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第一章:魔剣いっこ拾う

街道をただ歩くだけの日

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「聖魔剣士ども! 今日で貴様らも終わりだ!」

 セキセー国有数の大都市ダイラ。
 その冒険者ギルド本部店が壊滅してから、バルチェ達はその足で街を出た。
 街道を西へ向かい、目指すは魔王が住まう決戦の地。

 だがすぐに敵の刺客が再び行く手に立ち塞がった。
 人家の影も無い山間で、そいつはバルチェ達を待ち受けていたのだ。

『……いやおかしいでしょ!? あいつ、昨日死んだダイコーンって奴よね!?』
 剣の内からラザリアの声。

 そう、一行の前に立ち塞がったのは、身の丈2mを超える屈強な大男。
 それを覆うは肌に密着した闘衣。
 不敵な笑みを浮かべる力強い顔に、獣を象った兜。
 そこから生える巨大な二本の捻くれた角は装飾などではない……紛う事なき本物の、この男から生えた角だ。

 絶命した筈の敵が不敵な笑みを浮かべてそこにいた。

「残念だったな。俺は魔王様の強大な魔力により、さらなる力を得て蘇った。生まれ変わったオレは魔王軍・超魔神大隊最強の戦士、メガダイコーン! 見るがいい!」
 ダイコーンの巨躯のあちこちに禍々しい赤色に輝くラインが走る。
「俺の力は数倍に増した! 終わりだ、聖魔剣士ども!」

乱凰飛翔拳らんおうひしょうけん――!!」
 DOGOOOOOOOOOOOOOON!
「フェフェーッ!」


 数時間後。
 メガダイコーンを特に問題無く倒した一行は、本来の道から南西にそれて街道を進んでいた。
 敵が絶命する間際に前回の数倍の爆発を起こし、本来の道が土砂で崩れてしまったのである。

 地図を手に先導するのはバルチェだ。
 習得した豊富な探索系スキルに【地図解読】があるため、初めて通る道でも迷う事なく進む事ができた。

「フッ……こういう便利なスキルを持っていてくれると助かる」
 周囲の森を見渡しながら言うオウガ。
 辺りは細い山道であり、ときどき林業用の山道が枝分かれしている。
 地図だけで的確に歩くのは相当難しいだろう。

 バルチェの背負った剣――街を出た最寄りの宿場町で買った適当な鞘に納刀してある――からラザリアの声が響く。
『その言い方からすると、あんたら二人は戦闘以外のスキルや魔法を取らないクチ?』

「フフ……その通りです。お気づきでしたか」
 メガネをくいくい弄びながら微笑むアーサー。
 自慢できる事ではない筈だがとても堂々としている。
 オウガがバルチェの肩を叩いた。
「そう考えるとお前がいて良かったぞ、バルチェ。お前はたいしたものだ」
「ええ、君はたいしたものです」

 アーサーにも褒められ、バルチェはくすぐったそうに頭を掻いた。
「ううん、僕は戦闘が苦手だし、盗賊職だからこれぐらいは……」
「お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ」
「君はたいしたものです。君はたいしたものです」

「え、あ、うん……」
「お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ」
「君はたいしたものです。君はたいしたものです。君はたいしたものです」

「……ねえ、本当に褒めてくれてる?」
 聞いてるうちに、バルチェは凄く不安になってきた。

 オウガとアーサーはうんうんと頷く。
「無論だ。俺は地図と難しい字が読めんからな」
「私は攻撃魔法の呪文書以外、三ページ以上の本が読めませんからね」
『えっ……あんたらどうやって旅してきたの?』
 剣からラザリアの声が響いたが、そんな物に応える事なく、アーサーが道の横を指さした。
「そこに湖があるようです。水の補充でもしますか?」
 確かに、小さな湖が見えていた。

 容器に水を汲む一行。
 だが腕組みして考えるアーサー。
「しかし生水は腹に良くありませんね。真水に浄化する魔法が存在しますが、私は食料に関わる魔法など一切使えませんし……」
『だからあんたらどうやって旅してきたの?』
 剣からラザリアの声が響いたが、ちょっと苦笑いしつつもバルチェが鍋を用意した。
「まぁ沸騰させれば大丈夫だよね。一応、僕が水の質を調べるのも兼ねてやるよ」

【毒感知】や【野外調理】もバルチェの持つスキルにはある。
 徹底して上げてあるスキルは無いが、使う頻度の高そうな探索系スキルは幅広くとっていた。
 知覚力や器用度はタイニーラビット族の母譲りな高さ。
 それゆえに――エキスパートとまでは言えないが――野外にしろダンジョンにしろ、バルチェのカバーできる活動範囲は同レベル帯でも結構な物である。
 ほどなく水袋数個ぶんの飲料水が用意された。

「流石だなバルチェ。お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ」
「全くです。君はたいしたものです。君はたいしたものです」
 見事な呼吸で連呼するオウガとアーサー。
 バルチェは恥ずかしそうに少し目を逸らした。
「あの、褒めてくれるのは嬉しいんだけど……全裸になってからなのは、なんでかなって……」

 澄んだ水の中、二人は一糸纏わぬ姿で何一つ隠す事なく立っていた。
 鍛え上げられ均整の取れた、美しく見事な肉体である。
 逞しさとしなやかさを兼ね備え、力と健康が内から漏れ出すかのようだ。

「フッ……水に一切の害は無いというバルチェの判断を信用したまでの事だ。戦いに身をおく以上、汗や血で汚れようが構わんが。だが洗える時に洗わん理由も無い」
『体を洗うのはいいけどね! 人前よ、ちょっとは隠して!」
 堂々と全てをさらけ出すオウガにラザリアの上ずった声が響いた。
 それを聞いた全裸のアーサーがバルチェを見つめる。
「確かに体を洗うのはいい事です。バルチェ、君も今のうちに」
 そう言って大股でバルチェへ近寄り、その肩を掴んだ。
「なるほど。バルチェ、お前も今のうちに」
 そう言ってオウガもバルチェへ近寄り、その肩を掴んだ。
「え? え! ええっ!?」
 バルチェが目を丸くする。
『だから! 私が見てるんだって!」
 ラザリアが叫んだ。

 だが剣の声を気にした様子もなく、オウガとアーサーはバルチェの服をどんどん剥ぎ取ってゆく。
「あ、ああ……恥ずかしいよう」
 戸惑い狼狽えるバルチェ。
 母方種族の血もあり、見た目は人間の十二、三歳の少年。
 その細い肢体の白く滑らかな肌がどんどん露わになる。
 気恥ずかしさに抵抗はするが、体格で勝る二人の男の手には抗いようが無い。
 湖面が飛沫をあげ、はだけた胸を濡らした。

『…………』
 ラザリアから声がしなくなった。

「そ、そんなところ……待って、待ってよう……」
 もはや残すは下着、それも下だけだ。
 か細い抗議の声は無力、逞しい男の手が下着にかかった。
 何も履いていない足を必死に擦り合せるが、下着がおろされかかる。

『…… ……』
 ラザリアから声はしないが、喉を鳴らすような音が聞こえた――ようであった。

「ダメェ……やめてよう……」
 いよいよ少年の全てが曝け出されようとしていた。
 か細い声をあげるバルチェ。
 オウガとアーサーが視線を交わした。

「やめろというならやめるか」
「そうですね。やめろと言うならやめましょう」
 二人は手を離してバルチェから離れる。

『やめるんかい!!』
 剣から怒鳴り声が響いた。
 オウガとアーサーがくるりと剣の方へふり向く。
「「やめるが、何か?」」
『……何でもないわ。何でもないから! バルチェ、あんたもさっさと服を着なさいよ!』
 ラザリアの声は怒っていた。
 なんかちょっと必死だった。

 髪や顔を少し洗ってからバルチェは服を着直す。
 そうしながら剣に視線を落した。
「ラザリアさんも洗った方がいいかな? 錆びるかな?」
『完全に物扱いね、私……。人間の姿にも戻れないし、一生このままなのかしら』
 ふて腐れたラザリアの声。

 実は寝る前、バルチェは何度か「元の姿に戻れ」と剣に念じて見た。
 声を出したり適当なポーズをとったりもした。
 しかしラザリアの姿へ戻る事は無く、諦めて鞘に入れて背負っているのである。

 と、バルチェとラザリア(剣)を横目で見ながらアーサーが言った。
「戻るもなにも、聖魔剣スターゲイザーが真の姿でしょう」
『ホント勝手よね! 呪いの剣でしょ、これは!』
 憤慨するラザリア。

 だがそれを聞いて、バルチェはふと閃いた。
(つまり、戻れ……だから駄目だったということ?)
 スターゲイザーを抜刀して眼前に立て、柄を掴んだまま念じて叫ぶ。
「ラザリアさんの姿にな~れ!」

 ぽん! 煙が立ち込めた。
 それは一瞬で晴れ、そこにはきょとんとした魔術師の少女が――。
「あ……れ……? 戻った? こんな簡単に?」
 切れ長の目をぱちくりさせ、ラザリアは呆然と呟いた。

「流石だなバルチェ。お前はたいしたものだ。お前はたいしたものだ」
「全くです。君はたいしたものです。君はたいしたものです」
 見事な呼吸で連呼するオウガとアーサー。

 ラザリアは鬱陶しそうに二人を睨みつけた。
 だがバルチェへふり返ると「ふう」と安堵の溜息を漏らす。
「こんな事に巻き込んでくれた文句を言いたいところだけど、巻き込まれたのはバルチェも同じようなもんね。ならお礼を言うべきところなのかしら」
「あ、そんなのいいよ」
 慌てて両掌をふるふると振って遠慮するバルチェ。
 こうして一行は「三人とひとふり」から「四人」となった。
 身支度を整え、四人は再び街道へ戻る。
 魔王の城を目指す旅へと。

(なんだか私も、なし崩しに一緒くたね)
 バルチェの隣を歩きながらラザリアは一人そう思っていたが、それを口には出さなかった。
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