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2話 供物の花園

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「閉じているから開く。おれには至極当たり前のことだ」

 星空の瞳に一切の感情を宿さず、“開く者”は静かに語る。

「人間にたとえれば、そうだな。そこに山があるから登る、という感覚が近いか」

 それは一登山家の精神であってすべての人間が山に登りたがるわけではないのだが、話がこじれるので黙っておく。
 いつもヴェスナに反抗心を掻きたてられている晴澄はるすみも、今日にかぎっては強く出られない状況にあるのだ。

「心を厳重に施錠した上その鍵を宝箱にしまいこんでそこにも南京錠とおもりをつけてから海底に沈めている、おまえのようなややこしい人間は別格だが……」

 強く出ないと決めた。
 ここでややこしいのはどっちだなどと口答えすれば負けである。

「こうして過ごす時間には苦楽も喜憂もない。この程度の頼まれごとで恩を着せるほど、おれは狭量ではないさ」

 そのわりには退屈そうにあくびをして、ヴェスナは次の花に指を伸ばした。
 彼の手の下では時間の流れが違っているかのようだ。紫の蕾は張りついた花弁を緩めていき、やがてぱっくりと口を開く。
 固く閉ざされた花は、残り44本。

「ふふ。だとしてもリンドウ60本はさすがに気が引けるか、ハル」
「……」


 ◆ ◆ ◆


 故・瓜生丹介うりゅうにすけ氏がこよなく愛していたのは、陽光に掌を広げるように花開くリンドウの姿だったという。

「でもこのリンドウ開いてないんですよお! 何で!? 確かに季節外れですけど、コンディション調整も花屋の仕事では!? も、もしかしてお花入れの時間に合わせて開くんです……!?」
「いや平坂ひらさかさん、開かない品種ですこれ……」

 通夜会場に呼びだされた晴澄が指摘すると、毎度半狂乱でオールバックを振り乱している後輩はピシリと固まってしまった。

「故人が好きだったというのはササリンドウですね。この祭壇のはエゾリンドウで、同じリンドウでも花が開かない品種なんです」
「この世に開かない花なんてあるんですか……?」
「……花屋への発注は何と?」
「リンドウをメインにした花祭壇をお願いしますと……」
「品種まで指定できなくても、開くものが必要なことを念押ししておかないとだめですよ。聞かずに進めた花屋も問題ですが……」
「ふええ……ずびばぜんんん……!」

 鼻をすすりあげる平坂から祭壇に目を向ける。
 新人指導はあとでいくらでもできる。まずはこの上品な佇まいのリンドウを取り換えるのが先決だった。

「通夜は19時から?」
「は、はい……でも18時にはご葬家そうけがいらっしゃるので、4時間後には間に合わせないと……」

 わかってはいたがかなり厳しい状況だ。備品や料理くらいであれば車を飛ばせば揃えられるものの、生き物である花は一朝一夕に手配できるものではない。

「4時間はよその花屋じゃ無理です。サンズさんに電話しておくので、平坂さんは通常の支度を。ほら、顔拭いてください」
「うぐふうう……お、お願いしますう……」

 ボロボロの平坂が部屋を出るより早く、錠野葬祭御用達の花屋は着信に応じた。

「お電話ありがとうございます。サンズフラワー、天道橘月てんどうたつきが承ります」
「お世話になります、錠野葬祭じょうのそうさいです。リンドウを60本お願いしたいんですが」
「お色や品種のご指定はございますか?」
「青紫のササリンドウです」
「かしこまりました。ご希望のお日にちをお伺いいたします」
「本日4時間後で」
「よーし潰れろブラック企業」

 電話口のビジネスボイスが歪む。向こうでメモを取っていた男が中指を立てる光景が見えるようだった。

「サンズさん。弊社にも事情があって」
「だろうなバカ、なかったら本気で潰しにいくっつーの」
「とにかく説明させてくれ」

 荒々しい語調にこちらも釣られつつ、手違いで条件にそぐわないリンドウが届いた旨を伝えると、すっかり素に戻った担当者はもっともらしくせせら笑った。

「へーえ? うち以外の業者入れるから痛い目見んだよ。ザマーミロだ」
「付き合いを絞ると御社が潰れたときに困る」
「……一理ある。でもまあ、やるだけ無駄っしょそんなの」

 小さな溜息ののち、独白めいた花屋の早口がスピーカーから溢れだす。

「ササリンドウってのがな。菊やカーネーションなら余裕だけど、季節外れのマイナー花卉じゃん。この時間からじゃ、60集めるのに特急でも3時間はかかるね。そっから1時間で調整なんて神か妖精にしかできっこない。諦めな諦めな。哀しみに花を閉ざしているようです……とか何とか、うまいこじつけかた考えたほうが身のためだって」
「……集めるのは3時間あればできるのか?」
「あ? できなくはないけど、集められんのって大抵が蕾だぞ。開いてなきゃ意味ないんだろ?」
「ああ……」

 しかし、“開く”ことだけが障害になるのであれば。
 眉間を押さえる。本当なら、心底、可能なかぎり使いたくない手だが、専門家の力さえ借りられれば事態は丸く収まるのかもしれなかった。

「蕾で構わないから、とりあえず持ってきてほしい。そこからは……うちで何とかする」
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