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5話 双子の意志
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取引先の花屋サンズフラワーの生まれ、天道橘月の弟妹である彼らは、ひいては晴澄のいとこでもある。しかしどちらが南天でどちらが福寿か、男だったか女だったかは何度聞いても覚えられない。当人たちも特段気にしていないらしい。わざわざ説明しようとはしなかった。
一方で、普段彼らが実家を離れ、大学の近くで下宿しているというのは、確かな記憶であり実感でもあった。この浮世離れした双子がいると身の回りが何かと騒がしいのである。
そのため晴澄は神経を尖らせつつ、彼らを控え室に案内した。
「──学校はどうした」
「春休みです。ゆえに遥々里帰りをば」
そんな季節か。やっと遠くに追いやった爆弾をまた回収しなければならないサンズフラワーに同情する。
「晴澄兄、何やら失礼なことを考えているのでは?」
「器の大きい我らですので咎めたてはしませんが。本題に入りましょう」
「器の大きさもさもありなん」
「我ら南天福寿、ついに成人を迎えました!」
「それは……おめでとう」
「よって、本日は生前予約をお願いする次第」
改めて告げられた用件に、眉間に力が入る。
死後の話題がタブー視される時代は過ぎ去った。希望する形式、棺や祭壇の種類、埋葬方法等々、自身の葬儀をあらかじめ設計しておく生前予約も、近年は相談件数が増えている。
人生最後の旅にこだわりを持つことはけっして悪いことではないし、本人の意向によるだけあって断然穏やかに事が運びやすく、錠野葬祭も広く推奨しているところだ。
だが、この双子の相談に乗ってやるわけにはいかなかった。
彼らの考えは常人には推し量れない。葬儀の段取りが整ったから早速命を絶つ、などという無軌道な展開もありえるのだ。
「南天も福寿も健康体だろう。橘月どころかご両親にも予約はもらってないのに、何を急ぐことがある」
「我ら吉凶の双子なのです。正しい弔いでこそ福と成しますが、わずかでも過てば化けて出かねません」
「化けて出るのは我らも望まぬゆえ、あらかじめ依頼しているのであって」
「……それに契約には家族の同意も必要で……」
「天道家は放任主義ですのでご心配なく。親類縁者で言えば広澄伯父の証文がありますよ」
「ほらここに、成年に達すれば錠野葬祭にて予約可能と」
これ見よがしに突きつけられた書類には、確かに錠野広澄──父のサインがある。日付は2年前。こんなふうに詰め寄られた末に根負けし、年齢を理由に先延ばしにすることで手を打ったのだろう。
責めることはできない、父もまた彼らの被害者なのだ。
「聞けば広澄伯父はまだ東京とのこと。役目を果たせるのは晴澄兄のほかになく」
かといって肩代わりは御免被りたい。書類を丁重に押し返し、晴澄は首を左右に振る。
「……他人のサインがあるものを勝手に処理することはできない。父が戻ってからの相談でも、ふたりには遅いということはないだろう。もう少し待っててくれないか」
「我ら4月には学校が再開します。広澄伯父、それまでに帰ってきます?」
「……確約はできないが……」
「なんとまあ歯切れの悪い」
「余計なお世話かもしれませんが晴澄兄、多少は嘘を覚えたほうが生きやすいのでは?」
本当に余計なお世話である。
「とにかくこっちも暇じゃないんだ。今回は諦めて帰ってくれ」
「やだ!」
駄々っ子のようなふたつの声が重なる。その反応に一瞬怯んだのが運の尽きだ。
彼らはこちらのソファに飛び移ると、晴澄の腕に両側から組みついた。
「お願い、晴澄兄」
「生前予約、生前予約」
平坂を退席させるのではなかった。実力行使に出られてしまうと、2対1では分が悪い。
「……離しなさい」
「やだやだ」
「いいと言うまで駄々をこねます」
「成人が駄々をこねるな……」
右からは頬を擦り寄せられ、左からは肩に頭突きをされて、時が経つにつれ虚しさが募る。
なぜ自分がこんなことに煩わされなければならないのか。今日追い払えたとしても向こうは春休みだ、こちらが折れるまで通ってくる可能性がすこぶる高い。彼らが死に急ぐと決まったわけでもなし、要望を聞いてやるのが互いのためなのではないだろうか。
観念した晴澄が父と同じ轍を踏みかけたとき、控え室の扉が開け放たれた。
「ハル、遊びにきてやったぞ」
どうしようもないのとどうしようもないのがぶつかったとき、まともな人間は思考停止に陥るしかない。
入口に揺れる金髪を見た瞬間、反射的に声をあげていた。
「帰れ」
一方で、普段彼らが実家を離れ、大学の近くで下宿しているというのは、確かな記憶であり実感でもあった。この浮世離れした双子がいると身の回りが何かと騒がしいのである。
そのため晴澄は神経を尖らせつつ、彼らを控え室に案内した。
「──学校はどうした」
「春休みです。ゆえに遥々里帰りをば」
そんな季節か。やっと遠くに追いやった爆弾をまた回収しなければならないサンズフラワーに同情する。
「晴澄兄、何やら失礼なことを考えているのでは?」
「器の大きい我らですので咎めたてはしませんが。本題に入りましょう」
「器の大きさもさもありなん」
「我ら南天福寿、ついに成人を迎えました!」
「それは……おめでとう」
「よって、本日は生前予約をお願いする次第」
改めて告げられた用件に、眉間に力が入る。
死後の話題がタブー視される時代は過ぎ去った。希望する形式、棺や祭壇の種類、埋葬方法等々、自身の葬儀をあらかじめ設計しておく生前予約も、近年は相談件数が増えている。
人生最後の旅にこだわりを持つことはけっして悪いことではないし、本人の意向によるだけあって断然穏やかに事が運びやすく、錠野葬祭も広く推奨しているところだ。
だが、この双子の相談に乗ってやるわけにはいかなかった。
彼らの考えは常人には推し量れない。葬儀の段取りが整ったから早速命を絶つ、などという無軌道な展開もありえるのだ。
「南天も福寿も健康体だろう。橘月どころかご両親にも予約はもらってないのに、何を急ぐことがある」
「我ら吉凶の双子なのです。正しい弔いでこそ福と成しますが、わずかでも過てば化けて出かねません」
「化けて出るのは我らも望まぬゆえ、あらかじめ依頼しているのであって」
「……それに契約には家族の同意も必要で……」
「天道家は放任主義ですのでご心配なく。親類縁者で言えば広澄伯父の証文がありますよ」
「ほらここに、成年に達すれば錠野葬祭にて予約可能と」
これ見よがしに突きつけられた書類には、確かに錠野広澄──父のサインがある。日付は2年前。こんなふうに詰め寄られた末に根負けし、年齢を理由に先延ばしにすることで手を打ったのだろう。
責めることはできない、父もまた彼らの被害者なのだ。
「聞けば広澄伯父はまだ東京とのこと。役目を果たせるのは晴澄兄のほかになく」
かといって肩代わりは御免被りたい。書類を丁重に押し返し、晴澄は首を左右に振る。
「……他人のサインがあるものを勝手に処理することはできない。父が戻ってからの相談でも、ふたりには遅いということはないだろう。もう少し待っててくれないか」
「我ら4月には学校が再開します。広澄伯父、それまでに帰ってきます?」
「……確約はできないが……」
「なんとまあ歯切れの悪い」
「余計なお世話かもしれませんが晴澄兄、多少は嘘を覚えたほうが生きやすいのでは?」
本当に余計なお世話である。
「とにかくこっちも暇じゃないんだ。今回は諦めて帰ってくれ」
「やだ!」
駄々っ子のようなふたつの声が重なる。その反応に一瞬怯んだのが運の尽きだ。
彼らはこちらのソファに飛び移ると、晴澄の腕に両側から組みついた。
「お願い、晴澄兄」
「生前予約、生前予約」
平坂を退席させるのではなかった。実力行使に出られてしまうと、2対1では分が悪い。
「……離しなさい」
「やだやだ」
「いいと言うまで駄々をこねます」
「成人が駄々をこねるな……」
右からは頬を擦り寄せられ、左からは肩に頭突きをされて、時が経つにつれ虚しさが募る。
なぜ自分がこんなことに煩わされなければならないのか。今日追い払えたとしても向こうは春休みだ、こちらが折れるまで通ってくる可能性がすこぶる高い。彼らが死に急ぐと決まったわけでもなし、要望を聞いてやるのが互いのためなのではないだろうか。
観念した晴澄が父と同じ轍を踏みかけたとき、控え室の扉が開け放たれた。
「ハル、遊びにきてやったぞ」
どうしようもないのとどうしようもないのがぶつかったとき、まともな人間は思考停止に陥るしかない。
入口に揺れる金髪を見た瞬間、反射的に声をあげていた。
「帰れ」
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