上 下
23 / 36
6話 ツキと六文銭

2

しおりを挟む
 ヴェスナは至極ご機嫌だった。

「所詮寂れた商店街の当たりくじだと期待せずに来たが……存外賑わっているものだな。見ろハル、旅館もなかなか立派だぞ、ほら」
「……」

 行きの列車で神経を磨り減らしていた晴澄はすでに疲弊している。溜息すら出ないほどだ。
 腕を引かれるがまま旅館でチェックインを済ませ、一通り説明を終えた仲居が部屋を去ってからも、警戒を解く気にはならない。

 確かに、乾燥した食事を提供され6人で雑魚寝をさせられた修学旅行と比較するのが失礼なくらいまともな旅館だった。
 当然ながら客室のグレードも高い。
 清潔な木と畳のにおい、森に面した大きな窓──少しくぐもった、湯の流れる音。

 贅沢なことに、この部屋には源泉掛け流しの露天風呂がついていた。

「よし、早速堪能するとしよう。家の風呂より広いから寛げるなあ、ハル」
「好きにしろ」
「誘ってやっているのではないか」
「まだ昼だろう」
「風呂に、だ。このむっつりスケベ」

 早く脱げとシャツの襟に手をかけてくるが、そういう類の下心がないほうが晴澄には恐ろしい。
 腕を払いのけ、緩んだボタンを閉めて、座椅子から立ちあがる。

「ちょっと出てくるから、露天風呂はお前ひとりで楽しめばいい」
「はあ? 着いて早々別行動だと? 一体何を企んでいる」
「こっちのセリフだ」
「あ、おいこらハル!」

 次の憎まれ口が飛んでくる前に部屋の外へ出てしまう。

 ヴェスナを目の届かないところで放置しておくこともまた落ち着かなくはあるのだが、皮膚の下を走るぞわぞわとした嫌な感じを抑えるには、彼の傍を離れたほうがいいに違いない。

 いつもとは異なる環境に放り込まれ、実感が深まる。避けるべきは傍迷惑なトラブルより、心の鍵穴を無遠慮にまさぐられるストレスだ。

 ポケットからスマホを取り出す。気を遣われているのだろう、会社の人間はメッセージひとつ送ってこない。
 唯一の逃避先に門戸を閉ざされ、せめて職場への土産を探すことで気を紛らわそうと、晴澄は売店へ向かうことにした。





 旅館の規模を裏切らず、1階ロビー横の土産物屋は店舗面積も広く品揃えも豊富だった。普通の宿泊客は温泉街に繰り出す時間帯なのだろう、晴澄以外にそれらしき姿は見当たらない。

 人影というならレジカウンターにふたつ。
 店員の女性に向かって、スーツを着た女性が何やら訴えかけている。

 ただならぬその雰囲気にそっと距離を取るが、ほぼ無人の店内でひそひそ声は浮いており、意に反して聴覚が会話を拾いあげてしまう。

「──二重にしたらいいじゃない。お土産はそうしてるわよ」
「予備が大量にあるならそうしますけど……」
「ないの? じゃあもうお客さんに事情話して、別のに変えてもらうしかなくない?」
「無理なんですよ……これ、ご家族さまがデザインされた特注品なんですって。絶対何とかしてって言われちゃいます……!」
「特注ねえ。はあ、何を入れるのかちゃんと考えてから作ってくれないかしらね……破れたり割れたりして、縁起悪いってケチがつくのは自分たちなんだから」

 彼女たちが検めているのは白を基調とした上品な紙袋。なお、晴澄が自主的に確認したわけではない。通りすがりに見えただけだ。
 そのついでに、カウンターの奥に佇んでいる店員の女性とも目が合ってしまった。
 繕った声がいらっしゃいませを発すると同時に、スーツの女性がこちらを振り返る。
 糊のきいたシャツ。控えめながら隙のない化粧。直前のやりとりから察してはいたが、とても温泉旅館にリラックスしにきた旅行者の格好ではない。
 それを裏付けるかのように、女性は瞬時に微笑を浮かべ、すっと背筋を伸ばしてみせた。

「ご来店ありがとうございます。何かお困りのことがございましたらお伺いしますが……」
「あ、いえ……」

 困っているのはこちらではなく彼女だろう。
 いや、晴澄も困っているといえば困っているのかもしれない。解決策に心当たりがあるせいで。

 換えのきかない特注品。二言目には縁起の話。土壇場のトラブルが多いわりには熟考の時間は与えられず、けれど些細なミスも許されない状況。

 実るものこそ正反対であるものの、おそらく彼女は同じ畑の人間だ。

「──紙袋の補強、お手伝いしましょうか」

 女性は式場担当者らしい模範的な立ち姿のまま、その目にわずかな驚きを滲ませた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知らぬ間に失われるとしても

立石 雫
BL
 旭の親友の圭一は、中学の時から野球部で、活発で表裏のないさっぱりとした性格の男らしいやつだ。――でもどうやら男が好きらしい。  学年でも評判の美形(かつゲイだと噂されている)柏崎と仲良くなった圭一。そんな親友を見守ろうと思っていた旭は、ある日、圭一に「お前が好きだ」と告白される。  戸惑いながらも、試しに付き合ってみることにした旭だったが、次に会った時、圭一は何故か旭とのことだけを全て忘れていた……

「…俺の大好きな恋人が、最近クラスメイトの一人とすげぇ仲が良いんだけど…」『クラスメイトシリーズ番外編1』

そらも
BL
こちらの作品は『「??…クラスメイトのイケメンが、何故かオレの部活のジャージでオナニーしてるんだが…???」』のサッカー部万年補欠の地味メン藤枝いつぐ(ふじえだいつぐ)くんと、彼に何故かゾッコンな学年一の不良系イケメン矢代疾風(やしろはやて)くんが無事にくっつきめでたく恋人同士になったその後のなぜなにスクールラブ話になります♪ タイトル通り、ラブラブなはずの大好きないつぐくんと最近仲が良い人がいて、疾風くんが一人(遼太郎くんともっちーを巻き込んで)やきもきするお話です。 ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。ですがエッチシーンは最後らへんまでないので、どうかご了承くださいませ。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!(ちなみに表紙には『地味メンくんとイケメンくんのあれこれ、1』と書いてあります♪) ※ 2020/03/29 無事、番外編完結いたしました! ここまで長々とお付き合いくださり本当に感謝感謝であります♪

好色サラリーマンは外国人社長のビックサンを咥えてしゃぶって吸って搾りつくす

ルルオカ
BL
大手との契約が切られそうでピンチな工場。 新しく就任した外国人社長と交渉すべく、なぜか事務員の俺がついれていかれて「ビッチなサラリーマン」として駆け引きを・・・? BL短編集「好色サラリーマン」のおまけの小説です。R18。 元の小説は電子書籍で販売中。 詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

処理中です...