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1章
6 商売開始 1
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魔王軍の大規模侵攻により大打撃を受けたケイト帝国。
敵主力に首都で辛勝した事により公式には「勝利」したものの、未だ全土に魔王軍の兵が残っていた。
当然、各地では小規模な戦いが続いている。
だが今のガイにそんな事は無関係。
奇麗な妻と可愛い妖精が共に暮らす幸せな家から出もせず、冒険者時代のように危険な場所で戦う事もなく、ただ心穏やかに内職だけする日々がここしばらく続いていた。
――カサカ村、ガイの家――
テーブルに素材と道具を広げ、造り物に専念するガイ。抽出した薬液を凝固させ、外殻に閉じ込め、結晶化させる。朝起きてからずっと繰り返している作業だが‥‥
(今日中に‥‥できれば後32個‥‥)
休む暇もなかなか無い。内職自体は心穏やかだが納期と数はそうでもなかった。まぁよくある事だ。
「さすがガイ。さすがガイ。さすがはガイ」
「ガイ、さっすがぁ」
テーブルの向かいでミオンが頬杖を突きながらどこか退屈そうに言うと、テーブルの上でイムが合わせて手を叩いた。
ガイは彼女達へ目を向ける‥‥作業の手は止めずに。
「‥‥それは何のマネかな?」
「村長さんのマネ。商売が上手く行っちゃったのは本当に流石じゃないかしら」
ミオンの返事に、ガイは疲れで溜息をついた。
「褒めてくれて嬉しいけど、今同じ事を始めたら誰でもこれぐらい儲かるって事だぜ」
山で特産品の候補を集めて来たガイ達。
栽培するため畑に植え直した物もあるが、即金にするため加工する物もある。
というわけで村のあちこちで醸造や菓子類の製造がにわかに始まり、元難民や敗残兵にもやらせる仕事はできた。
商売開始から既に日も経っており、早くもいくつかは村の商品として期待できる売行きを見せている。
さて、そんな新商品の中には珠紋石もあった。造れるなら造る、そして売るというだけの物だが‥‥珠紋石作成の技能を持つのはこの村にはガイのみ。
そしてガイにとっては意外な事に、今最も売れているのがそうした珠紋石である。「カサカ村の道具屋は珠紋石の種類が豊富だ」と聞いた冒険者や近隣領主の軍部関係者がわざわざ立ち寄るほどに。
理由は簡単、魔王軍の残党がケイト帝国全土をうろついているせいだ。
正規の兵士やある程度のレベルの冒険者が減ってしまった今、「誰が使っても期待通りの威力が出る」攻撃アイテムは非常に価値が高い。
消費アイテム中心のコストのかかる戦闘など、今まではこの世界の冒険者も軍もやらなかったのだが、そう言っていられない状況なら話は別だ。
だがそうなると常に売り続ける事になる。
素材は「これを山で探してきてくれ」と頼めば、低級の物ならイムがいなくても地元民でなんとかなる。販売店の店番も。
しかし作成できるのがガイのみとなれば、連日独りで内職に励むハメになるのだ。
そんなガイにミオンが優しく声をかけた。
「実行できた事が大切なのよ。ではお嫁さんから愛のご褒美があります」
「えっ? いや、変な事なら要らないぜ!?」
思わず手を止め警戒するガイ。
酷い言い草だが、怒りもせずにミオンは「ふふっ」と微笑む。
「美味しいご飯ですけど。もう遅い時間よ?」
そう言うとお盆に食事を乗せて持ってきた。
それをテーブルに乗せるとにんまりと笑う。
「ところで‥‥変な事ってナニかなー?」
ガイは素直に手を止めた。
「‥‥疲れてたみたいだな。認めるよ、メシにするわ」
「じゃあ今日は食べたらもう寝ましょうね。ここ最近、いつも夜遅いんだから」
そう言った時には、ミオンの眼差しも声も再び優しくなっていた。
――翌日、村の道具屋――
商店が開店する前の早朝。
ガイが昨日造った珠紋石を開店前の道具屋に持って行くと、村長のコエトールが顔を見せていた。
「おおガイ殿! 昨日、川向うのヤラレール市からの商人が大量買いしてくれたので在庫が全部はけましたぞ」
「またそこか!? 二日前も来たよな」
驚くガイに、村長は首を横に振る。
「いいえ、二日前は川向う南西のヤレラタワ男爵領からの使者です」
魔王軍に苦戦している地域は多いのだ。
少々不穏な世間話をしていると、店番担当のタゴサックもやって来た。
「流石はガイ殿! おかげで難民と捕虜達の生活もギリなんとかなりそうですぞ」
「ギリ、か‥‥人の口って金かかるんだな」
今後の労働時間を考えて肩を落とすガイ。
そんな彼に村長が告げる。
「ところで‥‥外回りの連中がそろそろ明日辺り帰る頃です」
「売れてりゃいいけどな。俺はまた夜更かしになるけど‥‥」
ガイにしてみれば溜息も出る。
そんな彼に村長が恐々と訊いてきた。
「この機会にお聞きしますが。ガイ殿の取り分に関してはまだ何もお話ししておりませんな?」
「?」
ガイが首を傾げる。
そんな彼に村長が恐々と訊いた。
「貴方に支払う報酬ですよ。まさかタダ働きしていただけるわけではありますまい」
数秒後、ガイはハッと気づいた。
「‥‥あ」
「え?」
村長は察した。
ガイが己の取り分を全く考えていなかった事を。
「‥‥奥様に半殺しにされますぞ?」
「されねぇとは思うけど‥‥とりあえず明日見積もってくる」
頭を抱えて村長にそう告げるガイ。
まぁ誰しも疲れると頭が回らない物なのだ。
――その夜、ガイの家――
「俺も元メンバーの事をとやかく言える頭してなかったみたいだな‥‥」
肩を落としながら、ガイはミオンに朝の事を話した。
そんな彼をミオンは腕組みして威圧的に見下ろす。
「これはオシオキが必要かな?」
「面目ねぇ」
詫びるガイ。
というのも、今の生活費はだいたいミオンが出しているのだ。遭難現場で拾った宝石袋の中身を少しずつ崩しながら。
まぁ護衛にかかる費用を依頼主から支給して貰っている、と解釈すれば別に恥ずべき事でもない。
ないが‥‥表向きの夫婦設定のせいで、ガイは無意識に自分が稼いで養うべきだと考えてしまっているようだ。
それに気づいているのかどうか、ミオンはガイの手をとった。
「じゃあ私の言う事をきいてね。ほら、こっち」
そう言って引っ張っていくのは‥‥ミオンのベッド。
設定は夫婦でも|(ガイの提案で)寝室は別々である。大きな一部屋しかない小さな家の中、衝立を立ててベッドしかおけない部屋を無理矢理二つ捻出していた。
ミオンはベッドに腰掛けてガイを誘った。
「!?」
「ほらほら」
目を白黒させるガイの手をミオンが牽く。
首をぶんぶん横に振るガイ。
「いや、罰っていうのは、俺に辛い事であるべきなわけで‥‥」
「ふーん。ふーん」
悪戯っぽく微笑みながら、ミオンはベッドに横たわった。
うつ伏せに。
「今回のオキオシは、私の背中のツボのマッサージなんだけど?」
「え? ああ、そういう事」
ミオンに言われてやっとガイは理解した。
くすくすと可笑しそうに笑うミオン。
「どういう事だと思ったのかなー?」
「や、やるよ! やればいいんだろ」
ガイは慌ててミオンの背中に指をあてた。
ミオンに指示されるまま、背中の筋肉を親指で押すガイ。
確かに、強張っている箇所があちこちにあるようだ。
「やっぱり家事をやり慣れてないのね、私。だいぶできるようになったけど、料理でも掃除でもやって初めてわかる事が多いの」
それをミオンは不甲斐なく思っているようだ。
だが本当に貴族令嬢だったなら当然でもある。
「仕方ねぇさ。いつもありがとう」
「ガイもね。お疲れ様‥‥」
労わり合う二人。
こりをほぐされる感触が心地良い。少しの痛さが混じる気持ち良さに、ミオンは自然と小さなうめき声が出る。
「あ、は‥‥うん‥‥うっ」
邪念を押し殺そうとするガイ。
しかし職の技能のため器用に鍛えた指先は、ミオンの体のしなやかでなめらかで柔らかい感触を正確に告げてくる。
腰辺りを押す時には、視界に当然その下の部位も入る。丸く女性らしく、張りのある膨らみに満ちた部位も。
頑張って邪念を押し殺そうとするガイ。
「ガイは‥‥固くなってない?」
「ななな、なってないと思いますよ!」
ミオンに訊かれた時に多少慌てたとしてもそれは仕方ない事だ。
そもそもどこが固く大きくなるというのか。
そんなガイにかけられたミオンの声は優しかった。
「そう? 次は私がマッサージしてあげようかなって、思ったんだけど」
「ごめんなさい」
ガイは詫びた。
誠心誠意、彼女の疲労回復に勤めようと思った。
「?」
ミオンには伝わっていない事もあったが、思いやりと奉仕は美しい物なのだ。
敵主力に首都で辛勝した事により公式には「勝利」したものの、未だ全土に魔王軍の兵が残っていた。
当然、各地では小規模な戦いが続いている。
だが今のガイにそんな事は無関係。
奇麗な妻と可愛い妖精が共に暮らす幸せな家から出もせず、冒険者時代のように危険な場所で戦う事もなく、ただ心穏やかに内職だけする日々がここしばらく続いていた。
――カサカ村、ガイの家――
テーブルに素材と道具を広げ、造り物に専念するガイ。抽出した薬液を凝固させ、外殻に閉じ込め、結晶化させる。朝起きてからずっと繰り返している作業だが‥‥
(今日中に‥‥できれば後32個‥‥)
休む暇もなかなか無い。内職自体は心穏やかだが納期と数はそうでもなかった。まぁよくある事だ。
「さすがガイ。さすがガイ。さすがはガイ」
「ガイ、さっすがぁ」
テーブルの向かいでミオンが頬杖を突きながらどこか退屈そうに言うと、テーブルの上でイムが合わせて手を叩いた。
ガイは彼女達へ目を向ける‥‥作業の手は止めずに。
「‥‥それは何のマネかな?」
「村長さんのマネ。商売が上手く行っちゃったのは本当に流石じゃないかしら」
ミオンの返事に、ガイは疲れで溜息をついた。
「褒めてくれて嬉しいけど、今同じ事を始めたら誰でもこれぐらい儲かるって事だぜ」
山で特産品の候補を集めて来たガイ達。
栽培するため畑に植え直した物もあるが、即金にするため加工する物もある。
というわけで村のあちこちで醸造や菓子類の製造がにわかに始まり、元難民や敗残兵にもやらせる仕事はできた。
商売開始から既に日も経っており、早くもいくつかは村の商品として期待できる売行きを見せている。
さて、そんな新商品の中には珠紋石もあった。造れるなら造る、そして売るというだけの物だが‥‥珠紋石作成の技能を持つのはこの村にはガイのみ。
そしてガイにとっては意外な事に、今最も売れているのがそうした珠紋石である。「カサカ村の道具屋は珠紋石の種類が豊富だ」と聞いた冒険者や近隣領主の軍部関係者がわざわざ立ち寄るほどに。
理由は簡単、魔王軍の残党がケイト帝国全土をうろついているせいだ。
正規の兵士やある程度のレベルの冒険者が減ってしまった今、「誰が使っても期待通りの威力が出る」攻撃アイテムは非常に価値が高い。
消費アイテム中心のコストのかかる戦闘など、今まではこの世界の冒険者も軍もやらなかったのだが、そう言っていられない状況なら話は別だ。
だがそうなると常に売り続ける事になる。
素材は「これを山で探してきてくれ」と頼めば、低級の物ならイムがいなくても地元民でなんとかなる。販売店の店番も。
しかし作成できるのがガイのみとなれば、連日独りで内職に励むハメになるのだ。
そんなガイにミオンが優しく声をかけた。
「実行できた事が大切なのよ。ではお嫁さんから愛のご褒美があります」
「えっ? いや、変な事なら要らないぜ!?」
思わず手を止め警戒するガイ。
酷い言い草だが、怒りもせずにミオンは「ふふっ」と微笑む。
「美味しいご飯ですけど。もう遅い時間よ?」
そう言うとお盆に食事を乗せて持ってきた。
それをテーブルに乗せるとにんまりと笑う。
「ところで‥‥変な事ってナニかなー?」
ガイは素直に手を止めた。
「‥‥疲れてたみたいだな。認めるよ、メシにするわ」
「じゃあ今日は食べたらもう寝ましょうね。ここ最近、いつも夜遅いんだから」
そう言った時には、ミオンの眼差しも声も再び優しくなっていた。
――翌日、村の道具屋――
商店が開店する前の早朝。
ガイが昨日造った珠紋石を開店前の道具屋に持って行くと、村長のコエトールが顔を見せていた。
「おおガイ殿! 昨日、川向うのヤラレール市からの商人が大量買いしてくれたので在庫が全部はけましたぞ」
「またそこか!? 二日前も来たよな」
驚くガイに、村長は首を横に振る。
「いいえ、二日前は川向う南西のヤレラタワ男爵領からの使者です」
魔王軍に苦戦している地域は多いのだ。
少々不穏な世間話をしていると、店番担当のタゴサックもやって来た。
「流石はガイ殿! おかげで難民と捕虜達の生活もギリなんとかなりそうですぞ」
「ギリ、か‥‥人の口って金かかるんだな」
今後の労働時間を考えて肩を落とすガイ。
そんな彼に村長が告げる。
「ところで‥‥外回りの連中がそろそろ明日辺り帰る頃です」
「売れてりゃいいけどな。俺はまた夜更かしになるけど‥‥」
ガイにしてみれば溜息も出る。
そんな彼に村長が恐々と訊いてきた。
「この機会にお聞きしますが。ガイ殿の取り分に関してはまだ何もお話ししておりませんな?」
「?」
ガイが首を傾げる。
そんな彼に村長が恐々と訊いた。
「貴方に支払う報酬ですよ。まさかタダ働きしていただけるわけではありますまい」
数秒後、ガイはハッと気づいた。
「‥‥あ」
「え?」
村長は察した。
ガイが己の取り分を全く考えていなかった事を。
「‥‥奥様に半殺しにされますぞ?」
「されねぇとは思うけど‥‥とりあえず明日見積もってくる」
頭を抱えて村長にそう告げるガイ。
まぁ誰しも疲れると頭が回らない物なのだ。
――その夜、ガイの家――
「俺も元メンバーの事をとやかく言える頭してなかったみたいだな‥‥」
肩を落としながら、ガイはミオンに朝の事を話した。
そんな彼をミオンは腕組みして威圧的に見下ろす。
「これはオシオキが必要かな?」
「面目ねぇ」
詫びるガイ。
というのも、今の生活費はだいたいミオンが出しているのだ。遭難現場で拾った宝石袋の中身を少しずつ崩しながら。
まぁ護衛にかかる費用を依頼主から支給して貰っている、と解釈すれば別に恥ずべき事でもない。
ないが‥‥表向きの夫婦設定のせいで、ガイは無意識に自分が稼いで養うべきだと考えてしまっているようだ。
それに気づいているのかどうか、ミオンはガイの手をとった。
「じゃあ私の言う事をきいてね。ほら、こっち」
そう言って引っ張っていくのは‥‥ミオンのベッド。
設定は夫婦でも|(ガイの提案で)寝室は別々である。大きな一部屋しかない小さな家の中、衝立を立ててベッドしかおけない部屋を無理矢理二つ捻出していた。
ミオンはベッドに腰掛けてガイを誘った。
「!?」
「ほらほら」
目を白黒させるガイの手をミオンが牽く。
首をぶんぶん横に振るガイ。
「いや、罰っていうのは、俺に辛い事であるべきなわけで‥‥」
「ふーん。ふーん」
悪戯っぽく微笑みながら、ミオンはベッドに横たわった。
うつ伏せに。
「今回のオキオシは、私の背中のツボのマッサージなんだけど?」
「え? ああ、そういう事」
ミオンに言われてやっとガイは理解した。
くすくすと可笑しそうに笑うミオン。
「どういう事だと思ったのかなー?」
「や、やるよ! やればいいんだろ」
ガイは慌ててミオンの背中に指をあてた。
ミオンに指示されるまま、背中の筋肉を親指で押すガイ。
確かに、強張っている箇所があちこちにあるようだ。
「やっぱり家事をやり慣れてないのね、私。だいぶできるようになったけど、料理でも掃除でもやって初めてわかる事が多いの」
それをミオンは不甲斐なく思っているようだ。
だが本当に貴族令嬢だったなら当然でもある。
「仕方ねぇさ。いつもありがとう」
「ガイもね。お疲れ様‥‥」
労わり合う二人。
こりをほぐされる感触が心地良い。少しの痛さが混じる気持ち良さに、ミオンは自然と小さなうめき声が出る。
「あ、は‥‥うん‥‥うっ」
邪念を押し殺そうとするガイ。
しかし職の技能のため器用に鍛えた指先は、ミオンの体のしなやかでなめらかで柔らかい感触を正確に告げてくる。
腰辺りを押す時には、視界に当然その下の部位も入る。丸く女性らしく、張りのある膨らみに満ちた部位も。
頑張って邪念を押し殺そうとするガイ。
「ガイは‥‥固くなってない?」
「ななな、なってないと思いますよ!」
ミオンに訊かれた時に多少慌てたとしてもそれは仕方ない事だ。
そもそもどこが固く大きくなるというのか。
そんなガイにかけられたミオンの声は優しかった。
「そう? 次は私がマッサージしてあげようかなって、思ったんだけど」
「ごめんなさい」
ガイは詫びた。
誠心誠意、彼女の疲労回復に勤めようと思った。
「?」
ミオンには伝わっていない事もあったが、思いやりと奉仕は美しい物なのだ。
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