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2章
閑話 妖伝5 しずく
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あの人が逝ってしまった。
私は彼の妹を抑えていることしかできなかった。
団長の指示で目の前に張られた魔法使い数人分の魔法の壁の向こうで、彼は魔法を唱えた。
私が最後に見たとき、彼は体の至る所から血を流し、顔を苦悶に歪めていた。
私に機械の腕をくれた彼の最後の言葉は聞こえた。
唸るような声で「落日」と。
瞬間。
まばゆい光がほとばしり、何もかもが焼けた。
魔法の壁を何重にしてもここまで熱さが伝わってくる。核爆弾が落ちただとか本当に太陽が落ちてきたような感覚だった。
闇の魔法による壁がなかったらこの光だけで燃えていただろう。間違いなく死んでいた自信がある。
目を開けたとき、なんて言ったらいいのかわからなかった。
あの怪物がいたころを中心にしてこの魔法の壁のところまでの土が溶けた。瓦礫や蠢き犇めいていた魔物の姿は最早なかった。すり鉢状になったそれが私たちの前に姿を現した。
「終わったのか……?」
誰かが漏らした声を聞いた。彼の姿はなかった。
「ま、ますたぁ?」
小さくて赤い何かが飛んでいた。
魔法使いたちが息もまばらに膝をついている。自警団の団長だけはその光景を目に焼き付けるように向こうを見ていた。
私は一先ずの安全を確認すると彼の妹を解放した。私が触っていると汚してしまう気がした。改めてその光景を見て思う。
「これがたった一人の人間にできる事なの?」
魔法を使う一人だから分かる。あんな魔法の使い方出来るわけがないと。
発動できても使いきれない。途中で絶対に暴発させるだろうことが予見できた。だから、壁を作った魔法使いたちはその魔法が構成される最中、焦った。その場で暴発しないのかと。
私もそれをまじまじと感じた。
だからこそ。畏怖と。畏敬とが混在した。目の前には燃える物がなくて鎮火した窪みだけがある。それが現実だった。だから、誰もが己に帰ったとき彼を探した。泣きわめく彼の妹を見て胸が痛む。
そして、まだ痛める心を持っていた自分に驚く。
暫くして、自警団から栄養のある木の実が配られた。暫くは向こう側に行けそうにないからだ。
山の反対側は既に壊滅状態の廃墟群が広がっている。いや、瓦礫の山か。そこは幾月か前のスタンピードで海の魔物によって流された。いつもは逸れた魔物を見かけるが今日は一切見当たらなかった。
この光景に現実味を感じない人はよっぽどのメルヘンか馬鹿だ。死は常にそこにあって、私たちは必死に生きている。それを改めて痛感した。あり得ないなんてありえないと学んだ。
経験があったことをあり得ると感じるだけで、経験しえなかったことがあり得ないこととは限らない。こうなる前だって、いつ強盗に襲われてもおかしくなかったし、いつ強姦にあうかもしれなかった。
ただ意識していなかっただけでいつでも死ぬ可能性はあった。
飛行機が真上に落ちてくるのはあり得ない?隕石が学校を破壊するのはあり得ない?明日テロが起きて明日の自分がそれに巻き込まれるのはあり得ない?そんなあり得ないがあり得ないのだ。
いつも薄氷の上の安全と平和を享楽していただけで、一歩を踏み外した今、そのあり得ないがあり得るに果てしなく近づいただけだ。
そもそも、歩道の横を通る車道の車に轢かれれば死ぬ可能性はあったし高いところから落ちても普通に死ぬ。死はいつでも私たちの傍にあった。
薄氷の上の雪合戦。
感覚がないはずの左手と右足が痛い。まるで忘れるなと言っているようだった。
改めて現実なのだと放心してしまった。
どれほどそうしていただろうか。もっとそうしていたい。そう思わずにはいられなかった。気付けば太陽が沈みかけていた。爆心地の向こう。何かが蠢いている。彼はもういない。どうする。私はそれを見つめることしかできなかった。
私は彼の妹を抑えていることしかできなかった。
団長の指示で目の前に張られた魔法使い数人分の魔法の壁の向こうで、彼は魔法を唱えた。
私が最後に見たとき、彼は体の至る所から血を流し、顔を苦悶に歪めていた。
私に機械の腕をくれた彼の最後の言葉は聞こえた。
唸るような声で「落日」と。
瞬間。
まばゆい光がほとばしり、何もかもが焼けた。
魔法の壁を何重にしてもここまで熱さが伝わってくる。核爆弾が落ちただとか本当に太陽が落ちてきたような感覚だった。
闇の魔法による壁がなかったらこの光だけで燃えていただろう。間違いなく死んでいた自信がある。
目を開けたとき、なんて言ったらいいのかわからなかった。
あの怪物がいたころを中心にしてこの魔法の壁のところまでの土が溶けた。瓦礫や蠢き犇めいていた魔物の姿は最早なかった。すり鉢状になったそれが私たちの前に姿を現した。
「終わったのか……?」
誰かが漏らした声を聞いた。彼の姿はなかった。
「ま、ますたぁ?」
小さくて赤い何かが飛んでいた。
魔法使いたちが息もまばらに膝をついている。自警団の団長だけはその光景を目に焼き付けるように向こうを見ていた。
私は一先ずの安全を確認すると彼の妹を解放した。私が触っていると汚してしまう気がした。改めてその光景を見て思う。
「これがたった一人の人間にできる事なの?」
魔法を使う一人だから分かる。あんな魔法の使い方出来るわけがないと。
発動できても使いきれない。途中で絶対に暴発させるだろうことが予見できた。だから、壁を作った魔法使いたちはその魔法が構成される最中、焦った。その場で暴発しないのかと。
私もそれをまじまじと感じた。
だからこそ。畏怖と。畏敬とが混在した。目の前には燃える物がなくて鎮火した窪みだけがある。それが現実だった。だから、誰もが己に帰ったとき彼を探した。泣きわめく彼の妹を見て胸が痛む。
そして、まだ痛める心を持っていた自分に驚く。
暫くして、自警団から栄養のある木の実が配られた。暫くは向こう側に行けそうにないからだ。
山の反対側は既に壊滅状態の廃墟群が広がっている。いや、瓦礫の山か。そこは幾月か前のスタンピードで海の魔物によって流された。いつもは逸れた魔物を見かけるが今日は一切見当たらなかった。
この光景に現実味を感じない人はよっぽどのメルヘンか馬鹿だ。死は常にそこにあって、私たちは必死に生きている。それを改めて痛感した。あり得ないなんてありえないと学んだ。
経験があったことをあり得ると感じるだけで、経験しえなかったことがあり得ないこととは限らない。こうなる前だって、いつ強盗に襲われてもおかしくなかったし、いつ強姦にあうかもしれなかった。
ただ意識していなかっただけでいつでも死ぬ可能性はあった。
飛行機が真上に落ちてくるのはあり得ない?隕石が学校を破壊するのはあり得ない?明日テロが起きて明日の自分がそれに巻き込まれるのはあり得ない?そんなあり得ないがあり得ないのだ。
いつも薄氷の上の安全と平和を享楽していただけで、一歩を踏み外した今、そのあり得ないがあり得るに果てしなく近づいただけだ。
そもそも、歩道の横を通る車道の車に轢かれれば死ぬ可能性はあったし高いところから落ちても普通に死ぬ。死はいつでも私たちの傍にあった。
薄氷の上の雪合戦。
感覚がないはずの左手と右足が痛い。まるで忘れるなと言っているようだった。
改めて現実なのだと放心してしまった。
どれほどそうしていただろうか。もっとそうしていたい。そう思わずにはいられなかった。気付けば太陽が沈みかけていた。爆心地の向こう。何かが蠢いている。彼はもういない。どうする。私はそれを見つめることしかできなかった。
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