『罪人』

土方 煉

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『センス』

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 「こっちこっち」

中野に言われるがまま建物に入る。

ここは県外にある埠頭だ。1から24番まで数字が書かれた倉庫が並んでいる。

どの倉庫も外壁が海の潮風によって錆び付いていた。

中野はその倉庫の17番に私を連れて行った。

「ここは何ですか…?」

「んー?ここはかっこ良く言えばアジトだね。アジトっていうか訓練場かな?」

「はぁ…」

私はサラジャと話した後すぐ中野に連絡を取り、ヒットマンになりたいと告げた。

それを聞いた中野は止めはしたものの、私のしつこさに根負けしたらしく

「じゃあ俺のテストに合格したら俺が個人的に雇うよ」

ということで話はついた。

そして今日がそのテストの日だ。

この日は仕事が終わってから、自宅近くのコンビニまで迎えに来てもらい、中野の所有する国産SUVに乗り込んでここまで来た。

テストと言われたので、てっきり心理テストや知識を問うペーパーテストの類だと思っていたが、雰囲気からしてどうやらそれは違うようだ。

時刻は22時。埠頭の駐車場には走り屋らしき若者がスポーツカーを並べてたむろしているぐらいで、ここに人気はほとんどなかった。

中野に案内された17番倉庫は特殊な防音設備が施されているらしく、外にたむろしていた走り屋の空ぶかしの音が一気に遮断された。

倉庫の中は椅子1つなく、広々としていた。本来ならこのばかでかい倉庫はコンテナやパレットなどで荷物が保管されており、かなりの圧迫感を感じるだろう。

しかし中野はここを訓練場と言った。どうやらそれは冗談などではなく本当のようだ。

すると奥から足音が聞こえ、私は足音が聞こえる方を注視した。

次第に足音が大きくなり、奥から森が姿を表した。

森の隣には森よりも体格の良い坊主頭の大男もいた。

だかよく見ると何か様子が変だ。

森の隣にいた大男は手首を縄で縛られ、口はガムテープで塞がれている。拘束されているが男の目は憎悪で血走っており、今にも森に飛び掛かりそうだ。

事情を知らない私でも、この大男が味方ではない事はすぐに分かった。

沈黙の中、中野が口を開いた。

「神谷くんてさ、今まで殴り合いの喧嘩ってした事ある?」

「殴り合いですか?まぁ、若い頃は真面目な方ではなかったので多少は経験ありますけど。でもここ10年はしてないですね」

中野は少し「うーん。どうしよう」と考えていたが、森が「例外はないぞ」と横やりを入れた。

中野はしばらく考え込んだ末、「まぁしかたないか」と吐き捨て私に

「今日のテストっていうのは君の格闘センスを見るテストだ。もちろんこれから訓練を積んでいくから君は今よりも強くなる。だが元々備わっているセンスが無い限り成長には限界があるからこの世界では生き残れない。俺達も劣等生を指導するほど暇じゃないんだ。言ってる意味分かるよね?」

「はい。でもその格闘のセンスってどうやって見極めるんですか?」

「あそこに大男がいるだろう?あいつと戦ってもらう。それがテストであり、その結果がテストの合否だ」

こんな見ず知らずの人間に私は拳をふるえるのだろうか?

だが相手は見るからにカタギの人間では無さそうだし、ウエイトも私よりもはるかに上だ。迷いがあれば私がやられる。

「あ、それとあの大男はどっちにせよ消す人間だから生死は問わないよ」

なるほど、これはマジのテストなんだな。ヒットマンになるのならここはやるしかない。私は覚悟を決めた。

「分かりました。ただ1つだけ質問してもいいですか?」

「ん?なんだい?」

「ヒットマンになるにはテストが必要な事は理解できます。でもなぜ素手での殴り合いがテストになるんですか?現場では相手を殴り殺す訳ではないですよね?」

「うーん、何て言うのかな?例えば相手を殺しに行った時に、もし相手にナイフや重火器を破壊されたり奪われるなりした場合どうなる?もちろんヒットマンである限りはその時点で降参するという選択肢はない。そうなると残されたのは己の肉体のみ。自身の五体をフルで使わなくちゃいけなくなる。だから素手での格闘は最も大事な武器であり基本中の基本…だからかな?」

正直、初めてヒットマンと聞いた時はごっこ遊び感がプンプンしていた。だが今はものすごく独特な雰囲気が立ち込めている。

すると森が大男の口に張り付けていたガムテープを剥がした。

「オルァラア!!中野ーーっ!!てめぇこんな事してただで済むとはおもうなよぉ!!」

倉庫内に大男の怒声が響き渡る。

「心配しなくていい。もし神谷くんがやられた時は俺があいつを殺すから」

中野はそう言うと私の肩にポンッと手置き、少し後ろに下がった。

そろそろ始めようという中野の無言の圧だった。

すると森が大男に「動くなよ」と釘を刺してからこちらへ向かってきた。

「おい、魔法の薬をやろうか?」

「何ですかそれ?」

森が胸元から液体の入った注射器を取り出した。

「心配すんな。これはただの興奮剤だ。多少痛みも和らぐから打っとけ」

ここまで来るともう何とでもなれと思ってしまうものだ。

私は黙って左腕を森に差し出す。


森は手慣れた手つきで私に注射を打つと、中野の隣へ移動し煙草に火を点けた。

中野と目があった。

「じゃーいくよー!ファイッ!!」


振り返ると、目の前に靴底が見えた。

鼻に強烈な衝撃が走り、目頭に火花が散る。私は吹っ飛んだ。だが勢いがあったせいで吹っ飛ばされてそのままスムーズに立ち上がる事ができた。

鼻から生暖かいものが垂れ、口内は鉄の味でいっぱいになった。しかし痛みはほとんどない。

大男の目は今にも爆発しそうなぐらい血走っており、顔も怒りで真っ赤だ。

「はぁ…はぁ…てめぇも殺してやる…!」

そう言うと大男は再度私に向かって突っ込んできた。

また飛び蹴りかと構えたが、大男の姿勢が一瞬下がったのが分かったのでタックルだと思った。

私は中指を少し立てたまま拳を握り大男が私に接触する直前に鋭くアッパーを入れた。立てていた中指が目に当たった感触があった。
 
その瞬間大男はグラッと姿勢を崩したが、勢いに乗ったままぶつかってきた。

私は右腕を大男の首に巻き付けたまま後ろに倒れ込んだ。大男は顔面を地面に強打。

私はすぐに馬乗りになり、一心不乱に体力の限界まで拳を大男の顔面に振り下ろし続けた。

すると突然、振り上げた拳が誰かに引っ張られた。

そこには煙草を咥えた中野がいた。

「正直驚いたよ。言葉がない。俺も森さんも君がやられると思ってた」

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「おつかれ。まぁ煙草でも吸いなよ」


中野が差し出した煙草に火を点け、深呼吸するようにフィルターを吸い込んだ。

「ウマイっすね」

「だろ?煙草は女を抱いた後と飯の後、それに殺しの後は最高にウマイ」

「そうですね。まぁ殺しの後ってのは経験ないんでまだ分からないですけど」

そう言って大男に目を向けた。

てっきり起き上がっているものだと思っていたが、大男はまだ倒れたままだった。

「何言ってんだよ神谷くん。彼はもう死んでるよ」

「えっ…?」

私が人を殺した?そんなことはない。敵意があったことは認める。だが断固として殺意はなかった。そもそも人はそんな簡単には死なないはずだ。

私の気持ちの整理ができていない状態とは裏腹に中野は涼しげな顔で言う。

「タックルを食らった時、首を締めたまま倒れ込んだろう?その時彼は顔面を地面に強く叩きつけられた。体重がある分、衝撃はすごかったはずだ。そしてその時すでに彼の意識は無かった。多分打ち所が悪かったんだよ。どちらにせよ消される身の人間だったんだ。まぁ無理かもしれないが、気にしなくていい」

さっきまで私の体はアドレナリンが分泌されて武者震いを起こしていた。だが今は恐怖と後悔が渦巻いており武者震いとは別の震えが止まらなかった。

俺が人殺し?人ってこんなにもあっさり死を迎えるものなのか?

すると大男が倒れている背後から

「プシュッ!」っと音がしたので振り向いた。

どうやら森がサプレッサー付きの銃で仰向けに倒れている大男の眉間を貫いたようだ。


「なっ…!!」

「後処理だよ。これでコイツは完全に死んだ」

そう言うと森は手慣れた手つきで大男をブルーのシートにくるみ始めた。

中野も眉ひとつ動かさずその光景を見ている。

そして私に向かって口を開いた。

「どうだ神谷くん。殺しって怖いだろう?ついさっきまでピンピンしていた人間がこんなにもあっさり世の中から抹消されてしまう。こいつにも家族がいるからな。その家族達は今の状況を想像すらしてないだろう。つまり殺しってのは、殺してしまったという罪悪感以外にも色んな感情が生まれるんだよ」

放心状態にある私を無視して中野は続ける。

「そして何より恐ろしいのはこの状況に慣れてしまうこと。人を殺めて何も感じなくなる事だ。いま君の頭の中は罪悪感や後悔、もしくは恐怖でいっぱいだろうけど、次第にそういった感情もわかなくなってしまう」

中野はそう私に告げると、引き返すなら今だぞという目で私を見つめた。中野は私を弟のように可愛いがってくれている。私が自分と同じく手を汚す事になるのは快く思ってはいない。

だが私の心は揺れなかった。

「いえ、やります。よろしくお願いします」

少しの沈黙があったものの中野は「分かった。じゃあ約束通り神谷くんを個人的に雇おう」と言ってくれた。

森にも「そういうことだから森さんもよろしく」

と伝えると

森も「おう!」と手を上げた。

これでとうとう私もヒットマンになれる。裏家業というやつだ。
莫大な報酬を得てとっとと辞めてやる。

それまで捕まらなければいいだけの話だ。そしてその金で夢を叶えて仕事とは無縁の生活を送ってやる。

こうして私は昼間は会社員で夜はヒットマンとして二足のわらじを履くことになった。
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