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2章
25 この結末は間違っているけれど 7
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ガイが目を逸らしたので、シャンリーは「勝った」と思った。
これでガイを己の思う方向に誘導できると、そう思った。
だがしかし。
それが勘違いであった事を、ガイが再び顔をあげてすぐ、シャンリーは思い知らされた。
「……でもな。そもそも正しいとか、大義名分とか、誰かのためとか……そんなんじゃない。そんな理由で君が欲しいわけじゃないんだ。俺といたのが、君だからだろ!」
ギラつきさえしているガイの眼差し。そのくせ頬が紅潮している。
恥ずかしくて照れているくせに、必死な自分を抑えきれていない。
「じゃあ開き直るしかないじゃないか。正しいから欲しいのか――も、間違ってたら要らないのか――も、絶対に違う! だから、間違っているとわかっていても、それで俺に吹く向かい風を食らってでも……」
国境線で意を明かし、一人の犠牲者も出さず、外敵だけは退け、その上でガイはここへ来た。
もっと狡く楽で確実な立ち回りもあっただろう。
だがそれはできなかったのだ。
「それでも俺は……!」
ガイが一歩、踏み出す。
シャンリーへ。
「シャンリー。君が好きです。皇女をやめて戻ってきて、俺の家の俺の嫁さんになってください!」
なんで今さら敬語なのか。
真っ赤になって一生懸命叫んでいる彼自身、そんな事はわかっていないだろう。
必死で余裕の無い視線は、シャンリーしか見えていないに違いない。
「……無理に連れて行くわけじゃないのね」
そう訊くシャンリーに、ガイは懐かしい話を持ち出した。
「そうしたいけど、前に言ったから。俺と君を終わらせていいのは君だけだ、って」
ガイの家のミオンだった時、そう言われて……手を握り返した事を、シャンリーは思い出した。
「……断ったら?」
静かに訊くシャンリーに、ガイは一瞬だけ、ぐっと唇を噛んで……
「泣きべそかいて帰るよ」
神魔の域に達した超人になるかという者が。
心細くも吐露する。
「でも……私が貴方の物になるって、内心、期待してる、でしょ?」
たどたどしく訊くシャンリーに、ガイは真っ赤になって、けれど……
「……うん」
正直に頷いた。
そんなガイのもう全てに、シャンリーは動揺していた。
(これじゃ、まるで……以前の、私がよく知っている……)
「昔のガイに戻ったみたいね?」
もはや人の枠の外、神話の世界の、超越的な領域に至った彼は。
やっぱり照れたまま、恥ずかしそうに、どこか拗ねたように告げる。
「戻ってきたって言ったろ」
ガイは復活してからずっと感じていた違和感の正体に、村を出る前に気付いた。
己に世界樹から分け与えられた、生来の体に無い組織が、想像以上に影響している事に。
維管束を元にした、体を巡るもう一つの循環系は、ガイの脳神経にも及んでいたのだ。その影響で精神は――乱れず落ち着くといえば良く聞こえるが――激しい昂りや激情を抑えるようになっていた。
だがその影響に気づき、意識する事で。
己の望む方へ感情を奮い立たせる事ができるようになったのだ。
それは人を超える物として得た力に背を向ける事でもあるが……本来の自分を取り戻したと、ガイは確信していた。
「あ、姉上……」
第二皇女のヨウファが思わずシャンリーへ声をかける。
彼女を不安にさせる流れが、姉とガイの間に流れていると感じたがゆえ。
しかしそんなヨウファに話しかける者がいる。
魔法でふわりと宙を舞い、窓から入って来たスティーナだ。
「結納金代わりに将軍候補が三人、師匠から斡旋されています。ちょっとどうかと思う奴も混ざってますが……」
スティーナは振り向き、その三人に呼び掛ける。
「というわけで、帝国が今一番不足している物を補うため、その腕をふるってください」
「え?」
驚くユーガン。
「え?」
戸惑うレレン。
「ん? オレの腕が要るって言ったか? 任せろ!」
タリンだけは元気に笑って親指を立てた。
そんな騒ぎの中でもガイとシャンリーは互いから視線を逸らさなかった。
ガイの肩から、イムがシャンリーに呼び掛ける。
「いっしょに帰ろ?」
シャンリーが、肩を落とした。
(そう……戻ってきたのね)
シャンリーは先ほど「勝った」と思った……が。それは間違いだった。
とうに勝っていたのだ。
自分に惹きつけようとして、まんまと自分を想わせる事ができた彼に。
もはや人の枠の外、神話の世界の、超越的な領域に至ったにも関わらず。
そこから降りてでも、彼は自分の所へ戻って来た。
正直に、一生懸命。自分の欲しかった彼が。
(戻ってきてくれたのね。私の所へ)
彼女は勝っていた。
そのせいで彼から奪った物と同じぐらい、自分も奪われてしまうけど。
「ヨウファ。ごめんね。お姉ちゃん、お嫁に行く事になっちゃった」
振り向かずにそう告げて、シャンリーは歩いた。
ガイだけを見て、彼に向かって。
「あああ、姉上えええ!?」
嘆き叫んだが、それが無駄である事は、もはやヨウファにもわかった。
姉は憑かれたように歩き、自分の所へ戻って来た男の胸に頭を寄せ、身を委ねたのだ。
その姉を、そっと優しく、ぎゅっと愛し気に抱きしめて。その男は姉の髪に顔を寄せ、胸いっぱいに深く息を吸った。
そして姉を抱きかかえると、自分の乗って来た機体へ引き上げたのである。
肩の上で妖精がこちらへ向き、満面の笑顔で手を振っていた。「ばいばい」と。
男の機体が翼を広げ、空へ飛ぶ。
誰もがそれを見送るしかなかった。
その夫婦の世界には邪魔物なんて入れないし、それなら見送るしかない。
静かになった大広間で、ヨウファは歯軋りした。
「くっ……こうなった以上、お前ら三人を将軍にでも何にでもしてやる! ケイト帝国復興のために全力を尽くせ! 相手はいくらでもいるからな!」
ケイト帝国唯一の皇族となった皇女として叫ぶ。
大好きだった姉から引き継いだ帝国の明日のため、姉が間接的に残してくれた三人へと。
呆けるのをやめて顔を引き締め、ユーガンは膝をついた。
「はっ! この身この命、一欠片に至るまでお使いください!」
かつて帝国に弓引き、危機に陥れた己。それを捧げて罪を贖う道が見つかった事を喜びながら。
それを怪訝な顔で眺め、タリンが「ん?」と気付く。
「もしかして俺もなのか?」
「そうだ。また話をロクに聞いてなかったな? 率先して了解したのがお前だろ……」
レレンは呆れるしかなかった。
その大広間の片隅に【リバーサル】のリーダー・グスタの姿もあった。
ガイ達に突破され、慌てて駆け付けてきたのだが……成り行きを最後まで見た今、彼は晴々と笑っていた。
「ははっ!【リバーサル】がでかいツラするのも今日までか」
「笑い事ですか?」
横にいるミシェルには納得できないようだ。
ケイト帝国に頼られるうち、彼女がここでの仕事にプライドと生き甲斐を感じるようになっていた事に、グスタは薄々勘づいてはいた。
そんな彼女に、笑いながらも言ってやる。
「元々はコノナ国の再建が目的だろ。ま、ここに残りたい奴を否定はしねえさ。あのイケメン騎士の部隊にでも入れてもらえるよう、俺から頼んでやろうか?」
タリンが「はっ!」と何かに気付く。
「村を出る前に行った店で、オキニの嬢ができたんだけどよ……」
「カサカ村まで帝国が地続きになるよう頑張るんだな」
風俗の話を相談され、レレンはうんざりして突き放した。
薄々予想していた答えに頭を抱えるタリン。
「しまったァー!」
次に村を訪れるのがいつになるかわからない――それぐらいはタリンの酷い頭でも理解はできた。
呆れるレレンの横に、女魔術師のララがそっと寄り添った。
「私もここでレレン姉さんに協力します」
真摯な申し出にレレンは自然と笑顔になる。
「ありがとう。すまないな」
そして窓の外――ガイのリバイブキマイラが飛んで行った空を眺めた。
(幸せになれよ……って、もうなっているか)
きっと世界で一番に。
これでガイを己の思う方向に誘導できると、そう思った。
だがしかし。
それが勘違いであった事を、ガイが再び顔をあげてすぐ、シャンリーは思い知らされた。
「……でもな。そもそも正しいとか、大義名分とか、誰かのためとか……そんなんじゃない。そんな理由で君が欲しいわけじゃないんだ。俺といたのが、君だからだろ!」
ギラつきさえしているガイの眼差し。そのくせ頬が紅潮している。
恥ずかしくて照れているくせに、必死な自分を抑えきれていない。
「じゃあ開き直るしかないじゃないか。正しいから欲しいのか――も、間違ってたら要らないのか――も、絶対に違う! だから、間違っているとわかっていても、それで俺に吹く向かい風を食らってでも……」
国境線で意を明かし、一人の犠牲者も出さず、外敵だけは退け、その上でガイはここへ来た。
もっと狡く楽で確実な立ち回りもあっただろう。
だがそれはできなかったのだ。
「それでも俺は……!」
ガイが一歩、踏み出す。
シャンリーへ。
「シャンリー。君が好きです。皇女をやめて戻ってきて、俺の家の俺の嫁さんになってください!」
なんで今さら敬語なのか。
真っ赤になって一生懸命叫んでいる彼自身、そんな事はわかっていないだろう。
必死で余裕の無い視線は、シャンリーしか見えていないに違いない。
「……無理に連れて行くわけじゃないのね」
そう訊くシャンリーに、ガイは懐かしい話を持ち出した。
「そうしたいけど、前に言ったから。俺と君を終わらせていいのは君だけだ、って」
ガイの家のミオンだった時、そう言われて……手を握り返した事を、シャンリーは思い出した。
「……断ったら?」
静かに訊くシャンリーに、ガイは一瞬だけ、ぐっと唇を噛んで……
「泣きべそかいて帰るよ」
神魔の域に達した超人になるかという者が。
心細くも吐露する。
「でも……私が貴方の物になるって、内心、期待してる、でしょ?」
たどたどしく訊くシャンリーに、ガイは真っ赤になって、けれど……
「……うん」
正直に頷いた。
そんなガイのもう全てに、シャンリーは動揺していた。
(これじゃ、まるで……以前の、私がよく知っている……)
「昔のガイに戻ったみたいね?」
もはや人の枠の外、神話の世界の、超越的な領域に至った彼は。
やっぱり照れたまま、恥ずかしそうに、どこか拗ねたように告げる。
「戻ってきたって言ったろ」
ガイは復活してからずっと感じていた違和感の正体に、村を出る前に気付いた。
己に世界樹から分け与えられた、生来の体に無い組織が、想像以上に影響している事に。
維管束を元にした、体を巡るもう一つの循環系は、ガイの脳神経にも及んでいたのだ。その影響で精神は――乱れず落ち着くといえば良く聞こえるが――激しい昂りや激情を抑えるようになっていた。
だがその影響に気づき、意識する事で。
己の望む方へ感情を奮い立たせる事ができるようになったのだ。
それは人を超える物として得た力に背を向ける事でもあるが……本来の自分を取り戻したと、ガイは確信していた。
「あ、姉上……」
第二皇女のヨウファが思わずシャンリーへ声をかける。
彼女を不安にさせる流れが、姉とガイの間に流れていると感じたがゆえ。
しかしそんなヨウファに話しかける者がいる。
魔法でふわりと宙を舞い、窓から入って来たスティーナだ。
「結納金代わりに将軍候補が三人、師匠から斡旋されています。ちょっとどうかと思う奴も混ざってますが……」
スティーナは振り向き、その三人に呼び掛ける。
「というわけで、帝国が今一番不足している物を補うため、その腕をふるってください」
「え?」
驚くユーガン。
「え?」
戸惑うレレン。
「ん? オレの腕が要るって言ったか? 任せろ!」
タリンだけは元気に笑って親指を立てた。
そんな騒ぎの中でもガイとシャンリーは互いから視線を逸らさなかった。
ガイの肩から、イムがシャンリーに呼び掛ける。
「いっしょに帰ろ?」
シャンリーが、肩を落とした。
(そう……戻ってきたのね)
シャンリーは先ほど「勝った」と思った……が。それは間違いだった。
とうに勝っていたのだ。
自分に惹きつけようとして、まんまと自分を想わせる事ができた彼に。
もはや人の枠の外、神話の世界の、超越的な領域に至ったにも関わらず。
そこから降りてでも、彼は自分の所へ戻って来た。
正直に、一生懸命。自分の欲しかった彼が。
(戻ってきてくれたのね。私の所へ)
彼女は勝っていた。
そのせいで彼から奪った物と同じぐらい、自分も奪われてしまうけど。
「ヨウファ。ごめんね。お姉ちゃん、お嫁に行く事になっちゃった」
振り向かずにそう告げて、シャンリーは歩いた。
ガイだけを見て、彼に向かって。
「あああ、姉上えええ!?」
嘆き叫んだが、それが無駄である事は、もはやヨウファにもわかった。
姉は憑かれたように歩き、自分の所へ戻って来た男の胸に頭を寄せ、身を委ねたのだ。
その姉を、そっと優しく、ぎゅっと愛し気に抱きしめて。その男は姉の髪に顔を寄せ、胸いっぱいに深く息を吸った。
そして姉を抱きかかえると、自分の乗って来た機体へ引き上げたのである。
肩の上で妖精がこちらへ向き、満面の笑顔で手を振っていた。「ばいばい」と。
男の機体が翼を広げ、空へ飛ぶ。
誰もがそれを見送るしかなかった。
その夫婦の世界には邪魔物なんて入れないし、それなら見送るしかない。
静かになった大広間で、ヨウファは歯軋りした。
「くっ……こうなった以上、お前ら三人を将軍にでも何にでもしてやる! ケイト帝国復興のために全力を尽くせ! 相手はいくらでもいるからな!」
ケイト帝国唯一の皇族となった皇女として叫ぶ。
大好きだった姉から引き継いだ帝国の明日のため、姉が間接的に残してくれた三人へと。
呆けるのをやめて顔を引き締め、ユーガンは膝をついた。
「はっ! この身この命、一欠片に至るまでお使いください!」
かつて帝国に弓引き、危機に陥れた己。それを捧げて罪を贖う道が見つかった事を喜びながら。
それを怪訝な顔で眺め、タリンが「ん?」と気付く。
「もしかして俺もなのか?」
「そうだ。また話をロクに聞いてなかったな? 率先して了解したのがお前だろ……」
レレンは呆れるしかなかった。
その大広間の片隅に【リバーサル】のリーダー・グスタの姿もあった。
ガイ達に突破され、慌てて駆け付けてきたのだが……成り行きを最後まで見た今、彼は晴々と笑っていた。
「ははっ!【リバーサル】がでかいツラするのも今日までか」
「笑い事ですか?」
横にいるミシェルには納得できないようだ。
ケイト帝国に頼られるうち、彼女がここでの仕事にプライドと生き甲斐を感じるようになっていた事に、グスタは薄々勘づいてはいた。
そんな彼女に、笑いながらも言ってやる。
「元々はコノナ国の再建が目的だろ。ま、ここに残りたい奴を否定はしねえさ。あのイケメン騎士の部隊にでも入れてもらえるよう、俺から頼んでやろうか?」
タリンが「はっ!」と何かに気付く。
「村を出る前に行った店で、オキニの嬢ができたんだけどよ……」
「カサカ村まで帝国が地続きになるよう頑張るんだな」
風俗の話を相談され、レレンはうんざりして突き放した。
薄々予想していた答えに頭を抱えるタリン。
「しまったァー!」
次に村を訪れるのがいつになるかわからない――それぐらいはタリンの酷い頭でも理解はできた。
呆れるレレンの横に、女魔術師のララがそっと寄り添った。
「私もここでレレン姉さんに協力します」
真摯な申し出にレレンは自然と笑顔になる。
「ありがとう。すまないな」
そして窓の外――ガイのリバイブキマイラが飛んで行った空を眺めた。
(幸せになれよ……って、もうなっているか)
きっと世界で一番に。
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