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2章
20 真の名 1
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――ガイの家――
集会場から帰るなり、ガイはテーブルに器材を広げた。そして魔法道具の合成を始める。どうやら液体を扱っているようだ。
イムが何かの実を抱えて運び、助手を務めている。
「何をしているの?」
ミオンが尋ねると、ガイは顔をあげて微笑を浮かべた。
「記憶喪失を回復できる薬は造れないかと考えてさ。精神系バッドステータスの高位治療薬を作成するんだ。俺は元々ポーション造りは得意じゃないから植物系の素材だけじゃ造れなくて、村の商品買ってきたりしてちょっと手を焼いているけど……」
そしてまた作業に戻る。
(記憶が、戻る……)
微かな不安をミオンは感じる。
それが何故なのかはわからないが、漠然と。
失った物が災いを呼ぶ可能性か、現状を失う事への心配なのか……。
だが本来は自分が何者なのか、判明する事を望んでいた筈だ。
ガイの作業を邪魔しないよう、ミオンはそっと離れた。
――夕方、陽が傾く頃――
「できたぜ!」
ガイが自信に満ちた声を上げる。
「!」
夕食を作り始めていたミオンだったが、その声に思わず手を止めた。
少しだけ逡巡して……ミオンはテーブルへ向かう。
ガイは薄い橙色の液体が入った薬瓶を手にしていた。
器材もそのままに、ガイは急ぎ薬を持ってミオンの前にやって来た。
薬瓶を手渡すガイ。
ミオンはそれを受け取った。
不安げな眼差しをガイへ送る。
ガイは逆に自信と期待があったので、ミオンの視線を不思議に思った。
「少なくとも体に害は無い筈だけどな……」
(そういう心配じゃないんだけどね)
しかしそれを口に出す事なく、ミオンは薬に口をつけた。
小さな瓶である。飲み干すのに時間はかからない。
空になった瓶をテーブルに置き、ミオンは額に手を添えた。
「どうだ?」
自信はあった筈だが、流石にそう訊くガイには僅かな不安もあった。
イムがドキドキしながら見守る中、ミオンは「ふう……」と小さく溜息一つ、ガイの目を見つめる。
「……よく効く薬ね」
「て事は!」
ガイの言葉に頷くミオン。
宙にいるイムの顔がぱあっと明るくなった。
だがしかし。
ミオンの顔にあるのは、暗い翳りだった。
彼女はガイを真っすぐ見つめ、重々しく口を開く。
「ガイ。ちょっと大変よ」
「そうなのか?」
「そうなのぉ?」
予想外の反応に思わず訊き返すガイとイム。
それに頷くミオンが告げるのは――
「私、あのマスターボウガスを知っているわ」
ミオンの過去かと思いきや、突然出て来た元魔王軍親衛隊の名。
ガイは一瞬、面食らう。
しかしすぐに思い至った――ミオンの存在に反応し、主目的ではないにせよ機会があれば捕えようとしていた……あの男が関係者なのはわかっていた事だ、と。
「まぁそうだろうな」
頷くガイの前で、ミオンは視線を落として考える。
「なぜ魔王軍にいたのか、今なぜケイト帝国に仇なそうとしているのかはわからない。不死怪物らしいけど、それを信じ難くも思っている」
そう言うと再び顔を上げた。
そしてガイと目を合わせる。今度はまるで覗き込むかのように。
「彼は、私の……婚約者候補の一人。ケイト帝国・ホン侯爵家の長子、ユーガン=ホン」
やはり貴族家同士の結びつきがあったのだ。
結婚当日まで互いに顔も知らないような婚姻もあるが、逆に幼い頃から会わせて顔馴染みにさせておく事もある。後者だとすれば、マスターボウガス――ユーガンという青年がミオンを知っているのも、他人の空似ではないと確信するのも当然だ。
場合によっては……己の手に取り戻そうとする事も。
それにしても、婚約者候補の一人とは。同じような相手が複数いたという事だろうか。
(とすれば、かなり大きな貴族家なのか?)
そう考えてガイの心に重圧がかかる。
しかし……
(そういう可能性だって考えていただろう?)
自分に言い聞かせて覚悟を決めた。
「ではミオン……じゃなくて、君は。どこの誰だ?」
静かに、はっきりと。
この家でミオンだった女性は告げた。
「ケイト帝国、皇帝一家の長女。シャンリー=ダー」
貴族どころではなかった。
集会場から帰るなり、ガイはテーブルに器材を広げた。そして魔法道具の合成を始める。どうやら液体を扱っているようだ。
イムが何かの実を抱えて運び、助手を務めている。
「何をしているの?」
ミオンが尋ねると、ガイは顔をあげて微笑を浮かべた。
「記憶喪失を回復できる薬は造れないかと考えてさ。精神系バッドステータスの高位治療薬を作成するんだ。俺は元々ポーション造りは得意じゃないから植物系の素材だけじゃ造れなくて、村の商品買ってきたりしてちょっと手を焼いているけど……」
そしてまた作業に戻る。
(記憶が、戻る……)
微かな不安をミオンは感じる。
それが何故なのかはわからないが、漠然と。
失った物が災いを呼ぶ可能性か、現状を失う事への心配なのか……。
だが本来は自分が何者なのか、判明する事を望んでいた筈だ。
ガイの作業を邪魔しないよう、ミオンはそっと離れた。
――夕方、陽が傾く頃――
「できたぜ!」
ガイが自信に満ちた声を上げる。
「!」
夕食を作り始めていたミオンだったが、その声に思わず手を止めた。
少しだけ逡巡して……ミオンはテーブルへ向かう。
ガイは薄い橙色の液体が入った薬瓶を手にしていた。
器材もそのままに、ガイは急ぎ薬を持ってミオンの前にやって来た。
薬瓶を手渡すガイ。
ミオンはそれを受け取った。
不安げな眼差しをガイへ送る。
ガイは逆に自信と期待があったので、ミオンの視線を不思議に思った。
「少なくとも体に害は無い筈だけどな……」
(そういう心配じゃないんだけどね)
しかしそれを口に出す事なく、ミオンは薬に口をつけた。
小さな瓶である。飲み干すのに時間はかからない。
空になった瓶をテーブルに置き、ミオンは額に手を添えた。
「どうだ?」
自信はあった筈だが、流石にそう訊くガイには僅かな不安もあった。
イムがドキドキしながら見守る中、ミオンは「ふう……」と小さく溜息一つ、ガイの目を見つめる。
「……よく効く薬ね」
「て事は!」
ガイの言葉に頷くミオン。
宙にいるイムの顔がぱあっと明るくなった。
だがしかし。
ミオンの顔にあるのは、暗い翳りだった。
彼女はガイを真っすぐ見つめ、重々しく口を開く。
「ガイ。ちょっと大変よ」
「そうなのか?」
「そうなのぉ?」
予想外の反応に思わず訊き返すガイとイム。
それに頷くミオンが告げるのは――
「私、あのマスターボウガスを知っているわ」
ミオンの過去かと思いきや、突然出て来た元魔王軍親衛隊の名。
ガイは一瞬、面食らう。
しかしすぐに思い至った――ミオンの存在に反応し、主目的ではないにせよ機会があれば捕えようとしていた……あの男が関係者なのはわかっていた事だ、と。
「まぁそうだろうな」
頷くガイの前で、ミオンは視線を落として考える。
「なぜ魔王軍にいたのか、今なぜケイト帝国に仇なそうとしているのかはわからない。不死怪物らしいけど、それを信じ難くも思っている」
そう言うと再び顔を上げた。
そしてガイと目を合わせる。今度はまるで覗き込むかのように。
「彼は、私の……婚約者候補の一人。ケイト帝国・ホン侯爵家の長子、ユーガン=ホン」
やはり貴族家同士の結びつきがあったのだ。
結婚当日まで互いに顔も知らないような婚姻もあるが、逆に幼い頃から会わせて顔馴染みにさせておく事もある。後者だとすれば、マスターボウガス――ユーガンという青年がミオンを知っているのも、他人の空似ではないと確信するのも当然だ。
場合によっては……己の手に取り戻そうとする事も。
それにしても、婚約者候補の一人とは。同じような相手が複数いたという事だろうか。
(とすれば、かなり大きな貴族家なのか?)
そう考えてガイの心に重圧がかかる。
しかし……
(そういう可能性だって考えていただろう?)
自分に言い聞かせて覚悟を決めた。
「ではミオン……じゃなくて、君は。どこの誰だ?」
静かに、はっきりと。
この家でミオンだった女性は告げた。
「ケイト帝国、皇帝一家の長女。シャンリー=ダー」
貴族どころではなかった。
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