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2 戦火 2

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 ジン達三人は母艦へ走った。ダインスケンだけは馬もかくやという速さだが、後の二人はそこまでの速度は出せない。ジンは並の男より遥かに速いが、ナイナイはハァハァと息切れしながらもすぐに後方へ置き去りにされる。
(クソッ、間に合うのか!?)
 焦るジン。
 しかし前方から、地響きをたてて母艦が歩いてきた。巨大なセンザンコウは、三人が近づくと脇腹のハッチを開けて迎え入れる。

「ヘヘッ、私が艦を呼んできたんだよ!」
 駆け込んできた三人へ誇らしげに胸をはるリリマナ。
「ナイスだ、サンキュー」
 足を止めずにそう言い、ジンはBカノンピルバグの操縦席へよじ登る。
「ちょっと、忙しいなァ!」
 文句を言いながら飛んで来るリリマナ。構わずジンはハッチを閉めて火を入れた。モニターにヴァルキュリナが映る。
『戻ったのか、ジン。しかしいきなり出撃しようとは……』
「雇主のあんたに許可を貰うのがスジか。なら許可をくれ。すぐに出たい」
 状況はリリマナが伝えている筈だとふんで、ジンは早口で告げた。ヴァルキュリナは頷く。
『もちろん許可は出す。この艦も街の側へ行くから敵を近づけないよう頼むぞ』
「艦も戦うのか」
 少し驚くジン。ヴァルキュリナの任務は本国に調査結果を報告する事なので、最悪、街の救助を禁止される事もありえるかと考えていたのだが。
(やはり神に仕える戦士。基本、正義の味方か)
 軽く感激したジンだが、ヴァルキュリナは淡々と告げる。
『輸送隊がまだ戻っていないから、それを迎えに行く。隊を収容するまで加勢はできないが、収容後は共に戦う』
 あくまで自部隊のためであった。

(ま、そんなもんかな)
 だがその後は協力すると明言してくれているのだ。それ以上を望むほどジンとて我儘ではない。
 シートベルトを締め、操縦席のハンドルを握る。
「了解。こちらジン、出るぞ!」

 艦脇腹の格納庫から、ジン・ダインスケン・ナイナイの順番に出撃する。そのまま街へ走る三機。すぐに街全体が戦闘MAPに映る距離まで近づいた。
『ジン! さっきの人達が!』
 ナイナイが悲鳴じみた声をあげる。
 先ほど市場のあった場所で、一機のケイオス・ウォリアーが魔王軍に集中砲火を浴びていたのだ。
(戦うなと言ったのに!)
 歯がみするジン。しかし……そうしなければ市民を逃がす事ができなかったのだろう、という事もまた推測できた。

 そしてジン達が駆け寄る前で、新米冒険者のケイオス・ウォリアーは肩から火を吹き、倒れ、動かなくなった。

 ジンが吠える。
「大勢で調子乗りやがって! こっちも数いれば、どうだぁ!?」
 敵機が射程に入り次第、ジンは砲撃を浴びせた。そのすぐ側、援護しながら戦える位置にダインスケン機とナイナイ機が位置どる。
 近づく相手に長射程砲を浴びせ、潜り込んだ敵を近接機が倒し、ナイナイ機は援護射撃と修理に回る。
 ジン達三機は昨日の戦いで互いの役割を既に掴んでいた。

 無論、無傷とはいかないが――
 それでも、数任せに突っ込んでくる魔王軍の雑兵機を打ち破るのは難しくは無かった。
(それに……先にダメージを与えてくれた奴がいたからな)
 まだ煙をあげる新米冒険者機を横目に、ジンはそう思った。
 思いたかった、というべきか。

 だが感傷に浸る暇など無かった。
 ナイナイ機から通信が飛んでくる。
『ジン! 敵の増援が! 街からだ!』
「なんだと!?」
 敵が街から!?
 しかし戦闘マップに表示された、新たな敵の位置は……本当に街の中だ!
 機体の視界で確認すると、街の壁に破れた箇所があり、その向こうには火と煙が立ち込めている。
 そしてその破れ目から、魔王軍の量産型ケイオス・ウォリアーが顔を覗かせる!

『もう入り込んでた奴がいるんだ……街の防衛隊はやられちゃったのかな……』
 ナイナイの心細そうな声。
(クソッ! この状況じゃ、今回は敵が有利な地形を使う形か。しかも……街はまだ死んだわけじゃねぇ)
 そう、ジン達が戻ってくるのにかかった時間から考えて、街が全滅している筈は無いだろう。だがこのまま街の中へ弾を撃てば、確実に街へ被害が出る。
 そして壁や建物を盾にできる以上、単純に敵が有利だ。

 打開策を求め、ジンは必死で頭を働かせる。
 とりあえず己のスピリットコマンド【スカウト】で敵のデータを探った。モニターに敵のステータスが出る。
 敵が迫る重圧プレッシャーの中、必死に目を凝らして目当ての項目を探した。
(機体は? 武器は?)
 それが望み通りの物である事を祈りながら。

 そして敵のデータを確認し、その直後、ジンは叫んだ。
「ヴァルキュリナ! 輸送隊は収容したか?」
『ああ、そっちはもう済んだ』
 返事は朗報だった。
(流れは……傾いてきたか)
 ジンは戦艦のステータスを映し出す。

ヴァルキュリナ レベル4
Cパンゴリン
HP:12000/12000 EN:200/200 装甲:1300 運動:70 照準:145
射 キャノン砲 攻撃3000 射程2-6
格 格闘    攻撃3200 射程P1―2

(よし! この射程なら!)
「今から指示する場所へ移動してくれ!」
 再び叫ぶジン。自分が来て欲しい場所を戦闘マップの座標で告げる。それを聞いて驚くヴァルキュリナ。
『こんな所に!?』
「頼む!」
 細かい事を長々話す時間が惜しい。不躾は承知でせがむジン。
『む……わかった』
 思いは伝わったのか、やや不満げではあるが、ヴァルキュリナは承諾してくれた。

 母艦と通信している間、当然、敵も止まってくれるわけではない。
『ジン! 街中の敵が全部壁の向こうに集まったみたいだよぅ……』
 ナイナイが弱気な声を出した途端、ジン達の側に街からの砲撃が着弾した!
「よし、ここは退くぞ」
 ジンは機体の身振りで行き先を指示する。
『逃げるの!?』
 驚くナイナイ。
「いや、戦闘MAPからは出るな。移動先は……」
 ジンは再び戦闘マップの座標を告げた。

 ジン達三機が街から離れだすと、魔王軍も壁の内側から出て来た。
 彼らの機体にも戦闘マップを表示する機能はあるし、当然ジン達の動きを把握もしているのだ。
(よし! 賭けに勝った!)
 内心で流れを掴んだ事を確信するジン。
 単純な話、まずは敵を街から誘い出す事が第一の目的である。

 だが、魔王軍がのこのこ追ってきたのは、彼らも自信があるからだ。
 これも単純な話、数が明らかに多い。
 そしてジン達は先刻の戦いで既にいくらかダメージを受けている。
 正面からぶつかり合えば、ジン達はほぼ確実に敗れる筈だ。

 真正面からぶつかれば。
 当然、それがわかっていてぶつかるわけも無いのだが。

 走る三機の前に、川が横切っていた。街に流れ込む川も直線で流れているわけでは無く、地形の起伏にそって蛇行している。ジンが指定したポイントは、街からほど近いカーブだった。
『ジン、艦が川を渡っているよ?』
「俺が頼んだ。俺も川を渡る! お前らは飛び込んで敵を食い止めてくれ!」
 返事も待たずに川へ飛び込むジン。Bカノンピルバグは移動力の高い機体では無いし、水に足を取られるしで、渡河するのに手間取ってしまった。
 当然、敵はすぐ近くまで迫って来る!
『本当にここで戦うのか!? Bバイブグンザリを前に出して?』
 艦から否定的な確認を飛ばすヴァルキュリナ。BバイブグンザリはHP、装甲、運動性の全てに高い所は無く、守備面では脆い機体である。それを前衛に出す事に不安があるのだ。
『わわっ、き、来たよぅ!』
 そのグンザリからナイナイの悲鳴があがる。敵機Bソードアーミーがグンザリに斬りかかったのだ!
「水の中で防御に徹しろ!」
 ジンは叫んだ。慌ててナイナイは自機の身を屈め、川の中へ潜る。
 グンザリの動作は素早かった。というより、地上と遜色ない動きだ。深海型ケイオス・ウォリアーのBバイブグンザリは水適応A――水陸両用機なのである。
 一方、Bソードアーミーは陸戦機であり、水適応はB――水中戦は不得手である。操縦者もそのぐらいの事はわかっているので、水には極力踏み込まずに岸に留まって剣を振り下ろすのみだ。
 結果、剣の切っ先が装甲を僅かに掠めただけに留まり、ナイナイ機はかすり傷しか受けなかった。

「いいぞ! お前が攻撃するのはMAP兵器を撃つ時だけだ。それ以外は修理装置を使え。他の武器でENを消費すんじゃねぇぞ。敵の攻撃は極力防御に徹して凌げ!」
 言いながら対岸の敵へ砲撃を加えるジン。狙うは射程で劣り、自分に反撃できない敵。ナイナイとダインスケンの機体が川の中で敵を食い止めているので、射程の長さでアドバンテージを取り易かった。
 ジン機の隣では母艦のCパンゴリンも背中についている大砲を撃つ。ジンと同じく、反撃できない敵を狙って。

 そしてダインスケンのBクローリザードは――
 ナイナイ機の隣で川の中にいるが、この機体は水適応Bだった。水中での機動性は著しく低下する。
 だがその攻撃は、岸辺にいる敵へ、水中から飛び出して爪で斬りかかる形で行われた。そして一撃加えると踏み止まらず、あっさりと水の中へ後退する。
 岸辺からの近接武器が水中へ有効打になり難いのはナイナイ機が実証済み。Bクローリザードは水の中で動きが鈍いぶん、ナイナイ機ほど軽傷では済まなかったが、それでもそう容易く致命傷は受けない。
 射撃武器で何度も狙われはしたが、Bランクのケイオス・ウォリアーの飛び道具といえば弓矢か大砲、投擲武器だ。そのどれも水中へは威力が減衰する。これらもまた決定打にはなり難かった。
 それでも味方の中では最もダメージが溜まる苦戦であったが――

「ちょいと邪魔するぜ!」
 敵ピルバグからの砲撃が、ダインスケンのBクローリザードに当たりそうになった瞬間。ジンのBカノンピルバグが川に飛び込み、その攻撃を食い止めた。
 衝撃が盛大に水柱をあげる。それが雨のように降り注ぐ中、ジンは急いで川からあがり、元の位置へ引き返した。リリマナがジンの肩で叫ぶ。
「ナイス援護防御! けど何度もやってたら危ないよ?」
「そのためのリリマナだろ。頼りにしてるからよ」
「そっかァ!」
 ジンに返事に喜色を浮かべるリリマナ。一度しか使えないものの、回復系のスピリットコマンド【ガッツ】をジンは当て込んでいたのだ。

 防戦を主体としたジン達の戦い方により、戦闘は泥沼に近くなっていた。
 だがそれもほどなくひっくり返る。

『撃つよ! これで!』
 叫ぶナイナイ。直後、Bバイブグンザリが頭部のアンテナを広げた。MAP兵器・インパルスウェーブが放たれる!
 力場の傘から噴射する魔力が敵部隊を覆った。高周波振動の中で、敵機が次々と火を吹く! ジン達を数で圧し潰さんと、敵は川辺に密集する形になっていた。
 それは範囲攻撃の格好の的。
 力場が消えた時、残る敵は半数に満たなかった。形勢は明らかに逆転していた。

 そしてBバイブグンザリには、もう一撃これを撃つエネルギーが残っていたのだ。

 残った敵に街へ逃げ込まれれば、再びジン達は苦戦しただろう。
 だが街からこの川までは攻撃が届かない。ジン達を放置したまま街に立て籠もったものかどうか――そこで敵兵士達は迷ってしまった。
 強力なリーダーが率いていれば有利な決断も下せたかもしれないが、この部隊にそんな物はいない。暴れまわる「魔物の群れ」であり、それがケイオス・ウォリアーという巨大ロボに乗っているだけなのである。

 逡巡する敵機をジンの砲撃が撃ち抜いた。その横で砲撃を続ける母艦Cパンゴリンからヴァルキュリナの通信が飛ぶ。
『水陸両用機が一機しかないのに、よく水辺で戦う気になったな……』
「あちらさんの武器も全部水適応がB以下だ。それは確認済みだったからよ。こっちのデメリット以上に敵のデメリットが大きければ、な。戦力なんてのはしょせん相対的なもの!」
 鼻息荒く言うジン。
 直後、ナイナイ機が二度目のMAP兵器を撃つ。損傷していた敵機は爆発し、そうでなかった敵機は大ダメージを受けて膝をつく。
「戦法! インパクトッ!!」
 叫びながらジンは弱った敵機を撃ち抜いた。続いてダインスケン機と母艦も弱った敵へとどめを刺した。

 戦いは終わった。ジン達を追って街から出て来た魔王軍の機体は、今や全て残骸となって転がっている。
『敵機は全て沈黙。ご苦労』
 ヴァルキュリアが労いの言葉をかけた。だがナイナイが悲痛な声を漏らす。
『ジン……街が燃えてる……』

 確かに街から煙が立ち上っていた。
 ケイオス・ウォリアーの戦闘マップモニターには範囲内の地形が大まかに表示されるのだが、街の所々は『廃墟』として表示されている。
 その廃墟のあちこちから、どうやら炎が出ているようだ。
 巨大な戦闘兵器が好きに蹂躙した直後である。何が引火しても不思議ではないし、消火や救助の活動も相当鈍っているだろう。

 ジンは母艦へ打診する。
「ヴァルキュリナ。あの街はあんたの国じゃないそうだが、救助活動はしていいな?」

 なぜそんな事を自発的に言ったのか、ジン本人にもわからない。
 地球では、特に脳の無い消極的で事なかれ主義な中年だった筈なのに。

『断られる筈も無いが、一報は入れておこう』
 そう答えるヴァルキュリナの声には、気のせいか普段より柔らかさがあるように聞こえる。
「頼む」
 それだけ応えてジンは機体を街へ走らせた。再び川を渡り、真っすぐに街へ。
『待ってよぅ!』
『ゲッゲー』
 他の二機もついてきた。自分はどうしよう、などと悩む事など全く無く、当然のように。
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