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5 不穏 2

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 壁越しに響く爆発音。頻繁に機体を揺さぶる振動。
 格納庫で待機していても、安心して寝ていられるわけではない。この状況で外を気にしないでいられる神経があるわけもなく、ジンはモニターに戦闘MAPを映してはいた。

 敵軍が一方向から押し寄せている。かなり後方にいるのが敵の隊長機か。見覚えのあるアイコンである。
(Sフェザーコカトリス……マスターウインド! いよいよ奴との戦いか?)
 今まで何度か出会ってはいるものの、本格的に戦った事はまだ無い。

 一方、貴光選隊きこうせんたいはよく戦っているようだった。先陣をきるSランスナイトは魔王軍の量産機を次々と撃破していく。
 ジンはそのアイコンにカーソルを合わせた。

ケイド=クイン レベル14
Sランスナイト
HP:6000/6000 EN:200/200 装甲:1700 運動:110 照準:150
射 シールドビーム 攻撃3000 射程1―6
格 ナイトソード  攻撃3500 射程P1
格 ランスチャージ 攻撃4500 射程P1―2

「おいおい……敵の白銀級機とHPが一万ぐらい違うんだがよ?」
 顔をしかめるジン。肩でリリマナが言う。
「スピリットコマンドに制限をかけて機体性能を上げる事もできるし……あと魔王軍の技術なのかなァ」
「かなって……大丈夫かこれ」
 不安になったジンは操縦者のステータスも確認する。

ケイド=クイン レベル14
格闘168 射撃161 技量191 防御136 回避101 命中110 SP66
ケイオス2 指揮官2 気力限界突破2

「ケイドはスイデン国最強なんだよな?」
「たぶん。本当に一番かどうか知らないけど、有力な候補だよ」
 ジンの問いにリリマナはそう答える。

 戦闘MAPではケイド機が敵の量産機を倒し、徐々に敵隊長機へと迫っていた。
 無論、部下の騎士達もその後に続く。

 一見好調子だが、ジンの懸念は消えない。
 以前見た敵親衛隊のステータスを思い出しながら――
「なあ、魔王軍の親衛隊どもの方が強くないか?」
「かもしれない。魔王軍はどの国よりも大きくて強いし、親衛隊はそれの上から三番目だから」
 リリマナの返事はますます不安を大きくさせる物だった。
 ジンは自分の現在ステータスを表示させる。

ジン レベル12
格闘168 射撃163 技量192 防御144 回避92 命中104 SP84
ケイオス3 底力7 援護攻撃1 援護防御1
スピリットコマンド 【スカウト】【ウィークン】

(俺達一人一人は敵の親衛隊より能力値では劣る。その俺とケイドはだいたい同ランクのステータスか。て事は……)
 ついにケイド機が量産機の群れを突破した。敵隊長機まで阻むものは無い。
 隊長機同士の激突である。
(……ヤバくねぇか?)

『スイデン国貴光選隊きこうせんたい隊長、ケイド=クイン! Sランスナイトが貴様を成敗する!』
 高らかに名乗りをあげ、敵へ機体を走らせるケイド。
『ほう、ご丁寧な事だ。魔王軍空戦大隊・親衛隊が一人、マスターウインド。Sフェザーコカトリスがお相手しよう』
 敵も名乗りをあげた。その口調にはどこか揶揄するような響きもあったが。
(しかしこの声、どこかで……)
 ジンには聞き覚えがあった。

 ケイドの部下達は、敵の量産機達を食い止めていた。隊長機の一騎打ちを邪魔させまいと。
 彼らは隊長の勝利を疑っていなかったからだが――

 Sランスナイトが必殺の槍で突きかかった。単機の攻撃力としては、ジンの見てきた中で最強の武器である。
 当たれば流れは一気にケイドが掴むだろう。

 だが――その一撃は、天へ飛び立ったSフェザーコカトリスを捉えられなかった。
『お前の動きは大体見切ったのでな』
 マスターウインドのその声と共に、フェザーコカトリスの羽根が無数に天を舞い、吹雪のように吹き荒れ、竜巻となってランスナイトを襲った!
『こ、これは!?』
 驚愕するケイド。ナイトの白銀に輝く装甲が、灰色にくすんで亀裂が走り、砕けてゆく! まるで風化した石のように。

 ジンは見た。モニターに表示されるダメージ……4500以上!

 一撃で半壊に追い込まれたSランスナイト。
 ジンと大差無い操縦者の乗る高性能機が追い込まれた惨状。ジンは急いで敵のステータス、その武器の性能をモニターへ映した。

マスターウインド レベル20
Sフェザーコカトリス
HP:15000/15000 EN:200/200 装甲:1700 運動:120 照準:155
格 ヘブンズソード    攻撃3200 射程P1―3
射 ブレイドフェザー   攻撃3700 射程2-7
射 ペトリフィケーション 攻撃4200 射程P1-6 機体能力全低下2

マスターウインド レベル20
格闘186 射撃186 技量210 防御156 回避129 命中129 SP100
ケイオス4 見切り3 闘争心3 戦意高揚2

※見切り3LV:気力130以上で命中・回避・クリティカル率+15%
※闘争心3LV:戦闘開始時の気力+10
※戦意高揚2 :一定時間ごとに気力+2

(こ、こいつ! 能力の高さもあるが……気力発動するスキルと気力を補正するスキルを組み合わせてやがる!)
 それが昔遊んでいたゲームでは育成の常套手段の一つだった事をジンは思い出す。
 そして敵の武器性能は――

射 ペトリフィケーション 攻撃4200 射程P1-6 
気力110 消費EN20 条件:ケイオス2
特殊効果:機体能力全低下2

※機体能力全低下2 命中時、敵機の攻撃力・装甲-500、照準値・運動性-20

(なんちゅうクソ技! 全ステ低下とかスジが通らねぇ!)
 ジンの見る限り、ランスナイトに勝ち目はもう無かった。もう一撃食らえば終わるというのに、機体の各部が石と化し、満足に動けないのだ。
『いかん! ジン、出撃してくれ』
 ブリッジからヴァルキュリナの声が飛んだ。
 無論、ジンもそうしようとはしたが、その時、マスターウインドの声が通信機から聞こえた。

『スイデン最強の騎士でもこの程度か。あの艦には我らを手こずらせた聖勇士パラディン達がいるだろう? 彼らに助力を頼むがいい……いや、いっそ交代してもらえ。足を引っ張ってはそれこそ騎士の名折れだ』
 それを聞いてナイナイが声をあげる。
『思い出した! コウキの町で僕らと戦った人だ!』
 それを聞いてジンもようやく思い出した。
 クロカと合流した町で、暗殺者をけしかけ、本人の格闘術で自分達三人を圧していた男の事を。

(あいつがマスターウインドだったのか……!)
 運が悪ければ殺されていた、その事実を恐怖とともに思い出す。
 それはナイナイも同じだったようだ。
『ダメだよ、あの人じゃ、騎士さん達だけじゃ無理だよ……』

 だがその言葉は言うべきではなかった。
 敵からの嘲りとあわせ、ケイドを完全に怒らせたのだ。
『うるさい! 魔物ども、我らの足を引っ張りに来るな!』
 怒鳴り声とともに、ナイトが再び槍を構えた。
 今度こそはと渾身の突きを繰り出す!

 だが万全の状態で外れた攻撃に頼るのは絶望的だった。
 その一撃は前以上に容易くコカトリスに避けられる。
 万が一当たっていても……低下させられた攻撃力で逆転できるわけも無かったが。

 避けたコカトリスが再び上空から羽の竜巻を浴びせる。より鈍く、より脆くなっていた銀のナイトは、半身を灰色の石と化して……己の装甲だった瓦礫の山に沈んだ。
『バカな……同じ白銀級機で……』
 呆然と呟くケイド。
『同じではなかったという事だ。機体も、操縦者も』
 マスターウインドのその言葉は、格下を見下す冷たい断言だった。

 格納庫のハッチがようやく開いた。
「急げ! こちらジン、出るぞ!」
 通信機にそう叫び、まだ全開していないハッチを潜って外へ飛び出す。
 だが敵軍はCパンゴリンの周囲にもいた。貴光選隊きこうせんたいが大将首狙いで突撃したため、倒されず残った敵機が少しいる。
 当然、ジン機とは戦いになった。
「ああん、こいつら邪魔だよォ!」
 焦れて叫ぶリリマナ。纏わりつく敵機に応戦するジン。
 そこへBクローリザードが飛び出し、敵機を爪で両断する。
『急ごう! 残った敵も騎士さん達と戦って弱ってる奴が多いよ。これならなんとか……』
 同じく飛び出したBバイブグンザリから、ナイナイが通信を飛ばした。

 しかし無情……ジン達が救出する前に、残る貴光選隊きこうせんたいの機体も次々と撃墜された。慈悲なく襲い来るコカトリスの羽嵐で、為すすべなく石と化して砕けるケイオス・ウォリアー達。
 騎士達にできたのは無駄な足掻き、そして悲鳴をあげる事だけだった。
 瓦礫の中に転がる貴光選隊きこうせんたいの機体を、マスターウインドはコカトリスの目を通して見下ろす。脱出した騎士達はその周辺にまだいるが――
『情けはかけない。覚悟!』
 マスターウインドはとどめを刺そうとした。

 だが殺気を感じ取り、コカトリスを上空へ飛ばす。
 一瞬遅れて砲弾が地面を吹き飛ばした。
『なんと……もう来たのか』
 ジン達の三機がすぐそこにいた。残っていた魔王軍の雑兵は全て片付けて。

「ヒット&アサルトのスキルがさっそく役立ったぜ。砲撃と前進を両立させなきゃ間に合わなかったからよ」
 そう言いながら、ジンは自機のステータスウインドにも目を通す。
「それと――まぁ相変わらずちょっとずつ満遍なくだが――強化改造も進めてくれていたしな」

Bカノンピルバグ
HP:4561/5500 EN:190/190 装甲:1540 運動:98 照準:157
格 アームドナックル 攻撃2700 射程P1―1
射 ロングキャノン  攻撃3200 射程2-6

「よしジン、やっちゃえ!」
 威勢良く叫ぶリリマナ。
(そうしたいのは山々なんだが……)
 ジンは攻めあぐねていた。
 モニターに表示される敵の気力は……150。これはボルテージやテンションといった物が最高潮に達している事を示す。気力上昇スキルを習得しているという事、それは己の調子を勢いに乗せる術に長けているという事だ。
 対してジンは……表示によると111。弱った敵を急いで掻き分けてきたので、十分に心身が加熱していない。

(奴の攻撃は、今、最大限の威力を発揮する。ヘタに手を出せば反撃でこちらがオダブツだ。まずは奴の気力を下げる所から……)
 だがジンがスピリットコマンドを使う直前、ナイナイの狼狽えた声が届いた。
『ジン……トライシュート、使えないよう……』
「何ぃ!?」
 驚愕するジン。

 ナイナイのBバイブグンザリはMAP兵器による範囲攻撃が強力だが、反面、単体攻撃は貧弱。
 急いで敵陣を走り抜ける戦い方では、満足に交戦できない。
 ナイナイは自機のモニターで、自分の気力が108と表示されているのを見ていた。
 トライシュートの必要気力は110‥…合体技は強力ではあるが、協力する機体全てが条件を満たす必要があるのだ。

 白銀級機との戦いに勝利できた切り札、それが三人での連携攻撃である。
(それが使えないじゃ勝てないだろうが! つってもペース配分なんぞ考えてゆっくりしてたら、騎士どもは確実に殺されていた……)
 Sフェザーコカトリスと睨みあいながら、ジンは必死に打開策を考える。
(奴の気力を下げてもこっちの火力不足は変わらねぇ。気力を上げるには交戦するしかないが、奴のクソデバフ攻撃を食らったらまともな力は残らねぇ。そもそもこちらの攻撃が奴に当たる気がしねぇ)
 ジンはモニターを操作し、自分の攻撃の予測命中率を算出させてみる。

 敵の気力を低下させ【見切り3】を使わせない前提で、32%±武器の命中補正。
 発動された状態ではさらに15%低下。
 逆に敵の反撃は100%命中。

(反撃食らえば2発でこちらがやられるのに、この命中率で運ゲーはできねぇ! 奴に攻撃を当てて反撃を避けられるのは、スピリットコマンドを使ったダインスケンだけだ。だが……消費を考えると、多分2回も交戦すれば余力は残らねぇ)
 そして2発でコカトリスを撃墜できる武器は、無い。
(気力を下げても、奴は時間経過とともに己の気力を再び高める……)
 ジンがどう考えても、勝利へ繋がる道は見えなかった。

「不味った……俺らの致命的なミスだ」
 ついに弱音を吐くジン。
「どういう事?」
 心細い声で訊くリリマナ。
「勝つ事に本気になって無かった。くだらねぇ揉め事で不和を起こして――それを敵襲だというのに持ち込んだ時点でな!」
 ジンの心は後悔でいっぱいだ。
 ケイドが何を言おうと、一緒に出撃するべきだったのだ。ジン達の態勢が十分に整っていれば、この強敵相手にでも勝ち目があったかもしれない。

 ジン達があの傲慢な騎士達に譲歩し、寛大になってやらねばならないのは理不尽な事である。
 だが自分達の命と天秤にかけたなら、つまらない問題でしかなかった筈だ。

(天の神様に依怙贔屓クソチートでも貰えてりゃ、こんな状況でも楽勝なんだろうがな……本当にショボイ身の上だぜ!)
 歯軋りするジン。
 ムシのいい超パワー願望を持つ者の気持ちが、今痛いほどよくわかった。

 そんなジンの前で、敵は……笑った。
『フフフ……』
「何がおかしい?」
 訝しむジンに、マスターウインドは訊ねる。
『この絶望的な状況で、お前たちが必死になっているのがな。あの艦が手に入れた物が何か、お前は知っているのか?』
「……知らん」
「ちょ、ちょっとォ!」
 正直に答えるジン。不穏な流れを感じて焦るリリマナ。
 そしてマスターウインドは、遠慮なく事実を告げた。

『あの基地には密かに残されていたのだ。黄金級機の設計図がな。あの艦はそれを手に入れ、本国へ持ち帰ろうとしている』
 そう言われても、ジンにはいまいちピンとこない。

 青銅級ブロンズクラス・ランクB、白銀級シルバークラス・ランクSがあるのだから、その上に黄金級ゴールドクラスがあっても驚きはしない。
 それが白銀級を上回る物だろうとは教えられるまでもなくわかる。

 だがそれほど大事なのか?
「あ、あァ……」
 しかしリリマナは目に見えて狼狽えていた。秘密が露わになった事で。

『この世界最強の機体……他の世界なら「伝説の武具」といった所か。或いは……戦略級の切り札と言うか。黄金級機がある国は、持たない周囲の国に対し軍事的に圧倒的優位に立つ。この話がわかる世界からお前が召喚されたかどうかは知らんがな』
 マスターウインドの説明を聞きながらジンは考える。
(俺のいた地球なら、空母……いや、核兵器みたいな扱いか? )

『お前はスイデン国の利益のために利用……踏み台にされているようだが。事実を知らされていないという事は、納得してやっているのではあるまい? 自分を一方的に利用している連中の、薄汚い権力闘争……そのために一命をかけるのは随分と酔狂に見えるのだが』
 マスターウインドはジンがこの世界のパワーゲームに利用されていると言いたいようだ。
 確かにいい気はしないが……
「あんたの話が本当だとして……まぁそこまでの物なら機密にもなるだろう。別に納得してもいいがよ」
 身分はあっても一兵士のヴァルキュリナ。彼女がジン達に全てを話せないのも仕方が無いのかと、ジンには思えなくもない。

 だがマスターウインドは、さらに、意外な事も告げた。
『物わかりが良いな。だが、お前たちの体は魔王軍に造られた物だと知らされているか?』

「どういう……事?」
 そう訊いたのはジンではない。肩にいるリリマナだ。
 彼女にとっても初耳なのである。
『言葉通りの意味だ。お前達の体は本来と異なっているはず。その体は改造されたのではない。魔王軍が魔法と技術で造り上げたものだ。元の体に戻せるのは魔王軍のみ。他のどこに行っても「治す」事などできはしない。それはあの艦の連中も知っているだろうに……それをお前達に教えていないなら、都合の悪い事は伏せてお前達を抱きこんでいるという事ではないか?』
「え? え?」
 マスターウインドの話に、リリマナは目をぱちくりさせるばかりだ。
「リリマナも知らないのか?」
 ジンの言葉に頷くリリマナ。
「私が隠し部屋の入り口を見つけて、調査班と一緒に入ったけど……なんか書類とかアイテムとかいっぱいあって。その中に黄金級機の設計図があったって、それしか……」

『本当に聞いていないのか?』
 笑いを帯びた声で問いただすマスターウインド。

『僕、そんなの聞いてない!』
 叫んだのはナイナイだ。
『では聞いてきたらどうだ。本当の事を。お前たちにお前たちの情報を隠して協力させている連中に』
 マスターウインドがそう言うと、Sフェザーコカトリスは背を向けた。
『私も先日、知ったばかりだが……お前達三人の能力は当初の予定以上に発揮されているようだ。こちらへ来るのなら、その腕に見合った待遇は約束できよう』
 そしてコカトリスは地を蹴り、空へ飛ぶ。その姿はすぐに雲間に消えた。
 去り行くのを、誰も止めなかった。
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