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1章
5話
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住職の伝手で、夕暮れ時には14人の僧侶が寺に集まった。
全員が30代から60代の間で袈裟を着て集まった。
幾人かは武器になるような力ある法具を手にしている者もいた。
住職の凄いところはたった数時間で御神酒やら大量の塩やら、お地蔵様への供え物やらを揃えてしまったところだ。
3から4人一組の4つの班になり、それぞれの車で僕たちは各地の地蔵の前に散った。ここの地蔵は弁のような役割をしている結界の要だ。
道の途中、山中、川の上と下の4ヵ所に設置されている。霊的なものは水の流れを伝ったり、普通の道を利用したりしやすい。山中の方は恐らく、山の物の怪対策が主だろう。一応、山の方は鬼門の方向であり、小さなお社があったが、2回目の調査で何もいないことが確認できた。
僕と住職が組み、一番遠い、山中の地蔵に辿り着いた。結界の中に入らないように大周りになったためかなりの時間がかかった。
「中は酷いものだなぁ」
「分かりますか?」
「どう見えるかね?」
ランプで僕は内部を照らした。
「そこら中に血管が張り巡らされていますよ。悪霊が侵入した傍から吸収されています。これは、2、3人どころじゃないかもしれません」
「そうですか……。私も直ぐにこの場から逃げ出したいくらいです」
住職はそう言うと直ぐに経を上げる準備を整えて、僕はお神酒をコップに注ぎ、地蔵の前に捧げた。
グループ通話アプリで住職が各地に連絡を取り、準備が出来たのを確認して同時に経を読み始めた。あらかじめどのように経を読むのかは示し合わせていたらしい。
僕の目にも結界が修復され、より強力なものになって行くのが分かる。
集団での読経は1時間ほど続いた。僕は後ろに控えて稀に飛んで来る悪霊の類を“躯晒し”で処分するのが役割だった。
他所の場所でも読経とは別の担当の僧侶が、読経担当の護衛についている。
読経を終えるとすぐに僕たちは下山して、車に乗って無言で寺まで帰った。
寺に入る前に少しだけ呪われている人がいたので僕が紙の形代に移す方法で呪いを引きはがし、それを燃やすことで事なきを得た。
その後も塩水やらなんやらで車を含めて念入りに清め合うという異様な光景を目にしたのは心の内に秘めておくこととする。それだけ彼らはあの場所がとんでもないと感じている証拠だからだ。
本堂に入る前に住職は言った。
「本日はお疲れ様でした。皆々様のおかげで何とか時間は稼ぐことが出来そうです。お風呂と気持ちばかりですがお食事の用意を家内がしておりますから、どうぞ疲れを癒して行ってください」
当然のように坊さん方に僕も連行された。住職の奥さん曰く、人数分御布団の用意もしてあるそうだ。
風呂は大人が20人入っても余裕のある作りだった。僕たちは背中を流し合い、湯船でゆっくり温まった。
そして、部屋で用意されたのがホッカホカの御飯や天ぷらに煮物など、豪勢な食事だった。
本来は夕食を取らないらしいが、今回は精力と気力、体力をかなり使いつくすような案件だったため、この後何かの拍子で弱っているときに変なものに憑かれても困る。そのため、めったに食べることのない豪勢かつ思い切り精のつく料理にしたらしい。
本来は夕食は取らないし、朝食は精進料理。昼食も基本的にはごはんと漬物、味噌汁のシンプルな献立なのだそうだ。檀家との食事会の時には少し豪華になるらしい。
僧侶らしく合掌すると一斉に豪快に食べ始めた。僕も遠慮なくご飯を食べる。おいしい。誰かの手作りの御飯なんて久しぶりだ。
温かい。
眼から伝う何かを無視して思い切り掻き込む。
僧侶の皆さん方は遠くの料理を取ってくれたり、これも食え、あれも食えと勧めてくれたりして、久しぶりに人の優しさに触れた気がした。
「いや、しっかし、今回ばかりは命がないものかと覚悟した……」
僧侶の一人が清めがてら開けた御神酒に口を付けながらそう言葉を漏らした。
周りの者も反応はそれぞれ違うが、同意している様子だった。
「それで、有岡さん。明日からはどうするので?」
有岡さんとはこの寺の住職のことだ。この中で最年長でもある。
「若気の至りで疎遠になっていた宮司が一人いる。私よりも力の強いやつだ。そいつに話をして午前中来てもらえるようには話を付けた。もう一度、見に行って、今後どうするかはそれからだ……。皆は、アレをどう感じた?」
「悍ましい」「悲しい」「哀れ」「怖い」「湿ったい」「ねばついている」
様々な感想が浮かんだ。
「アレの本体を見たそこの少年が言うには、羽化する可能性のある繭だったらしい」
一斉にその視線が僕に向いた。
「僕が2週間ほど前にアレを簡易的ではありますが札を使ってそれ以上成長できないように手を加えました。しかし、本日、何者かが複数名地下に侵入し、札の悉くを剥がすか、破壊しました。それで、丁度そのときに僕と話していた住職が、皆さんに助力を願ったのが今回のことの次第です」
「ああ、数時間以内に誰かが通った靴跡が幾つかあったわけだ」
端の方に座っていた比較的年若く見える僧侶がそう呟くのを静まり返ったこの場で皆が聞き取ることができた。
その僧侶は正面の道の地蔵の担当だったはずだ。話を聞くと、準備が出来るまで何かが発見できるのではないかと周辺を散策しており、その痕跡を発見したそうだ。
「与幸!それを早く言わぬか!」
「申し訳ない。しかし、言ったところで助けには行けますまい。読経をした後の我々にそのような余裕はなかった。しかし、誰かがないに等しい可能性に賭けて助けに行くと言い出しかねなかったので言う機会を見失っていたのです」
「ふむ……。仕方のないことか。僧としては歯がゆいがな」
「私の父もそれが災いして床に伏しております」
皆のムードがだだ下がりした。
話しを聞くと、檀家からの相談で相続した家で不審なことが勃発すると相談を受けて一度見に行ったそうだ。
その最中にそこの幼い娘さんがいなくなり、辺りを捜索。すると、出るわ出るわの怨霊に最初は読経で対処していたが、それが追い付かなくなり、息子である彼が檀家から助けを乞われて寺の者と駆けつけたときには片足と片腕を持っていかれていたそうだ。
臓器も幾つか不都合を起こしていて、悪化を防ぐために色々な処置をして寺の者が交代で経を上げているとのことだ。
「そうだったのか。誉さんは……」
住職も暗い顔で言いよどむ。
後で聞いた話によると、住職はその誉さんという方と一緒に荒行を成し遂げた仲らしい。住職よりも歳が上だったらしく世話になったそうだ。
その後の話し合いで、諸事情により、僕が明日の朝与幸さんについて向こうのお寺にお邪魔することになった。
全員が30代から60代の間で袈裟を着て集まった。
幾人かは武器になるような力ある法具を手にしている者もいた。
住職の凄いところはたった数時間で御神酒やら大量の塩やら、お地蔵様への供え物やらを揃えてしまったところだ。
3から4人一組の4つの班になり、それぞれの車で僕たちは各地の地蔵の前に散った。ここの地蔵は弁のような役割をしている結界の要だ。
道の途中、山中、川の上と下の4ヵ所に設置されている。霊的なものは水の流れを伝ったり、普通の道を利用したりしやすい。山中の方は恐らく、山の物の怪対策が主だろう。一応、山の方は鬼門の方向であり、小さなお社があったが、2回目の調査で何もいないことが確認できた。
僕と住職が組み、一番遠い、山中の地蔵に辿り着いた。結界の中に入らないように大周りになったためかなりの時間がかかった。
「中は酷いものだなぁ」
「分かりますか?」
「どう見えるかね?」
ランプで僕は内部を照らした。
「そこら中に血管が張り巡らされていますよ。悪霊が侵入した傍から吸収されています。これは、2、3人どころじゃないかもしれません」
「そうですか……。私も直ぐにこの場から逃げ出したいくらいです」
住職はそう言うと直ぐに経を上げる準備を整えて、僕はお神酒をコップに注ぎ、地蔵の前に捧げた。
グループ通話アプリで住職が各地に連絡を取り、準備が出来たのを確認して同時に経を読み始めた。あらかじめどのように経を読むのかは示し合わせていたらしい。
僕の目にも結界が修復され、より強力なものになって行くのが分かる。
集団での読経は1時間ほど続いた。僕は後ろに控えて稀に飛んで来る悪霊の類を“躯晒し”で処分するのが役割だった。
他所の場所でも読経とは別の担当の僧侶が、読経担当の護衛についている。
読経を終えるとすぐに僕たちは下山して、車に乗って無言で寺まで帰った。
寺に入る前に少しだけ呪われている人がいたので僕が紙の形代に移す方法で呪いを引きはがし、それを燃やすことで事なきを得た。
その後も塩水やらなんやらで車を含めて念入りに清め合うという異様な光景を目にしたのは心の内に秘めておくこととする。それだけ彼らはあの場所がとんでもないと感じている証拠だからだ。
本堂に入る前に住職は言った。
「本日はお疲れ様でした。皆々様のおかげで何とか時間は稼ぐことが出来そうです。お風呂と気持ちばかりですがお食事の用意を家内がしておりますから、どうぞ疲れを癒して行ってください」
当然のように坊さん方に僕も連行された。住職の奥さん曰く、人数分御布団の用意もしてあるそうだ。
風呂は大人が20人入っても余裕のある作りだった。僕たちは背中を流し合い、湯船でゆっくり温まった。
そして、部屋で用意されたのがホッカホカの御飯や天ぷらに煮物など、豪勢な食事だった。
本来は夕食を取らないらしいが、今回は精力と気力、体力をかなり使いつくすような案件だったため、この後何かの拍子で弱っているときに変なものに憑かれても困る。そのため、めったに食べることのない豪勢かつ思い切り精のつく料理にしたらしい。
本来は夕食は取らないし、朝食は精進料理。昼食も基本的にはごはんと漬物、味噌汁のシンプルな献立なのだそうだ。檀家との食事会の時には少し豪華になるらしい。
僧侶らしく合掌すると一斉に豪快に食べ始めた。僕も遠慮なくご飯を食べる。おいしい。誰かの手作りの御飯なんて久しぶりだ。
温かい。
眼から伝う何かを無視して思い切り掻き込む。
僧侶の皆さん方は遠くの料理を取ってくれたり、これも食え、あれも食えと勧めてくれたりして、久しぶりに人の優しさに触れた気がした。
「いや、しっかし、今回ばかりは命がないものかと覚悟した……」
僧侶の一人が清めがてら開けた御神酒に口を付けながらそう言葉を漏らした。
周りの者も反応はそれぞれ違うが、同意している様子だった。
「それで、有岡さん。明日からはどうするので?」
有岡さんとはこの寺の住職のことだ。この中で最年長でもある。
「若気の至りで疎遠になっていた宮司が一人いる。私よりも力の強いやつだ。そいつに話をして午前中来てもらえるようには話を付けた。もう一度、見に行って、今後どうするかはそれからだ……。皆は、アレをどう感じた?」
「悍ましい」「悲しい」「哀れ」「怖い」「湿ったい」「ねばついている」
様々な感想が浮かんだ。
「アレの本体を見たそこの少年が言うには、羽化する可能性のある繭だったらしい」
一斉にその視線が僕に向いた。
「僕が2週間ほど前にアレを簡易的ではありますが札を使ってそれ以上成長できないように手を加えました。しかし、本日、何者かが複数名地下に侵入し、札の悉くを剥がすか、破壊しました。それで、丁度そのときに僕と話していた住職が、皆さんに助力を願ったのが今回のことの次第です」
「ああ、数時間以内に誰かが通った靴跡が幾つかあったわけだ」
端の方に座っていた比較的年若く見える僧侶がそう呟くのを静まり返ったこの場で皆が聞き取ることができた。
その僧侶は正面の道の地蔵の担当だったはずだ。話を聞くと、準備が出来るまで何かが発見できるのではないかと周辺を散策しており、その痕跡を発見したそうだ。
「与幸!それを早く言わぬか!」
「申し訳ない。しかし、言ったところで助けには行けますまい。読経をした後の我々にそのような余裕はなかった。しかし、誰かがないに等しい可能性に賭けて助けに行くと言い出しかねなかったので言う機会を見失っていたのです」
「ふむ……。仕方のないことか。僧としては歯がゆいがな」
「私の父もそれが災いして床に伏しております」
皆のムードがだだ下がりした。
話しを聞くと、檀家からの相談で相続した家で不審なことが勃発すると相談を受けて一度見に行ったそうだ。
その最中にそこの幼い娘さんがいなくなり、辺りを捜索。すると、出るわ出るわの怨霊に最初は読経で対処していたが、それが追い付かなくなり、息子である彼が檀家から助けを乞われて寺の者と駆けつけたときには片足と片腕を持っていかれていたそうだ。
臓器も幾つか不都合を起こしていて、悪化を防ぐために色々な処置をして寺の者が交代で経を上げているとのことだ。
「そうだったのか。誉さんは……」
住職も暗い顔で言いよどむ。
後で聞いた話によると、住職はその誉さんという方と一緒に荒行を成し遂げた仲らしい。住職よりも歳が上だったらしく世話になったそうだ。
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