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2章
26 樹がどこまでも萌ゆるかのように 2
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――カサカ村近郊――
世界樹の若木がある山は、この地一帯の中心であり世界有数の聖地である。その割には要塞化されている等という事もなく、カサカの街から専用の街道を行けばすぐに麓へ着く事ができる。
その代わり、他から入ろうとすると決して辿り着けないのだが。
守護者の結界により山が覆われているが故に。
茜色の空の下、その山に近づく者がいた。
カサカの街から、街道を駆ける一騎の人馬。その馬の頭は人の髑髏、体は全て骨。奇怪な骸骨馬に乗るのは屈強な戦士。
骸骨馬シロウと、それに乗るタリンだった。
道は山の中へと続いているが、麓には小屋がある。
馬の駆ける足音を聞きつけたか、小屋から出てくる者があった。
2メートルを超える身の丈に屈強な半裸、巨大な戦鎚を握る禿頭の老人である。
老人は怪しい人馬を見て驚愕した。
「お前、まさかタリンか!」
骸骨馬は老人の前で停まる。
「そう言うあんたは鍛冶屋の爺さん。ここの門番に職を変えたのか」
タリンは馬から降りて鍛冶屋のイアンに声をかけた。
昔のように気圧されたり縮こまったりはせず、真正面から堂々と。
イアンとてカーチナガ公国がケイト領に戻る事は聞いていた。訪れる軍をタリンが率いている事も。
それにしてもここまで変わっているとは予想外、それ故に驚いたのだ。
しかし気を取り直して戦鎚を肩にかけて睨みつける。
「村が帝国に恭順しても、世界樹の若木まで好きにはできんぞ」
しかしタリンは負けず劣らずの鋭い眼光を真っ向から返した。
「だろうがな。ガイのヤロウには言ってやりたい事がある。カサカに来るのは数日に一度ってんで、オレから出向いてやったぜ」
数秒の睨み合い。
そしてタリンが怒鳴った。
「5年前の店が一つも残ってねーぞ! そのせいでロロナちゃんとは一晩で終わっちまったじゃねーか! あのヤロウ、一言も相談なしにオレら三人を帝国預かりにしやがって!」
5年前、ガイがシャンリーを迎えに行く前、タリンは出発の前日まで風俗店で遊んでいた。
その時に新人の娘を一人気にいったのだが、帝国へ斡旋されて将軍になってしまったせいで、カサカに戻れたのは今日の事。
5年で田舎村から大きな街へ激変したカサカは風俗街の場所自体が変わってしまい、当然店舗も一新されていたのだ。
「風俗の恨み言を吐きに来たのか……お前という奴は……」
『今や何人も愛人いるくせにな、コイツ』
呻くイアンにシロウが呆れながら同意した。
しかしタリンは怒りに吠える。
「だからってなぁなぁで許すと思うなよ!」
田舎村の新人嬢よりはるかにグレードの高い女を複数囲っているので、実の所、5年前の女は既にどうでもよくなっている。結局、ガイの思い通りに使われた事に怒っているのであろう。
そのくせ帝国を去ろうとしなかったのは、当然、将軍としての地位と生活が気に入ったからである。
益は貰うが、それはそれとして文句は消えないのだ。
手前勝手な怒りに燃え、タリンは道の先を見上げた。緩やかな傾斜を描いて木々の間を縫っていく道の先を。
するとそこに子供がいる事に気付いた。
幼い男の子である。この地方の質素な子供服を着ており、樵か猟師の子に見える。
その顔にははっきりと、ガイの面影があった。
興味深そうにじっと、タリンと骸骨馬を見つめている。
「あのガキ……まさか……」
呟くタリン。
と、山上から誰かが降りて来た。
タリンは反射的に小屋の陰へ隠れる。骸骨馬のシロウもイアンも共に。
降りて来たのは若い夫婦だった。
着ている物はやはりこの地方の質素な田舎服だが……見間違えようもない、ガイとシャンリーだ。
ガイは小さな女の子――シャンリーによく似ている――を抱きかかえている。その女の子の肩には久しぶりに見る妖精の少女……イムの姿!
男の子は迎えに来た両親へ、嬉しそうに走って行った。
子供の両手を夫婦が左右から握る。そして山の上へ引き返して行った。
シャンリーのお腹が緩やかに膨れているのを、タリンは確かに見た。
一家の姿が見えなくなってからタリンが呟く。
「……ひょっとして三人目ができてたりするか?」
「うむ」
イアンが頷くや、タリンが激しく歯軋りした。
「オレが敵地で血と汗を流していた5年、アイツは毎晩ハッスルして汗だくになってやがったのか……スジが通らねーぞ!」
「お前の頭にはソレしか無いんか」
『だいたいはそうだな』
呆れるイアンにシロウが同意する。
なおタリンは女遊びを我慢などいっさいしていないので、この恨み言も的外れなんて物ではないのだが。
だがしかし。
そんなタリンだが、この場ではガイ一家を見送るだけで余計な事はしなかった。
ガイが家族へ向ける、穏やかな眼差し。
娘が家族へ向ける、安心した瞳。
息子が家族へ向ける、満面の笑顔。
シャンリーが家族へ向ける、優しい微笑み。
彼女の手が添えられたお腹。
そんな一家をタリンは物陰で見送った。
彼らが木々の間に見えなくなるまで。
「チッ……幸せバリア何重にも張りやがって。今日は引き上げてやるか」
忌々しそうに唸るタリンを前に、イアンは先ほどまでより遥かに驚愕していた。
「なにィ!? まさかお前……空気を読んでおるのか! お前が! し、信じられん……」
男子三日会わざれば刮目して見よ。
時は常に流れているのだ……所によっては激しく。
しかし所によっては、ゆっくりと穏やかに。
いつまでも、どこまでも。
ちょっとずつ幸せを増やしながら。ゆっくりと、ずっと、ずっと……。
(終)
世界樹の若木がある山は、この地一帯の中心であり世界有数の聖地である。その割には要塞化されている等という事もなく、カサカの街から専用の街道を行けばすぐに麓へ着く事ができる。
その代わり、他から入ろうとすると決して辿り着けないのだが。
守護者の結界により山が覆われているが故に。
茜色の空の下、その山に近づく者がいた。
カサカの街から、街道を駆ける一騎の人馬。その馬の頭は人の髑髏、体は全て骨。奇怪な骸骨馬に乗るのは屈強な戦士。
骸骨馬シロウと、それに乗るタリンだった。
道は山の中へと続いているが、麓には小屋がある。
馬の駆ける足音を聞きつけたか、小屋から出てくる者があった。
2メートルを超える身の丈に屈強な半裸、巨大な戦鎚を握る禿頭の老人である。
老人は怪しい人馬を見て驚愕した。
「お前、まさかタリンか!」
骸骨馬は老人の前で停まる。
「そう言うあんたは鍛冶屋の爺さん。ここの門番に職を変えたのか」
タリンは馬から降りて鍛冶屋のイアンに声をかけた。
昔のように気圧されたり縮こまったりはせず、真正面から堂々と。
イアンとてカーチナガ公国がケイト領に戻る事は聞いていた。訪れる軍をタリンが率いている事も。
それにしてもここまで変わっているとは予想外、それ故に驚いたのだ。
しかし気を取り直して戦鎚を肩にかけて睨みつける。
「村が帝国に恭順しても、世界樹の若木まで好きにはできんぞ」
しかしタリンは負けず劣らずの鋭い眼光を真っ向から返した。
「だろうがな。ガイのヤロウには言ってやりたい事がある。カサカに来るのは数日に一度ってんで、オレから出向いてやったぜ」
数秒の睨み合い。
そしてタリンが怒鳴った。
「5年前の店が一つも残ってねーぞ! そのせいでロロナちゃんとは一晩で終わっちまったじゃねーか! あのヤロウ、一言も相談なしにオレら三人を帝国預かりにしやがって!」
5年前、ガイがシャンリーを迎えに行く前、タリンは出発の前日まで風俗店で遊んでいた。
その時に新人の娘を一人気にいったのだが、帝国へ斡旋されて将軍になってしまったせいで、カサカに戻れたのは今日の事。
5年で田舎村から大きな街へ激変したカサカは風俗街の場所自体が変わってしまい、当然店舗も一新されていたのだ。
「風俗の恨み言を吐きに来たのか……お前という奴は……」
『今や何人も愛人いるくせにな、コイツ』
呻くイアンにシロウが呆れながら同意した。
しかしタリンは怒りに吠える。
「だからってなぁなぁで許すと思うなよ!」
田舎村の新人嬢よりはるかにグレードの高い女を複数囲っているので、実の所、5年前の女は既にどうでもよくなっている。結局、ガイの思い通りに使われた事に怒っているのであろう。
そのくせ帝国を去ろうとしなかったのは、当然、将軍としての地位と生活が気に入ったからである。
益は貰うが、それはそれとして文句は消えないのだ。
手前勝手な怒りに燃え、タリンは道の先を見上げた。緩やかな傾斜を描いて木々の間を縫っていく道の先を。
するとそこに子供がいる事に気付いた。
幼い男の子である。この地方の質素な子供服を着ており、樵か猟師の子に見える。
その顔にははっきりと、ガイの面影があった。
興味深そうにじっと、タリンと骸骨馬を見つめている。
「あのガキ……まさか……」
呟くタリン。
と、山上から誰かが降りて来た。
タリンは反射的に小屋の陰へ隠れる。骸骨馬のシロウもイアンも共に。
降りて来たのは若い夫婦だった。
着ている物はやはりこの地方の質素な田舎服だが……見間違えようもない、ガイとシャンリーだ。
ガイは小さな女の子――シャンリーによく似ている――を抱きかかえている。その女の子の肩には久しぶりに見る妖精の少女……イムの姿!
男の子は迎えに来た両親へ、嬉しそうに走って行った。
子供の両手を夫婦が左右から握る。そして山の上へ引き返して行った。
シャンリーのお腹が緩やかに膨れているのを、タリンは確かに見た。
一家の姿が見えなくなってからタリンが呟く。
「……ひょっとして三人目ができてたりするか?」
「うむ」
イアンが頷くや、タリンが激しく歯軋りした。
「オレが敵地で血と汗を流していた5年、アイツは毎晩ハッスルして汗だくになってやがったのか……スジが通らねーぞ!」
「お前の頭にはソレしか無いんか」
『だいたいはそうだな』
呆れるイアンにシロウが同意する。
なおタリンは女遊びを我慢などいっさいしていないので、この恨み言も的外れなんて物ではないのだが。
だがしかし。
そんなタリンだが、この場ではガイ一家を見送るだけで余計な事はしなかった。
ガイが家族へ向ける、穏やかな眼差し。
娘が家族へ向ける、安心した瞳。
息子が家族へ向ける、満面の笑顔。
シャンリーが家族へ向ける、優しい微笑み。
彼女の手が添えられたお腹。
そんな一家をタリンは物陰で見送った。
彼らが木々の間に見えなくなるまで。
「チッ……幸せバリア何重にも張りやがって。今日は引き上げてやるか」
忌々しそうに唸るタリンを前に、イアンは先ほどまでより遥かに驚愕していた。
「なにィ!? まさかお前……空気を読んでおるのか! お前が! し、信じられん……」
男子三日会わざれば刮目して見よ。
時は常に流れているのだ……所によっては激しく。
しかし所によっては、ゆっくりと穏やかに。
いつまでも、どこまでも。
ちょっとずつ幸せを増やしながら。ゆっくりと、ずっと、ずっと……。
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