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2章
22 ホン侯爵家 2
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「それでは納得できません」
そう切り出したのはシャンリーだった。
「ユーガンは陽光の下でも不自由なく過ごしていたではありませんか。生まれた時から吸血鬼だという事はありえないでしょう」
彼女が侯爵を問い詰めるのを聞き、ガイにふと疑問が生じる。
(そういえば……あいつと初めてあったのは昼間の屋敷内だ。日光が遮断されている地下なんかじゃない。でもあいつは苦しんだりはしていなかった)
それに対し、侯爵は苦悩に顔を歪めながらも告げた。
「あの子は吸血鬼ではありません。吸血鬼と人、両方の特性を持つ『あいの子』なのです」
「吸血鬼と人間の中間みたいなもんか? そんなもん生まれるわけねぇだろ」
呆れるタリン。
言い分を全否定されたホン侯爵は、しかし俯いたまま頷いた。
「この世界の常識ではな。そう思い込んでいたのが愚かだったのだ」
このインタクセクシルでは、2種族が混ざりあった、ハーフやミックスと呼ばれる子は生まれない。ハーフエルフやハーフオーク等、他の世界なら存在する半々種族は自然発生しないのだ。
両親が別種族だった場合、子はそのどちらかになる。
「20年ほど前。我が領に魔物の軍が現れてな。魔法を得意とするリッチが率いる、不死の軍勢だった」
侯爵は過去を語り出した。
魔王を名乗る人類の脅威が不在の時代でも、全ての魔物が大人しくなるわけではない。
中には実力・統率力を発揮し、一つの地域を恐怖に陥れるような規模の魔物も現れる。
約20年前にホン侯爵領に現れた不死の軍勢……そやつらは手強く、被害も大きかった。
他領に助力を求めるか、異世界から聖勇士を召喚するか。若かった侯爵は臣下と協議の末、召喚を選んだ。
儀式は無事に成功……現れたのは若き女戦士だった。
だが何やら衰弱している。時空を超える事に耐えられる者が選別されるのだが、中には負傷等で弱った時に呼ばれてしまう者もいる。
侯爵達は彼女を看護した。
召喚魔法に選別されただけあって、彼女はすぐに回復した。
侯爵達は彼女に事情を説明した。
彼女は少々塞ぎ込んではいたが……すぐに協力を約束してくれた。
強い女性だった。故郷の世界では腕利きだったようだ。剣と魔法の世界から来たようで、不死の軍勢との戦いに手慣れてもいた。
彼女の故郷にはケイオス・ウォリアーのような「巨大ロボ」は無かったそうだが、すぐにそれにも慣れた。
彼女のおかげで不死の軍勢は侵攻を止められ、徐々に圧されまでした。
しかし……やや優勢に転じた直後。彼女は体調を崩して戦えなくなった。
何事かと驚き彼女の体調を調べ、侯爵達はさらに驚いた。
彼女は妊娠していたのだ。この世界に来る前から。
詳しい事を彼女は語らなかった。
己らの都合で呼び出した手前、侯爵もあまり詮索できず、とりあえず膠着した戦線を維持した。
そうして彼女には静養してもらい、出産に専念してもらう事にした。
やがて女戦士は男の子を産んだ。
産まれてすぐに、彼女はその子を陽の光に晒した。
赤子は――ちょっと眩しそうにするだけで、何の異常も起こらなかった。
それを目の当たりにした女戦士は泣き崩れた。
戸惑う侯爵達に彼女は話した。
この子の父親は吸血鬼なのだと。
産んだ事を後悔はしていないが、確かめねばならない事だったのだと。
「もしやその子が……」
呻くポリアンナに、侯爵が頷く。
「私達の息子、お前の兄だ」
時が経つうちに戦線の維持も難しくなっていた。
その事を知ると女戦士はすぐに前線へ復帰した。
侯爵は止めなかった。産後の弱った体でさえ、女戦士はホン侯爵領の誰よりも強かったからだ。
この世界の召喚魔法に選ばれた彼女は、やはり強い異界流パワーを持つ聖勇士だったのである。
そして最後の戦いで、敵の総大将と刺し違え、女戦士は死んだ。
「あの当時、まだ私達に子供はなかった。だから彼女に報いるためにも、あの子を養子にしたの」
当時を思い出し、ホン侯爵夫人が呟く。
侯爵は俯いたまま遠くを見つめた。
「小さな頃は人間と変わらなかったからな。私達は気づかなかったのだ」
子供はすぐに成長し、学んだ剣も魔術も全て身につけた。
妹が生まれると実の兄妹同様に仲睦まじくなった。
どこに出しても恥ずかしくない子だと義両親も誇らしく思い……丁度同年代の、第一皇女の婚約者候補にも名乗りをあげておいた。
「失礼ながら、それほど本気で貴女と結ばせようと思っていたわけではありません」
侯爵が告白しても、シャンリーは怒った様子もなく、静かに頷く。
「ええ。上位の貴族家なら一種の慣例のようなものですものね。皇族への友好と忠誠を示し、次期領主の顔を覚えてもらおうというための」
何度か都に上京しつつ、その子が17歳になった頃。
体が完成するとともに眠っていた力が目覚めた。それを本人も自覚した。
「この世界インタクセシルでは、異種族同士が子を為しても両親どちらかの種族で産まれる。両親の特徴を持ってはいても、種族としてはどちらかなのだ」
この世界の常識を侯爵は口にする。
「私は我々の常識を当然だと思い過ぎていた」
それは異界から召喚した者には適用されないというのに……だ。
「ダンピール、というらしい。他の世界には吸血鬼と人間の混血が、混ざりながらも独立した種として存在したのだ」
産みの母は吸血鬼では無かった事を確かめたが、その後すぐに亡くなった。
侯爵は他の世界のそんな種族の事を知らなかった。知らないが故に、可能性に思い至らなかった。
無知が罪だというなら、侯爵は罪人なのだろう。
この世界で、同じ状況で、罪を犯さない者がどれほどいるのか。それはわからないが。
そう切り出したのはシャンリーだった。
「ユーガンは陽光の下でも不自由なく過ごしていたではありませんか。生まれた時から吸血鬼だという事はありえないでしょう」
彼女が侯爵を問い詰めるのを聞き、ガイにふと疑問が生じる。
(そういえば……あいつと初めてあったのは昼間の屋敷内だ。日光が遮断されている地下なんかじゃない。でもあいつは苦しんだりはしていなかった)
それに対し、侯爵は苦悩に顔を歪めながらも告げた。
「あの子は吸血鬼ではありません。吸血鬼と人、両方の特性を持つ『あいの子』なのです」
「吸血鬼と人間の中間みたいなもんか? そんなもん生まれるわけねぇだろ」
呆れるタリン。
言い分を全否定されたホン侯爵は、しかし俯いたまま頷いた。
「この世界の常識ではな。そう思い込んでいたのが愚かだったのだ」
このインタクセクシルでは、2種族が混ざりあった、ハーフやミックスと呼ばれる子は生まれない。ハーフエルフやハーフオーク等、他の世界なら存在する半々種族は自然発生しないのだ。
両親が別種族だった場合、子はそのどちらかになる。
「20年ほど前。我が領に魔物の軍が現れてな。魔法を得意とするリッチが率いる、不死の軍勢だった」
侯爵は過去を語り出した。
魔王を名乗る人類の脅威が不在の時代でも、全ての魔物が大人しくなるわけではない。
中には実力・統率力を発揮し、一つの地域を恐怖に陥れるような規模の魔物も現れる。
約20年前にホン侯爵領に現れた不死の軍勢……そやつらは手強く、被害も大きかった。
他領に助力を求めるか、異世界から聖勇士を召喚するか。若かった侯爵は臣下と協議の末、召喚を選んだ。
儀式は無事に成功……現れたのは若き女戦士だった。
だが何やら衰弱している。時空を超える事に耐えられる者が選別されるのだが、中には負傷等で弱った時に呼ばれてしまう者もいる。
侯爵達は彼女を看護した。
召喚魔法に選別されただけあって、彼女はすぐに回復した。
侯爵達は彼女に事情を説明した。
彼女は少々塞ぎ込んではいたが……すぐに協力を約束してくれた。
強い女性だった。故郷の世界では腕利きだったようだ。剣と魔法の世界から来たようで、不死の軍勢との戦いに手慣れてもいた。
彼女の故郷にはケイオス・ウォリアーのような「巨大ロボ」は無かったそうだが、すぐにそれにも慣れた。
彼女のおかげで不死の軍勢は侵攻を止められ、徐々に圧されまでした。
しかし……やや優勢に転じた直後。彼女は体調を崩して戦えなくなった。
何事かと驚き彼女の体調を調べ、侯爵達はさらに驚いた。
彼女は妊娠していたのだ。この世界に来る前から。
詳しい事を彼女は語らなかった。
己らの都合で呼び出した手前、侯爵もあまり詮索できず、とりあえず膠着した戦線を維持した。
そうして彼女には静養してもらい、出産に専念してもらう事にした。
やがて女戦士は男の子を産んだ。
産まれてすぐに、彼女はその子を陽の光に晒した。
赤子は――ちょっと眩しそうにするだけで、何の異常も起こらなかった。
それを目の当たりにした女戦士は泣き崩れた。
戸惑う侯爵達に彼女は話した。
この子の父親は吸血鬼なのだと。
産んだ事を後悔はしていないが、確かめねばならない事だったのだと。
「もしやその子が……」
呻くポリアンナに、侯爵が頷く。
「私達の息子、お前の兄だ」
時が経つうちに戦線の維持も難しくなっていた。
その事を知ると女戦士はすぐに前線へ復帰した。
侯爵は止めなかった。産後の弱った体でさえ、女戦士はホン侯爵領の誰よりも強かったからだ。
この世界の召喚魔法に選ばれた彼女は、やはり強い異界流パワーを持つ聖勇士だったのである。
そして最後の戦いで、敵の総大将と刺し違え、女戦士は死んだ。
「あの当時、まだ私達に子供はなかった。だから彼女に報いるためにも、あの子を養子にしたの」
当時を思い出し、ホン侯爵夫人が呟く。
侯爵は俯いたまま遠くを見つめた。
「小さな頃は人間と変わらなかったからな。私達は気づかなかったのだ」
子供はすぐに成長し、学んだ剣も魔術も全て身につけた。
妹が生まれると実の兄妹同様に仲睦まじくなった。
どこに出しても恥ずかしくない子だと義両親も誇らしく思い……丁度同年代の、第一皇女の婚約者候補にも名乗りをあげておいた。
「失礼ながら、それほど本気で貴女と結ばせようと思っていたわけではありません」
侯爵が告白しても、シャンリーは怒った様子もなく、静かに頷く。
「ええ。上位の貴族家なら一種の慣例のようなものですものね。皇族への友好と忠誠を示し、次期領主の顔を覚えてもらおうというための」
何度か都に上京しつつ、その子が17歳になった頃。
体が完成するとともに眠っていた力が目覚めた。それを本人も自覚した。
「この世界インタクセシルでは、異種族同士が子を為しても両親どちらかの種族で産まれる。両親の特徴を持ってはいても、種族としてはどちらかなのだ」
この世界の常識を侯爵は口にする。
「私は我々の常識を当然だと思い過ぎていた」
それは異界から召喚した者には適用されないというのに……だ。
「ダンピール、というらしい。他の世界には吸血鬼と人間の混血が、混ざりながらも独立した種として存在したのだ」
産みの母は吸血鬼では無かった事を確かめたが、その後すぐに亡くなった。
侯爵は他の世界のそんな種族の事を知らなかった。知らないが故に、可能性に思い至らなかった。
無知が罪だというなら、侯爵は罪人なのだろう。
この世界で、同じ状況で、罪を犯さない者がどれほどいるのか。それはわからないが。
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