フェアリー・フェロウ~追い出されたフーテン野郎だが、拾い物でまぁなんとか上手くいく~

マッサン

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2章

24 人の世に外れた物 5

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 壁から生える無数の支柱を足場に、次から次へと飛び移りながら、ガイと影針えいしんは凄まじい速さで攻撃を撃ち合う。
 聖剣を手に敵を追い、魔法の籠められた珠紋石じゅもんせきで様々な属性の呪文を撃つガイ。
 鋼線を結んだ棒手裏剣を自在に操りながら、炎や毒や酸の雲――この世界の忍者が忍術として取り込んだ何種類もの魔法――を放ち逃げ回る影針えいしん
 互いに機敏で回避の技に長け、またなまなかな魔術は装備と人外の抵抗力で無効化してしまう。
 手数は多くとも、決定打はなかなか打てなかった。

「ふん……この足場で俺と五分以上とは」
 多少苛立ちながら呟く影針えいしん
 それを聞いたガイに疑問が生じる。
(このバトルフィールドが奴の切り札なのか? 確かにこの地形では、まともに戦える奴は限られるだろう。でも射程距離のある攻撃ができる奴ぐらい、この世界には……あるいは聖勇士パラディンには珍しくもない)
 放たれた毒の雲を聖剣で散らし、ガイは敵を追いながら周囲を窺う。
(この部屋にはまだ何かが隠されている。それが奴の次の手だ)

 基地に入る前にかけておいた【ディテクト・シークレット】の効果時間は長い。休憩せずに奥まで駆け抜けたガイには、隠された物の存在を報せる探知魔法の効果がまだ持続している。
 だがこの魔法は「何かが隠れている」事を警告するだけだ。どこに何が潜んでいるのか、暴き出すのは他の手段で行う必要がある。ガイの場合はそれを盗賊系技能スキルで行うわけだが……
 この激しい戦闘中にそんな事を調べている暇は無いのだ。

 だが答えはすぐにわかった。
 影針えいしんがある支柱に降りたつと、再び壁に触れたのだ。
 そこに隠されたスイッチを入れるために。

 次の瞬間……
 ガイは全方位から光の強襲を浴びた!
 この広大な部屋のあちこちに、強烈な光を放つ装置が密かに埋め込まれていたのだ。
 あまりの光量に目が眩む。ガイは白い闇の中に落とされた。

(破壊エネルギーの類じゃない。これは……陽光?)
 効かない視界の中で、肌に浴びる光を分析するガイ。

「ユーガンが乗り込んで来た時のために準備した物だが、今使わせてもらおう」
 影針えいしんが高らかに笑った。
「魔術の中には光を生む呪文がある。その上位には陽の光を作り出す物も。そしてこの世界には呪文と同じ効果を発揮する魔法道具マジックアイテムもな……そうした道具アイテムをお前はいつも使っているが、もちろんこちらとて使う事はできる」

 ガイにとって、この光は視界を奪うだけだ。
 だがこの足場で目が潰されては動く事ができない。
 そして動けない敵を影針えいしんは自由に攻撃できるのだ。この仕掛けを造った張本人が、己の視界も潰すようなヘマをするわけもない。


 だからガイは、珠紋石じゅもんせきを使った。
 スイッチを入れた影針えいしんが、次の攻撃に移る前に。
 存在を知らない罠にならば、そこまで迅速な対応はできないだろう……だがガイは「何かある」事だけは先にわかっていたのだ。その一点が明暗を分けた。


 影針えいしんは毒の雲を放った。持続する呪文の一種であり、空中に残留して敵の生命力を削り続けるスリップダメージ型の呪文である。
 だが突如巻き起こった嵐が周囲に荒れ狂った!
 それは毒の雲を吹き飛ばし、影針えいしんの体を容赦なく襲う!
 嵐に翻弄されながら、黒装束がズタズタに裂けた。皮膚が瘡蓋かさぶたのように変質し、割れて砕けて散ってゆく!
 ガイとの間には何本もの支柱が存在し、直線の攻撃を遮る障害になっていた筈だが――風の魔法であるが故に、その間をぬって気流が荒れ狂った。

【デッドリーエア】大気領域第7レベル、最高位の攻撃呪文。崩壊の風が嵐となって荒れ狂い、範囲内の物を破壊する。

(上手く……いったか?)
 光が収まるとともに、ガイの視界が回復してゆく。二つの循環器系による【ウルザルブルン】ならではの回復力で。
 己が攻撃を受けていない事から、敵に有効打を食わらせた予感はあった。スイッチのある支柱に影針えいしんの姿はない。
(ならばどこへ?)
 ガイはまず下を見た。
 だが洞窟の床にはいない。落下したわけではなさそうだ。
 ならば上か。ガイは頭上へ視線を……


 強風で吹き飛ばしたのだから、まず落ちた事を疑うのはおかしくはない。
 だが今回に限っては逆だったのだ。


 ガイの背後に何かが落ちてきた!
 それは後ろからがっちりと体をホールドしてくる。鋭利な鉤爪が肉に食い込む激痛!
 だが遥かに強烈な激痛に見舞われ、ガイは苦痛に絶叫した。派手に血飛沫があがる!
「ひ、きゃあぁあ!」
 イムが恐怖に絶叫した。

 ガイの右肩が無くなっていた。ごっそりと食いちぎられ、僅かとはいえ肩の骨が露出している!
 滝のようなおびただしい流血。それはガイの傷からも、千切れた肩の肉からも流れる。
 その肩の肉は、そのままぐしゃぐしゃと咀嚼され、呑み込まれた。

「そ、れ、が……お前の、正体か」
 息も絶え絶えに漏らすガイ。
 己を背後から抱え、肩を食いちぎった化け物へ。

 ぼろぼろになった黒装束は影針えいしんの着ていた物。手足も二本、人と同じ体形と言える。
 だがそれを「人」と思う者はおるまい。

 厚い緑の皮膚。
 いくつもの単眼が光る無毛の頭部。敵の肉を食った、左右に割れた大きな顎。そこに生えた短剣のような牙。
 敵の体を抱えるのは、胸部にある三対六本の鉤爪。まるで肋骨が悪意をもって飛び出したような……。

「獣の耳だの尻尾だのがあっても、人は忌避せず、むしろ好みさえする。だが頭部が丸ごと獣なら……哺乳類なら受け入れられても、他の種族だと敬遠されがちになる。そして俺達のような虫と人の混ざり物は、まず化け物扱いよ」
 化け物の顎から聞こえるのは間違いなく影針えいしんの声。
「所詮は容貌と己らの嗜好よな……!」
 ガイの血で染まった凶悪な大顎から吐き捨てる怒りと敵意。
「長年の修業により、俺は化け物の中でも特に強力な個体となった。その俺が俺の嗜好により……人類が忌避される地を、人類の生息域の中に作ってやる」
 己の動機さえも吐き捨てるようだった。
 ガイの体にますます鉤爪を食い込ませ、化け物は叫ぶ。

「世の中は! お互い様でなければなぁ!」

 半人半虫の化け物、獣人幼生蝿捕波尺蛾ワーハワイアンキャタピラー
 そいつはガイを食い殺そうと、再び大顎を開いた。
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