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世界で一番のプレゼント
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彼女は口の中に甘酸っぱい感触を残しながら、その身を寄り添える。
ここは彼の小さな部屋。彼女の横には穏やかな寝息。
彼のぬくもりを彼女は額に感じる。
これからの2人を彼女は想い、彼女はささやかな幸せを喜ぶ。
そして彼女は眠りについた。
彼と2人で歩むこれから。彼女にとってそれが世界で一番のプレゼント。
彼は口の中に錆の味をあふれさせながら、その身を震わせる。
ここは雑踏の路地裏、彼の腹には刺された穴。
これで全てが終わったと彼は諦める。
救えなかった彼女の運命を憂い、彼は世の中すべてを呪う。
そして彼は息絶えた。
彼自身が無の世界に消えたこと。彼にとってそれが世界で一番のプレゼント。
父は口の中に消臭ガムを放り込みながら、その身を急がせる。
ここは帰宅途中の商店街。父の手には大きな紙の箱。
急ぎ足による動悸の高まりも、いまの父には心地よい。
待っているだろう娘と妻の姿を胸に、父はこれから訪れる幸せを目指す。
そして父は無事帰宅した。
父を迎える笑顔の娘と妻。父にとってそれが世界で一番のプレゼント。
兵士は口の中に無機質な砂を噛みながら、その身を大の字にする。
ここはある紛争地域、兵士の胸には銃弾が埋まる。
薄れゆく意識で兵士は誇る、愛する家族を守りきったことを。
家族の笑顔を思い浮かべながら、兵士はこれからの未来を子供たちに託す。
そして兵士は冷たくなった。
子供たちが実現する平和。兵士にとってそれが世界で一番のプレゼント。
赤子は口の中に何も感じることができず、その身を横たえる。
ここは難民が集まる場所、赤子の横には息絶えた母。
空腹が赤子をじわじわといたぶり、赤子はその身を削られる。
母の匂いが臭いに変わり、赤子はただただ飢えていく。
そして赤子は母を追った。
飢えのない世界。赤子にとってそれが世界で一番のプレゼント。
詐欺師は口の中にあらゆる贅を放りこみながら、その身を安全な場所に置く。
ここは先人が命を賭して守った国、詐欺師はそれを当然のように享受する。
詐欺師は正直者や弱者を楯にし、反対のための反対を唱え、新たな金を手に入れる。
何の義務も責任も負わず、残すべきものを食いつぶす。
そして詐欺師は国を滅ぼす。
詐欺師は既にプレゼントを食い尽くした。
僕は口の中に与えられた餌をしゃぶりながら、その身を朽ちるままにする。
ここは未来がないと詐欺師が語る国、僕は言われるがまま未来を悲観する。
ところが僕は知った。それは彼女と彼と父と兵士と赤子が溶けていった世界。
期待と呪詛と安堵と希望と絶望の世界。僕が想像し得なかった世界。
すると誰かが囁いた。
知ったこと。君にとってそれが世界で一番のプレゼント。
ここは彼の小さな部屋。彼女の横には穏やかな寝息。
彼のぬくもりを彼女は額に感じる。
これからの2人を彼女は想い、彼女はささやかな幸せを喜ぶ。
そして彼女は眠りについた。
彼と2人で歩むこれから。彼女にとってそれが世界で一番のプレゼント。
彼は口の中に錆の味をあふれさせながら、その身を震わせる。
ここは雑踏の路地裏、彼の腹には刺された穴。
これで全てが終わったと彼は諦める。
救えなかった彼女の運命を憂い、彼は世の中すべてを呪う。
そして彼は息絶えた。
彼自身が無の世界に消えたこと。彼にとってそれが世界で一番のプレゼント。
父は口の中に消臭ガムを放り込みながら、その身を急がせる。
ここは帰宅途中の商店街。父の手には大きな紙の箱。
急ぎ足による動悸の高まりも、いまの父には心地よい。
待っているだろう娘と妻の姿を胸に、父はこれから訪れる幸せを目指す。
そして父は無事帰宅した。
父を迎える笑顔の娘と妻。父にとってそれが世界で一番のプレゼント。
兵士は口の中に無機質な砂を噛みながら、その身を大の字にする。
ここはある紛争地域、兵士の胸には銃弾が埋まる。
薄れゆく意識で兵士は誇る、愛する家族を守りきったことを。
家族の笑顔を思い浮かべながら、兵士はこれからの未来を子供たちに託す。
そして兵士は冷たくなった。
子供たちが実現する平和。兵士にとってそれが世界で一番のプレゼント。
赤子は口の中に何も感じることができず、その身を横たえる。
ここは難民が集まる場所、赤子の横には息絶えた母。
空腹が赤子をじわじわといたぶり、赤子はその身を削られる。
母の匂いが臭いに変わり、赤子はただただ飢えていく。
そして赤子は母を追った。
飢えのない世界。赤子にとってそれが世界で一番のプレゼント。
詐欺師は口の中にあらゆる贅を放りこみながら、その身を安全な場所に置く。
ここは先人が命を賭して守った国、詐欺師はそれを当然のように享受する。
詐欺師は正直者や弱者を楯にし、反対のための反対を唱え、新たな金を手に入れる。
何の義務も責任も負わず、残すべきものを食いつぶす。
そして詐欺師は国を滅ぼす。
詐欺師は既にプレゼントを食い尽くした。
僕は口の中に与えられた餌をしゃぶりながら、その身を朽ちるままにする。
ここは未来がないと詐欺師が語る国、僕は言われるがまま未来を悲観する。
ところが僕は知った。それは彼女と彼と父と兵士と赤子が溶けていった世界。
期待と呪詛と安堵と希望と絶望の世界。僕が想像し得なかった世界。
すると誰かが囁いた。
知ったこと。君にとってそれが世界で一番のプレゼント。
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