上 下
144 / 147
2章

25 この結末は間違っているけれど 6

しおりを挟む
 イムを肩に乗せたガイ。それと向き合うシャンリー。
 二人の間には誰もいない。
 人は多けれど、阻む者は無かった。

「今のガイならケイト帝国に勝つだろうとは思っていたけれど。まさかこちらに死者を一人も出さず、外敵まで排除してくれて、その上で帝国の心臓部に到達するなんてね。こちらの完敗、そちらの圧勝だわ」
 シャンリーの声には、呆れたような……どこか諦めたような、そんな響きがあった。
「力の差を見せつけたのは、自分の意を通すため、逆らえないようにするため? ガイはそんな人じゃなかったけれど」
 その問いはどこか批難めいていて、どこか悲し気だ。

(そう……まるで私達を蹴散らした魔王軍のよう)
 どう抵抗しても無駄だという力の差がそう思わせるのだろうか。
(極まった力というものは似たような物になってしまうのかしら)
 その思いが、数歩先にいるガイとの距離を、あまりに遠く感じさせた。
 遠く感じるという事が、白々しくて胸が痛かったけれど。
 それは表に出すまいと、シャンリーは努めた。


「シャンリー様!」
 我慢できず割り込もうとした一兵士……その剣が一瞬で叩き落とされる。
「傲慢ですまないが、邪魔はやめてもらう」
 静かに告げるユーガン。
 その剣が一閃したのだと、無手になってから気付き――その兵士も他の兵士も一歩も動けなくなった。

 ガイもシャンリーもそんな騒ぎにまるで反応しない。
 今、二人には互い以外に何も存在しないのだ。


 そんな人じゃなかった。そう言われたガイの返答は……
「俺は俺だ。だからシャンリー。君を貰いに来た」
 これまでのどんな戦いの時よりも真剣に、ガイはそう断言した。
 だがそれにシャンリーは納得できない。
「どうしてこんな形で? なぜケイト帝国の貴族ではいけないの? 以前、私が提示した案の何が問題なの?」

 あの時、ガイはシャンリーの案を断った。
 はっきりと、自分の口で。
 それ故にシャンリーは感じたのだ。ガイとの繋がりは切れたのだ、と。

 戻って来てくれる可能性は、有ると信じていた。
 信じ“たかった”だったのかもしれないが、信じた。
 そして戻ってきてくれた……のに。

 なぜケイト帝国の貴族ではいけないの?

 ここだけは納得いく答えが無いと受け入れられない。
 返答が無ければ、有っても納得がいかなければ……今度はシャンリーが繋がりを切らねばならない。


「それだとまずケイト帝国ありきになるからだ」
 ガイからの返答。はっきり出された彼の意思。
 それは、シャリーを絶望させる物だった。
「帝国の味方がそんなに嫌なの……?」

 シャンリー=ダー。ケイト帝国の第一皇女。
 生まれついての支配階級であり、それ故に身も行動も帝国のためにあらねばならない人間。
 彼女を養うため、民は貧しくても税を納めねばならない。
 彼女を守るため、兵は死をかえりみず戦わねばならない。
 だから彼女は人民が生きる場としての国に、その存在に、貢献する義務があるのだ。
 彼女の命は人民の命より重いが故に、彼女の義務は彼女の命より重い。

 それがシャンリーの価値観。
 だからケイト帝国の味方になる事を拒む者は、受け入れるわけにはいかないのだ。

 だが、ガイの意思は……

「帝国の味方で俺は結構。だけど俺の女房には、俺の家族、俺の一家……俺達やその子供達がまずありきであって欲しい。俺達の家の、そこの家族を何よりも大切にして欲しい。俺だってそうする。そこは俺と同じ所に立って欲しい」
 それはある意味でシャンリーを根本的に否定する要求だ。だから以前、ガイはシャンリーの提案を断ったのだ。
「ケイト帝国の味方はするよ。俺の女房の故郷なら。でもそれは、そこありきって事じゃないんだ」

 この想いを人知れず秘めて、シャンリーの要求通りにケイト帝国の貴族になり結婚する道も、ガイにはあった。
 不自由も問題も、それで無かった筈だ。
 なのにガイは、どこに一番の重きを置くかの一点を、どうにも誤魔化せなかったのである。
 そのせいで要らぬ苦労を背負ってまでも。

 そんなガイの不器用な性分を前に、シャンリーは動揺していた。
(これじゃ、まるで……)

「あんな……お遊戯みたいな夫婦ごっこで、そんなに入れ込んで。馬鹿ね」
 それでガイが怒れば、あるいはこの指摘に同意されてしまえばそれまでだ……そう危険を認識しながらも。
 シャンリーはあえて口にした。
 平然を
 ガイがぶつけてくる不器用な想いをはぐらかすため。自分が話の主導権を握るために。 

 果たして、ガイは……
「そうだな。でもこれからはごっこじゃない」
 少々怒ったように、少々ムキになったように。
「本当に夫婦になって入れ込むよ。俺は」
 指摘を認めながらも、想いをぶつけるのをやめなかった。

 そんなガイの、感情的で高みや落ち着きとは縁遠い意地を前に、シャンリーは動揺していた。
(これじゃ、まるで……)

「私がガイにちょっかいかけてたのは、その気にさせて守ってもらうためだって、まだ気が付かないの?」
 薄っすらと笑みを、シャンリーはさらに危険な言葉を口にする。
 でもここまでやらないと、ガイに圧されたままだろう。
 互いに正直になってはいけない。
 全部を残らずさらけ出す話し方を知らないのだから。

 果たして、ガイは……
「そうだったのか。言われて気づいたよ」
 ちょっぴり衝撃だったようだが……
「でもそんな事はどうでもいい。何も変わらない」
 問題でさえなかった。

 そんなガイの計算や打算の無さに、シャンリーは動揺していた。
(これじゃ、まるで……)

 シャンリーはもう笑っていられなかった。
 己も真剣にならざるを得なかった。芝居やポーズで偽る余裕は無かった。
 真っすぐに顔をあげて、ガイの目を見つめた。
「私を生かしてくれた人達。待っていてくれた人達。今期待してくれている人達。頼ってくれている人達。それを全部捨てろと言っているのよ、貴方は。貴方の気持ち一つのために」

 責めるような物言いである。
 他者の存在を持ち出し、ガイの要求は彼らを否定しているのだと指摘すれば……ガイは想いをあえて曲げてくれるかもしれない。
 シャンリーの要求をのんで帝国側についてくれるかもしれない。
 帝国ありきのシャンリーで妥協してくれるかもしれない。

(やっぱり私はずるいのね……)
 それでもシャンリーは思いつく材料全てを使うつもりだった。
 ガイに、己の思い通りに動いてもらうために。

「そこが一番、悩んだよ。俺の望みが間違っている事になるから……なんとか正しい事にできないかって」
 ガイは、困って頭を掻いた。明らかに弱っていた。
「でも、何も思いつかなかった。というか……理屈つけてその人達が間違っている事にしたいわけじゃないし……」

 そう言ってガイが目を逸らしたので、シャンリーは「勝った」と思った。
 これでガイを己の思う方向に誘導できると、そう思った。

 嬉しさよりも、寂しさと胸の痛みはあったけど。
 帝国のために、自分がガイを得る事はできる。

 だがしかし。
 それが勘違いであった事を、すぐにシャンリーは思い知らされた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...