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2章

19 新たな守護者 2

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――カサカ村近くの山中――


 夕闇の夜に月が浮かび始めた山の中。
 既に薄暗い森の中に、くぐもった断末魔が漏れる。それを漏らしたホブゴブリン兵は、剣を地面に落として2メートル近い巨体をに折って倒れた。ゴボリという不気味な音と共に、牙の生えた口から血が漏れる。
 息絶えた兵を足元に、レレンは油断なく周囲を窺った。彼女はこの山に入った直後から、山羊の角と蛇鱗の鎧をもつ戦闘形態バトルフォームに変身している。
 カサカ村が魔王軍残党に制圧され、周辺には魔物兵士が巡回するようになっている。その一人をレレンは仕留めたのだが、他の兵士に見られていたらそれも始末せねばならない。

 だが周囲は静かで何の気配も無かった。レレンは後ろへ合図する。
 数メートル後方の木陰から、ミオンとイムが顔を出した。

 足音をできるだけ立てないようにしながら、ミオンはレレンの側へ来る。
「ありがとう。貴女がいないともうここで終わっていたわ」
「私がいなければ竜神の方に行っていただけだろう」
 にこりともせずに言うレレン。
 ミオンは静かに頷く。
「そうよ。あっちにね」
 そして山を登る細い道の先へ視線を向けた。
「正しいのはこっち。そう思いながら」


――山中奥・隠し畑のそのさらに向こう――


 どんどん黒くなる空の下、既に大樹と言えそうなほどに成長したトネリコのような木。
 それを見上げてレレンは呟く。
「これが世界樹の若木か。ここにあるのを知っていたのも、ガイとミオンとイムの三人だけか」
「そうよ」
 頷きながら、ミオンもまた木を見上げていた。
 それを横目で見つつ、レレンは微かに「ぬう……」と呻く。その視線にはほんのちょっぴり、妬んでいるかのような色があった。

 しかしすぐに頭をふり、足元の紐を引っ張る。その先にあるのは――棺桶。冒険者達が仲間の遺体を運ぶ時によく使われる物だ。
 レレンはその蓋を開けた。
 中には大きな簀巻きが横たわっている。永遠の眠りについたガイだ……。

「で、ここでどうすればいい?」
 レレンが訊くと、ミオンは困って眉をしかめる。
「何か反応してくれる事を期待したんだけど……」
 木を見上げはするが。
 白む空を背に、木には何も起こる気配が無かった。

 だがしかし。
 イムがふわりと飛ぶと、木の根元を指さす。
「ここ。ここにガイを置いて」

 レレンとミオンは顔を見合わせ――すぐに動いた。
 ガイの遺体を棺から出し、簀巻きのまま木の根元に横たえる。

 だがそうするや、レレンが「!」と何かに気づいた。
「続けてくれ」
 ミオンにそう言うと、一人で麓の方へと足早に歩き去る。
(何かあったみたいね)
 それを察したミオンはレレンを黙って見送った。


――山中、隠し畑への道――


 既に暗い山道を独り降るレレン。
 だがおもむろに足を止めると、その拳に光と熱が宿る。
「そこか!」
 叫びながら一撃! 迸る炎が斜め上へと放たれ、樹上の枝を吹き飛ばした。
 弾ける炎を避け、砕ける枝から別の枝へ跳ぶ影が一つ。

「これは驚いた。マスターキメラ、今さら何をしに来たのだ」
 その影は黒装束の男――暗殺者・影針えいしんだった。

(密かに山中へ入った筈だが、この男はそれでも気づいて様子を見に来たか)
 レレンはそれを察し、大袈裟な声と身振りで相手へ拳を突き付ける。
「言わねばわからんのか。してやられたままでおめおめ引き下がれん! 大局的には完敗であろうと……影針えいしん、せめてお前の首だけはとらねば私の気が済まんのだ!」
 辺りを窺い、近くに誰の気配も無い事を探ってから――影針えいしんは微かに笑う。
「意地という奴か。一銭にもならんのに、くだらん話だ」

「黙れえ! 例え私独りでも、お前だけは……お前ぐらいなら!」
 レレンは大声をあげた。いかにもムキになっている、という風に。

 影針えいしんは別の枝へと跳ぶ。より村に近い、山を降りる方へ。
「笑わせる。ではお前独りでどうなるか、教えてやろうではないか。さあついて来い」
 そう嘲ると、本気でなら容易く追える速度で次々と枝を渡ってゆく。麓の村へと。
 今や己らの手中にある村へと。

 無論、敵の勢力下に誘われている事はレレンにもわかった。だが……
(かかってくれたか!)
 内心では喜んで、顔は怒りに歪めて。レレンは影針えいしんの後を追った。


――山中奥・世界樹の若木の根元――


「次はどうすればいいの?」
 横たえたガイの簀巻きの側で、ミオンはイムを見上げる。
「みすてるていん。ガイのお腹に置いて」
 それがイムの返事だった。

 ミオンは急いで鞄から木の実が嵌った箱を取り出す。
 竜神アショーカからの贈り物、世界樹の力をより引き出せる筈の宝飾品を。
 イムの言葉通り、それをガイの腹部がある筈の所に置くと……

 箱からするすると帯が伸びた。
 簀巻きに使っている御座が裂ける。ガイの衣服も裂ける。
 箱はガイの腹部へ密着し、帯が腰を一周した。

「この実……ベルト!?」
 驚くミオン。
「動かして」
 イムがバックル部分――木の実が嵌った箱を指さす。
 そこで動きそうな物と言えば……
「これ?」
 半信半疑だが、ミオンは小さな刃のような部品に触れた。

 ほとんど力を入れずともそれは動いた。
 さくりと、木の実へと刃が食い込む。

 若木がぼんやりと輝いた。
 光が粒子となり、まるで水のように流れ落ちてくる。
 ガイの腹部にあるバックルへと。
 宝飾品ミステルテインを通して、若木からの光がガイの中へと流れ込んだ。


 不思議な事が起こった……!


 粒子は命を失った体内を循環し、固着し、いきいきと活動を始めたのだ。
 流れて沁み込み、同質となる。
 流れが脈動し、脈動は本来の流れをも動かし始めた。

 ミステルテインが粒子となって霧散する。
 御座がめくれた――内側からのけられたのだ。

 御座をのけたガイは、既に目を覚ましていた――!
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