フェアリー・フェロウ~追い出されたフーテン野郎だが、拾い物でまぁなんとか上手くいく~

マッサン

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2章

24 人の世に外れた物 7

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――ケイト帝国の首都・皇帝の宮殿――


 第一皇女の私室。そこのテーブルで二人の女性がささやかな茶会を開いている。
 一人は部屋の主、第一皇女のシャンリー。もう一人は第二皇女のヨウファ。

 ヨウファは涙ぐみ、しかし笑顔でもあった。
「父上の事は無念じゃ。けれど姉上だけでも帰ってきてくれて良かった。本当に良かった」
 いきさつは彼女も姉から聞いている。
 魔王軍の猛攻から辛くも逃れたが、記憶喪失に陥っていた事も。
 それ故に一年ほど独りだったヨウファにしてみれば、こんな愚痴も出てくるのだ。
「ロクな治療術師のおらん田舎でなければ、もっと早く記憶も戻ったじゃろうに」

「そうね……」
 シャンリーは曖昧な笑顔で曖昧な生返事をするだけだ。
(記憶が戻らなかったのは、それだけじゃないわ)
 今では自らそう確信している。


 魔王軍により父が亡くなった、あの日。
 護衛部隊を一蹴した謎の巨人に、シャンリーは思い知らされた。
 この世には多少小賢しい知恵があっても、世界最高峰の権力があっても、精鋭と呼ばれる者達が命がけになっても……全く意にも介さない圧倒的な物が存在するのだと。
 生まれて初めての、一方的に蹂躙される無力感。それが無意識のうちに、心の底で記憶を取り戻す事を拒否していたのだ。
 記憶が戻れば……あの無力感をもったうえで、弱体化した帝国に帰らねばならないのだから。

(怖がっていたのよね。私自身が)


 物憂げに考え込む姉に、ヨウファは心配しながら気まずそうに訊いた。
「夫婦のふりをしておったというけど、あの男にヘンな事はされておらんな? いくら恩人といってもケイトの第一皇女にはしてはならん事があるのだからして……」

 ヨウファはシャンリーをとびきり上等な女だと思っている。
 そんな姉に、冒険者などという荒っぽい生き方をしていた男が血迷えば……なにせ身を守る術を何も持っていなかったのだから、姉には抵抗できない。されるがままだ。

 シャンリーは……くすくすとおかしそうに笑った。
 先程よりよほど生気に溢れている。
「そんな心配をしないの。ガイは……そういう点では安全な人だから、ね」


 初めて会った時の対応。村へ着くまでの態度。
 そこからだったシャンリーは「この人なら無体な事はしない」と読んだのだ。
 実際、ガイは安心な相手だった。家を得て初めての日にそれは確信に変わった。
 内心ちょっぴりドキドキしながら寝床を共にしないのかと誘ってみた時、ムキになって別々に寝たガイを見た時に。

 だからあえて、色気をちらつかせたりボディタッチをわざとらしく仕掛けたりもしていた。
 ガイの反応は予想通りだった。照れも恥ずかしさも、密かに期待している事も隠せないくせに、意地になったように本当には手を出してこない。それは綺麗な所でも潔癖な所でも青臭い所でもある。期待どおり、そういう人だった。

 そして期待通り、の事を強く意識するようになってくれた。

 己が手玉にとり、主導権を握っている……それが記憶を失った生活で安心感に繋がっていた事は確かだ。
(我ながら嫌な性格だわ。人と対等の立場では安心できないのかしら。皇帝一族という地位のせいなのか……単に性根がずるい女というだけなのか)

 ただ、いつも余裕があったかというと、そうでもない。
(ちょっと危ない時は、あったかな……)
 時おりあせらされた事もあった。
 と、いっても危なかったのは体ではないが。

 真っすぐに、大胆と言えるほどに。そこに嘘偽りはきっと無く。
 ガイがに好意をぶつけてきた時が何度かあった。

 その事は一つずつ、今でもはっきりと覚えている。
 忘れる事は、きっと、ずっと、無いだろう。
 その一つで、確かに、ガイは「この家で俺と一緒に暮らそう」と言おうとしていた筈だ。

(あんなおままごとの夫婦ごっこで、何を熱くなったりあせったりしているのかしら。お互い馬鹿よね、本当に)
 シャンリーの顔に、ごく自然に笑みが浮かんだ。

 自嘲気味の。
 ちょっぴりだけやるせない微笑が。

 記憶が戻らなかったのは、心の底で怖がっていたからだけでもないだろう。
(有ったものね。安心も、心地よさも……)
 たぶんも。


 そんな姉の心境が、カサカ村での時間を知らない妹ヨウファにはわからない。
 だからどこか陰のある笑みを理解もできない。
 だからヨウファは姉に問いかけた。
「姉上はあの男を本気で帝国の将軍に迎えるのか?」

 シャンリーははっきりと頷いた。
「ええ、本気よ。ケイト帝国が力を取り戻すために」
 その顔は先刻までと一変していた。
 はっきりとした目的意識を持ち、帝国の益を何よりも優先してできる限りの知恵をめぐらせる、皇帝一族第一皇女のものだった。
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