に終了したのである。
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