上 下
120 / 147
2章

22 ホン侯爵家 9

しおりを挟む
 数日かけてガイ達は帰って来た。
 村に着いたのは夕日が沈む前。

 村の工場に入った運搬機を、村長コエトールを始め留守を預かっていた面々が出迎える。
 女魔術師のララが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お帰りなさい! 無事でしたか姉さん」
「お互いにな。村は何事も無かったようで良かった」
 変わらぬ村の様子を眺め、話しかけられたレレンは安堵した。

 その後ろで、運搬機を降りるやタリンがのびをしつつ叫ぶ。
「うーし、溜まってるしオンナの店へイッパツ行くかあ!」
 もちろん風俗の事である。
 蔑みの目で一瞥してから、くるりと他のメンバーへ振り返り、スティーナが皆に呼びかけた。
「まぁ他の人は長旅の疲れを癒してください。では解散という事で」


――家への帰り道――


 星が瞬き始めた夕闇の下、ガイ、イム、シャンリーの三人は連れ立って歩く。
 黙って家に向かっていたが、月明かりが目に入り、ガイは隣を歩くシャンリーに話しかけた。
「ユーガンは基地にほったらかしで帰って来たけど、あれで良かったのかい?」
 前を向いて歩きながらシャンリーが訊き返す。
「処刑すれば良かった、と思う?」

 ガイの肩に座るイムが、不思議な物を見る目でシャンリーを見上げた。

 少しの間考え、ガイも前を向いて答える。
「どうだろうな……そこまでする気は、俺には無くなってた」
 それを聞いた上で、シャンリーはなおも続けた。
「彼は不満をほぼ最悪な形で帝国にぶつけたわ。巻き込まれた人、命を落とした人の存在を考えれば、死罪でも仕方が無い筈よ」
 冷たい断言だった。

 だがガイは……
「皇女の君が言うならそうなんだろうけど。俺は裁判官じゃないからなあ。無力になった敵をどうするかは、まぁ、流れ次第か」
 少しの間、シャンリーは黙った。
 やがて、いくぶんか柔らかさを取り戻した声で――
「……‥そうね。私がどうこう考える事でガイの手を汚すのも、お門違いというものね」

「俺が聞きたいのは、どっちかというと……実家を勘当されて独りぼっちになったあいつを、君が何かしら慰めてやりたい気持ちとかなかったのかな……と」
 ガイが言うと、シャンリーは微かに驚いたようだ。
「ああ、そういう事ね」
 しかしすぐに冷静さを取り戻す。
「言われるまで思いつかなかった時点で、私にとって彼は昔の知人でしかなかったという事よ」

「大人しくて真面目な人、という印象だったわ。武芸も達者ではあったけど、強いというよりは上手という感じで……あまり好きそうではなかったわね。お話しても芸能や流行なんかには疎くて、音楽も演劇も絵画も詩も通り一遍の知識があるだけという風だった」
 ガイが訊いたわけではないが。
 シャンリーは昔の事を語りだした。
「友達の多い人じゃなかったわね。悪い人じゃないのは皆が認めていたけど」
 そこまで話すと、彼女は視線を上に向けた。

 どんどん昏くなる夜空へと。

「でもね。星や月に関してはやけに詳しくてね。夜の庭で灯りから離れて熱心に空を眺めていたのを見かけて、何が見えるのか訊いてみた事があったわ。こっちは軽い挨拶程度のつもりだったのに、そこから熱心に、星座やその逸話、農業や輸送業がどう利用しているかとか、もう出るわ出るわで。これは何かの先生がやれるんじゃないかと感心するしかなかったの」
 シャンリーの顔が僅かに柔らかくなる。
「それをきっかけに、時々一緒に夜空を見るようになった。彼の知っている事を聞くだけでも面白かったけど、星座の神話や星の動きに必ず『私はこういう事なんじゃないかと思います』と彼なりの解釈や想像を付け加えるの。それが大人しい彼の内面を覗けているようで、興味深さを感じていたというか……」
 そこで――彼女は夜空から目を逸らし、俯いた。
「思えば彼は無意識に、夜ならではの世界に惹かれていたのかも」

 そこでシャンリーの声に、僅かな焦りと精一杯の茶目っ気が入る。
「若い男女が人気ひとけの無い所で一緒にいたのに、いけない事には全くならなかったわね。あの頃はお互いに子供だったのかな」

 ガイは――横目ではあったが――シャンリーを見つめた。
「やっぱ一声かけても良かったんじゃないか? 家同士の関係なんかよりは身近な友達だったように聞こえるけど」
 シャンリーは……俯いたままだ。
「私の話し方にノスタルジーが入り過ぎていたかしら。私にとって、彼はいつの間にか見なくなっていた知人。彼にとって、私は納得できない制度の象徴。結局のところ、私が皇女という事ありきの接点しかないの」


 そこまで話した時。三人は家の敷地に着いていた。
 尻尾をふるマーダードーベルマンの番犬達に手を振り、家の中へ入って台所へ向かう。


――食卓のある台所――


 一息ついてから、シャンリーが冷蔵庫――冷却の魔法が常動化された箱――を開けた。
「長旅で疲れたわね。ご飯、簡単な物で許してちょうだい」
「疲れてるなら俺が作るけど。鍋でいいよな?」
 ガイが土鍋を棚から出すと、シャンリーは小さく溜息をついた。
「……そうね。夫婦のふりも止めたし、それでもいいか」

 ガイは困って頬を掻く。
「そういうわけじゃないさ。今の俺はこう見えてタフですってだけだよ。シャンリーがどこの誰さんとか、そういう事じゃなくてさ」
 シャンリーは……そんなガイに、何と言っていいのか、言葉を探していた。

 互いにしばし沈黙する。
(上手く伝わらないな……)
 もどかしさを感じるガイ。
 それは自分が自分に感じるようになった違和感ゆえなのかとも思う。

 だが――

 二人の視界にひょいとイムが顔を出した。
 そして屈託なく満面の笑顔。
「みんなでやろう!」
 一瞬、呆気にとられたが。
 シャンリーはくすくすと笑った。
「そうね。一緒に作りましょうか」
「そうすっか」
 ガイも笑いながら、冷蔵庫から食材を取り出した。


 三人で囲む鍋は暖かい物だった。
 ありあわせの材料ではあったが、それでも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 読者様のおかげです!いつも読みに来てくださり、本当にありがとうございます! 1/17 HOT 1位 ファンタジー 12位 ありがとうございました!!! 1/16 HOT 1位 ファンタジー 15位 ありがとうございました!!! 1/15 HOT 1位 ファンタジー 21位 ありがとうございました!!! 1/14 HOT 8位 ありがとうございました! 1/13 HOT 29位 ありがとうございました! X(旧Twitter)やっています。お気軽にフォロー&声かけていただけましたら幸いです! @toytoinn 

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

万能知識チートの軍師は無血連勝してきましたが無能として解任されました

フルーツパフェ
ファンタジー
 全世界で唯一無二の覇権国家を目指すべく、極端な軍備増強を進める帝国。  その辺境第十四区士官学校に一人の少年、レムダ=ゲオルグが通うこととなった。  血塗られた一族の異名を持つゲオルグ家の末息子でありながら、武勇や魔法では頭角を現さず、代わりに軍事とは直接関係のない多種多様な産業や学問に関心を持ち、辣腕ぶりを発揮する。  その背景にはかつて、厳しい環境下での善戦を強いられた前世での体験があった。  群雄割拠の戦乱において、無能と評判のレムダは一見軍事に関係ない万能の知識と奇想天外の戦略を武器に活躍する。

どうぞ「ざまぁ」を続けてくださいな

こうやさい
ファンタジー
 わたくしは婚約者や義妹に断罪され、学園から追放を命じられました。  これが「ざまぁ」されるというものなんですのね。  義妹に冤罪着せられて殿下に皆の前で婚約破棄のうえ学園からの追放される令嬢とかいったら頑張ってる感じなんだけどなぁ。  とりあえずお兄さま頑張れ。  PCがエラーがどうこうほざいているので消えたら察してください、どのみち不定期だけど。  やっぱスマホでも更新できるようにしとかないとなぁ、と毎度の事を思うだけ思う。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

処理中です...