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生活を始めます
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ナイがアージュたちに「もっとゆっくり食え」と叱られながらも、何度もテーブルとバイキングカウンターの間を夢心地で往復している間、アージュとクラウスは今後について、周辺の客たちの会話を盗み聞きしつつ、小声で相談をしていた。
朝のホールは昨夜の閑散とした雰囲気とはうって変わって、賑やかな喧騒に包まれている。
他の宿泊客は他都市の商人がメインらしく、朝食をさっさと済ませると、すぐに席を立っていく。
どうやら前日の夜遅くに宿に入り、早朝には仕入れを済ませて、そのまま荷馬車で店に戻ってその日から商売を始めているらしい。
ただ、二人の故郷にある漁港ほど商人たちに急いでいる様子がないのは、扱い品が生ものではなく、多少保存がきく青果物だからなのであろう。
思い出してみると、昨日市場を見て回った中に、いわゆる鮮魚は全く見られなかった。
水産物のほとんどは塩漬けや干した魚、小エビなど。
肉類は豊富に出回っていたことから、多分このキュルビスという町は内陸部にあり、近くにかなり広い農場なり牧草地なりがあると推測できる。
「とりあえずしばらくはこの町を根城にすっか」
「そだね。ハイエナハウンドの件にも絡みたいものね」
ハイエナハウンドの件とは、この魔獣の幼生をボーデンの領主さまが所望しているという情報のこと。
ボーデンまでの距離がどの程度あるのかわからないので、いつになるのかは不明だが、昨日のシュルトというおっさん達の会話から、必ずキュルビスお仕事紹介所に、その仕事が持ち込まれるはず。
別に二人で馬鹿正直にハイエナハウンドの子犬を追い回す必要はない。
大人どもの陰にくっついて、おいしいところだけを安全にかっさらって行けばいいのだ。
これで当面は退屈しないだろう。
アージュとクラウスは幼い顔をにやりとゆがめた。
楽しい遊びを想像しながら。
二人は決めた。
今日一日はナイも連れて町を巡り、可能な限り路地裏をも見て回ろう。
それは仕事と住居を確保するため。
まずは昨日ひと騒動があったキュルビスお仕事紹介所に顔を出してみる。
その後は大金貨の両替ができるといわれた「商人組合」にも行ってみたい。
ふと横を見ると、ナイが満足したかのような表情で、薄目を閉じながら椅子にもたれている。
もたれた肢体が二つの胸を前面に押し出し、白のシャツから淡く透ける彼女の髪と同色の若草色のブラが、健康的な色気をまき散らしている。
いつの間にか旅人たちの視線は無言でナイの胸に集中していた。
「ナイのおっぱい、大人気だね」
クラウスが感心したようにつぶやくと、アージュはちょっと不機嫌そうに立ち上がった。
「あれはオレのだ」
「左はボクのだよ」
アージュは椅子ごとクラウスをひっくり返すと、返す刀でナイの膝下を蹴り飛ばした。
しびれる痛みに反射するように立ち上がったナイにアージュは小声で言い放った。
「無料でそんなもん見せびらかしてんじゃねえ!」
ナイは叱られている理由がわからないまま、脛の痛みに顔をしかめつつ、あらかじめ指示されていた演技に戻った。
「それではアージュ、クラウス、一旦部屋に戻りましょう」
三人は一旦部屋に戻ると、ナイの財布に貨幣の補充を始める。
「念のため大金貨も一枚だけ入れておくとするか」
「両替をする機会があるかもしれないしね」
大金貨はキュルビスの町では使用できないので、通常は財布に入れていくのは危険なだけだ。
だが、商人組合とやらに出向くならば話は別。
なぜなら、大金貨の両替という口実ができるから。
「それじゃ世間的には、ナイが長女、クラウスが長男、俺が次男でいいな」
アージュの指示にクラウスは普通に頷く。
「それでいいよ」
しかしナイにはわざわざ姉弟を名乗る理由がわからない。
「お金持ちのお坊ちゃん二人にお世話係ではだめなの?」
「ダメに決まってるだろ」
宿の主人には大金貨を見せた手前、三人はお金持ちの御子息二人が護衛兼お世話係を伴って見識を広げる旅をしているということにしてある。
これを真実と思わせるには、さらにここに嘘を重ねておけばよい。
それが三姉弟の設定だ。
別にお忍びの連中がこうした嘘設定を使うことは珍しくもない。
それにこうしておけば、万一物騒な連中からアージュたちの素性を探られても、情報屋は「実はですね」と長い前置きの後に「奴らは姉弟を装っていますが、実は何処かの金持ちが旅をさせているらしいですぜ」などという情報を売るだろう。
それでいい。
これなら、実は三人が「どっかよそから飛ばされてきた危ないガキ二人とカマキリ女でーす」と世間にばれるリスクは激減する。
それにたいていの連中は、馬鹿げた関係よりも金の匂いがする関係を信じるモノだ。
「それじゃ出発するか」
「まずはお仕事紹介所だね」
「わかりましたアージュ」
同時にナイは膝頭にアージュのローキックを食らう。
「お前は俺のねーちゃんという設定なんだから、それなりの口の利き方をするんだよ!」
ナイは痛みに涙を浮かべながらも、何とか言葉を続けてみる。
「わかったわ、これでいいかしら。ほら、馬鹿ガキども行くわよ!」
「ふざけんな!」
「調子をこき過ぎだよ!」
ナイは二人から両膝に再度ローキックをかまされることになる。
座り込むナイを引きずるように二人は部屋を出た。
「行くぞ」
「うん!」
「そうね……」
おびえながら返事をするナイの右手をアージュ、左手をクラウスが握る。
「行くよ! ナイねーちゃん!」
三人の共同生活開始である。
朝のホールは昨夜の閑散とした雰囲気とはうって変わって、賑やかな喧騒に包まれている。
他の宿泊客は他都市の商人がメインらしく、朝食をさっさと済ませると、すぐに席を立っていく。
どうやら前日の夜遅くに宿に入り、早朝には仕入れを済ませて、そのまま荷馬車で店に戻ってその日から商売を始めているらしい。
ただ、二人の故郷にある漁港ほど商人たちに急いでいる様子がないのは、扱い品が生ものではなく、多少保存がきく青果物だからなのであろう。
思い出してみると、昨日市場を見て回った中に、いわゆる鮮魚は全く見られなかった。
水産物のほとんどは塩漬けや干した魚、小エビなど。
肉類は豊富に出回っていたことから、多分このキュルビスという町は内陸部にあり、近くにかなり広い農場なり牧草地なりがあると推測できる。
「とりあえずしばらくはこの町を根城にすっか」
「そだね。ハイエナハウンドの件にも絡みたいものね」
ハイエナハウンドの件とは、この魔獣の幼生をボーデンの領主さまが所望しているという情報のこと。
ボーデンまでの距離がどの程度あるのかわからないので、いつになるのかは不明だが、昨日のシュルトというおっさん達の会話から、必ずキュルビスお仕事紹介所に、その仕事が持ち込まれるはず。
別に二人で馬鹿正直にハイエナハウンドの子犬を追い回す必要はない。
大人どもの陰にくっついて、おいしいところだけを安全にかっさらって行けばいいのだ。
これで当面は退屈しないだろう。
アージュとクラウスは幼い顔をにやりとゆがめた。
楽しい遊びを想像しながら。
二人は決めた。
今日一日はナイも連れて町を巡り、可能な限り路地裏をも見て回ろう。
それは仕事と住居を確保するため。
まずは昨日ひと騒動があったキュルビスお仕事紹介所に顔を出してみる。
その後は大金貨の両替ができるといわれた「商人組合」にも行ってみたい。
ふと横を見ると、ナイが満足したかのような表情で、薄目を閉じながら椅子にもたれている。
もたれた肢体が二つの胸を前面に押し出し、白のシャツから淡く透ける彼女の髪と同色の若草色のブラが、健康的な色気をまき散らしている。
いつの間にか旅人たちの視線は無言でナイの胸に集中していた。
「ナイのおっぱい、大人気だね」
クラウスが感心したようにつぶやくと、アージュはちょっと不機嫌そうに立ち上がった。
「あれはオレのだ」
「左はボクのだよ」
アージュは椅子ごとクラウスをひっくり返すと、返す刀でナイの膝下を蹴り飛ばした。
しびれる痛みに反射するように立ち上がったナイにアージュは小声で言い放った。
「無料でそんなもん見せびらかしてんじゃねえ!」
ナイは叱られている理由がわからないまま、脛の痛みに顔をしかめつつ、あらかじめ指示されていた演技に戻った。
「それではアージュ、クラウス、一旦部屋に戻りましょう」
三人は一旦部屋に戻ると、ナイの財布に貨幣の補充を始める。
「念のため大金貨も一枚だけ入れておくとするか」
「両替をする機会があるかもしれないしね」
大金貨はキュルビスの町では使用できないので、通常は財布に入れていくのは危険なだけだ。
だが、商人組合とやらに出向くならば話は別。
なぜなら、大金貨の両替という口実ができるから。
「それじゃ世間的には、ナイが長女、クラウスが長男、俺が次男でいいな」
アージュの指示にクラウスは普通に頷く。
「それでいいよ」
しかしナイにはわざわざ姉弟を名乗る理由がわからない。
「お金持ちのお坊ちゃん二人にお世話係ではだめなの?」
「ダメに決まってるだろ」
宿の主人には大金貨を見せた手前、三人はお金持ちの御子息二人が護衛兼お世話係を伴って見識を広げる旅をしているということにしてある。
これを真実と思わせるには、さらにここに嘘を重ねておけばよい。
それが三姉弟の設定だ。
別にお忍びの連中がこうした嘘設定を使うことは珍しくもない。
それにこうしておけば、万一物騒な連中からアージュたちの素性を探られても、情報屋は「実はですね」と長い前置きの後に「奴らは姉弟を装っていますが、実は何処かの金持ちが旅をさせているらしいですぜ」などという情報を売るだろう。
それでいい。
これなら、実は三人が「どっかよそから飛ばされてきた危ないガキ二人とカマキリ女でーす」と世間にばれるリスクは激減する。
それにたいていの連中は、馬鹿げた関係よりも金の匂いがする関係を信じるモノだ。
「それじゃ出発するか」
「まずはお仕事紹介所だね」
「わかりましたアージュ」
同時にナイは膝頭にアージュのローキックを食らう。
「お前は俺のねーちゃんという設定なんだから、それなりの口の利き方をするんだよ!」
ナイは痛みに涙を浮かべながらも、何とか言葉を続けてみる。
「わかったわ、これでいいかしら。ほら、馬鹿ガキども行くわよ!」
「ふざけんな!」
「調子をこき過ぎだよ!」
ナイは二人から両膝に再度ローキックをかまされることになる。
座り込むナイを引きずるように二人は部屋を出た。
「行くぞ」
「うん!」
「そうね……」
おびえながら返事をするナイの右手をアージュ、左手をクラウスが握る。
「行くよ! ナイねーちゃん!」
三人の共同生活開始である。
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