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 朝。
 ジンが目を覚ますと、驚いて自分を見つめているヴァルキュリナと目が合った。
「おはようさん」
「あ……おはよう」
 そう応えたものの、ヴァルキュリナは戸惑って辺りを見渡す。

 ここはジン達があてがわれた部屋。
 左右の壁に二段ベッドが設置され、片方の上段には毛布に包まれたゴブオ、その下段に目を開けたまま鼻提灯を膨らましているダインスケイン。
 反対側のベッドの上段にすやすやと寝息を立てるナイナイ。その下段に下着だけで布団を被って寝ていたのがヴァルキュリナだ。
「なぁ、ジン。その……なぜ貴方が床で?」
 ジンは毛布にくるまり、床に転がっていた。胸元にはリリマナが潜り込み、毛布とジンの服に包まれるようにして眠っている。
「俺のベッドにあんたが寝てたからだが。まぁ仲良く寝てろとは言ったが、俺の考えた意味とはちょっとだけ違ったな……」
「ゲッゲー」
 いつの間に起きていたのか、ダインスケンが鼻提灯を引っ込め首をジンの方に回して応える。

 部屋に戻った時、皆をベッドに押し込んで消灯したのがダインスケンである。
 ジンの言った通り、皆で仲良く寝るためだ。
 素直な事は薄汚れた文明人の中で貴重な美徳なのだ。


 朝食を終えてから、クルーの大半がブリッジに集まる。
 彼らを前にヴァルキュリナが呼びかけた。
「皆、集まったようだな。これより今後のため会議を始める。まず目的だが、この艦は首都を目指す。そこで王宮に黄金級機ゴールドクラス設計図を納める」
 改めて宣言するヴァルキュリナ。
 しかしわかりきっていた筈のその言葉に、動揺ゆえのざわめきが少なからず起こった。
 それにジンは違和感を覚えたが、ヴァルキュリナは言葉を続ける。
「もちろん、魔王軍は追撃をやめないだろう。基地が消滅して設計図が失われたと思い込んでくれれば別だが……そうでない事を我々は想定しなくてはならない。そのための戦力強化についてジンから提案があるとの事だ」

 そこで手をあげ、発言するクルーがいた。
 まだ若い青年乗員が、やや遠慮がちながらも言う。
「あの、強化もいいんですが……クルーには成り行きで仕方なく乗艦している者も少なくありません。軍の正式な許可も貰わないで重要な任務につくというのも、ちょっと」
 その隣にいた女性乗員が訴える。
「最寄りの基地へ行きませんか? 人員を正当な手続きで決めてもらった方がいいと思います。ケイオス・ウォリアーに乗れるのも、そこの雇われ部外者しかいませんし……」

 無論ジン達の事だ。
 新鋭艦を入手できた所までは運が良かったのだが、ケイオス・ウォリアーに乗れる兵士は不運な事に他にはいないのである。
 戦える者は基地を守るために出撃し、基地と運命を共にしてしまったのだ。

 彼らの意見を聞きはしたが、ヴァルキュリナは言った。
「その意見は参考にさせてもらう。だがどこへ向かうにしても敵と遭遇する可能性はある。だから戦闘の準備は必要だ」
「そんな! 正規の騎士が一人もいないままなんて無茶です!」
 クルーの一人が腹を立てて抗議する。

 フン、とジンは鼻を鳴らした。
「ああ、無茶だ。だが泣きをいれれば敵は来ないでいてくれるのか。そんな弱い甘えは捨てて埋めろ」
 その言葉に別のクルーが反感を剥き出しにする。
「どうして正規の軍人でもないあんたがそんな口を利くんだ!」
 それに対し、ジンは――

「なら部屋に引き籠ってろ。次に文句を抜かした奴は顎を割って黙らせる。いいな、ヴァルキュリナ」
 そう言って、異形の右拳を腰溜めに握りしめた。
 ギリギリ……とでも形容すべき、革を締め付けるかのような音が低く響く。
 その険しい目は、昨日までのジンとは明らかに違った。断固とした口調に相応しい、煮えた激情が奥底に流れる固い意志が窺える物だ。

「わかった」
 静まり返ったブリッジにヴァルキュリナの声が通る。
 その言葉が無くとも、決意の差を越えて盾突く度胸があるクルーなど一人もいなかったが。

 ジンは説明を始めた。
「予定では白銀級機シルバークラスのSランスナイトを修理して使う事にしていたらしいが、あれは俺達の三機を強化する資材にしてもらう」
貴光選隊きこうせんたいの隊長機を!? 量産機の部品にするなんて……」
 思わず叫ぶ兵士が一人。彼にとってはあり得ない事だったのだろう、先ほどのジンの警告があったにも関わらず、その言葉が出てしまった……言ってから慌てて手で口を塞いだが。
 そこへクロカが口を挟む。
「するんだってさ。わざわざ夜中にそれを言いに来るなんてなー」
 肩を竦め、視線をジンへと向けた。
「言っておくけど、Sランスナイトのパワーが33%ずつ貰えるなんて思うなよ? 効率的にはもっと落ちるからな?」
 しかし言われたジンは断固とした口調で返す。
「だが一機だけ突出させても俺達には合わないからな。現状、俺達が使うという前提ありきで、それに最も合った形にしてもらいたいからよ。ついでに今まで倒した敵白銀級機シルバークラスのパーツも、流用できる物が残っていたら使ってくれ」
「はいはい。了解~。できるよ、できますともさ!」
 諦めて、ふざけたようなヤケになったかのような返事をするクロカ。
 まぁ両方なのだろうが。

 実際、別の機体への部品や材料の流用は難しくはないのだ。
 構造だけなら、ほぼ全てのケイオス・ウォリアーは同じなのである。また各パーツの接続部も共通の規格で作られている。
 ただ実際にパーツや武装が稼働するかどうかは、人工頭脳ーー基本動作プログラムや各種適応値との相性があるので、無制限というわけにはいかない。共有できる物と個別の専用装備に分かれるのだ。
 だが……

「せっかくの白銀級機シルバークラスがジャンクパーツ扱いだよ。こいつらの誰かが乗るだろうと思って回収させたのに……」
 愚痴るクロカ。
 この世界の住人にとって、白銀級機シルバークラスはただの武具ではない。名のある名刀、武家に伝わる甲冑のような物だ。
 それらを扱う鍛冶屋にあたるのが、開発・整備する技術者達である。だからそれら職にはこの時代になってもドワーフ族が多い。

 つまりジンの指示は、欠けた名刀を修理せずヘシ折り、無銘の刀を補強する材料にしろというのに近い。
 この世界の職人には嫌がられて当然なのだが、文化に則した感情なので、ジンにはいまいち理解できないのだ。

 肩を落とすクロカを他所に、ジンはさらに話を続ける。
「戦力の増強というより確認なんだが、ヴァルキュリナの今のステータスも見せてくれ。クロカ、あんたもだ」
「私も!? なんか私に要求多くね?」
 驚くクロカ。
 だがジンはさらりと言う。
「艦長の許可は得ている」

「え? そうだったか……?」
 戸惑うヴァルキュリナ。
 はっきりと頷くジン。
「昨日、好きにしろと自分で言ったろうが。なら俺の求める言葉を頼めば言ってくれる筈だな。結果が確定してるから過程を一部飛ばしたからよ」
「そこ飛ばすなよ!」
 クロカが怒鳴った。


ヴァルキュリナ レベル17
格闘175 射撃163 技量192 防御151 回避96 命中111 SP94
ケイオス2 指揮官2 援護防御2
【プロテクション】【ブレス】

【プロテクション】短時間の間、被ダメージを75%軽減する。
【ブレス】味方一機に有効。次に倒した敵からの獲得資金が200%になる。

クロカ レベル17
【アナライズ】【フォーサイト】【ヒット】

【アナライズ】敵1機に有効。短時間の間、被ダメージが110%、与ダメージが90%になる。
【フォーサイト】味方一機に有効。一度だけ敵の攻撃を確実に回避する。
【ヒット】次の攻撃を確実に命中させる。

「なるほど。思った通りだ」
 宙に投影された二人のステータスを見て考えるジン。
「二人の能力を知ってたの?」
 不思議そうに訊くナイナイ。
 ジンはかぶりをふった。
「そうじゃねぇ。俺の知らない能力を持っていたんだな、という事だ」
 言ってため息を一つ。
「能力で劣る奴らが、味方の手札もよく知らない……じゃ、まぁ負け戦は当然だ。やっぱ俺らは必死さが足りてなかったんだな。心のどこかで他人事だと思ってたのかもしれねぇ」
「言っちゃなんだけど、あんたら聖騎士パラディンは元々他所者だからな。帰る手段さえあればさっさと帰る奴だって多いだろ」
 クロカのその言葉に、ジンは頷いた。

「その通りだ。だからここからは意識を変える。これは俺が買った戦いだ。勝つためにできる事は全部するからよ」
 そう言って視線をクロカへと落とした。
「次の戦闘からは、お前さんもブリッジにいてくれ。副官だか参謀だか、建前は何でもいい」
「おいィ!? その流れで何で私への要求になるよ!?」
 仰天して叫ぶクロカ。

 ヴァルキュリナも首を傾げる。
「ジン? クロカは整備班の人間で、戦闘は専門外なんだが……」
「ああ。だから指揮は今まで通りヴァルキュリナがとる。ただメカニックの観点からアドバイスできる事も見抜ける事もあるだろ。そこら辺は現場で判断して――スピリットコマンドを活かしてくれ」
 うーん、と悩んで眉を顰めるヴァルキュリナ。
「言いたい事はわかるが……ちょっと変則的だな。私に上手くやれるだろうか」
「そこは頑張ってくれとしか言いようがない。俺の求める事はやってくれる筈だな?」
「お前、いくつ要求すんだよ!」
 憤慨するクロカ。真面目な顔でそれにいけしゃあしゃあと応えるジン。
「このミッションを突破するまで――王都に黄金級機ゴールドクラス設計図を届けるまで、いくつでもだ。勝つためにできる事は全部するとさっき言ったからよ」
「お前がするんじゃないのかよ!」
 クロカの目が吊り上がった。
 だがジンはキリリと表情を引き締める。
「要求するのも俺のアクションのうちという解釈だ。ブリッジのピクシーになってくれ、クロカ」
「酷い屁理屈聞いたぞ! 帰投した機体の修理補給はどうすんだ?」
 青筋を立てるクロカに、ジンは真顔を崩さない。
「お前さんが合流するまでも問題なくやっていた。この艦の修理班が著しくレベルダウンでもしていない限り、問題ない筈だ」
 いよいよクロカは頭を掻き毟った。
「戦闘中の修理に私は要らないってか! クソ!」 
「そうだな。その気持ちはわかる。だが今はいいんだ。重要な事じゃないからよ」
 二人の認識の差がここまでとは誰も思わなかった……!

 クロカが引付を起こしかけて仰け反り、ヴァルキュリナがそれを支えて「しっかりして!」と励ますのを尻目に、ジンはナイナイとダインスケンに呼び掛ける。
「そして俺達の方だ。こちらは新たなコンビネーションを編み出す。構想自体はもうある。ナイナイ、ダインスケン。今からでも特訓に入りたいんだが」
「ジンがしたいなら、僕はいいよ」
「ゲッゲー」
 二人に異論があろうはずも無かった。
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