上 下
2 / 10

紅月の能力者

しおりを挟む
西暦2146年。日本首都、東京――。

 この街も、紅月に支配された街だった。
 毎夜、紅月が姿を現す度に、街には悲鳴と怒声が響き渡る。
 その為、以前は多くの人で賑わっていた夜の街も、今は静寂と恐怖の中で静まり返り人々の姿は、消え去っていた。
 紅月が現われてから10年の月日が経ったが、事態は悪化を辿る一方だった。
 誰もが、思った……

 ――何故、こんな事になってしまったのだろう――と。


「きゃあああ!!」
 そして今日もまた、悲鳴が紅月の夜空に響く。
「誰か、誰か助けてぇ!!」
 ビルとビルの間を、1人の若い女性が逃げ惑う。その後を、追いかける2人の若い男たち。
「来ないで…、誰か、誰か助けてぇ!!」
 泣き叫びながら逃げる女性を、笑いながら追いかける男達。その光景を、ビルとビルの間から、紅月が冷たく見下ろしていた。
「へへっ、追い詰めたぜ」
 追い込まれた女性が、行き止まりに入り込み、完全に袋のネズミになった女性に、男たちが卑しい笑みを浮かべ迫ってくる。
「その奇麗な顔を切り刻んだら、どんなにスッキリするだろうなぁ~」
 細めで長身の男がそう言ったと同時に、男の右手が突然、鋭い刃に変化し、そして隣の男の爪が異常に長く鋭くなった。

 男たちは、紅月の光を浴び、覚醒した能力者。
 一方、女性は光を浴びながらも、能力を得なかった者。
 紅月が現われてからの10年、前者と後者の間で繰り返される下克上。
 弱者と強者、狩られる者と狩る者、それが現在の日本の現状。
「ぎゃはははっ! 死んじまいなぁぁっ!!」
 高笑いと共に、男たちが己が凶器を、振り上げる。
「いやぁぁぁっ!!」


『舞い踊れ、紅蓮乱舞ぐれんらんぶっ!!』


紅月の夜空に響く声と共に、男たちは枝分かれした紅蓮の炎に捕縛された。
「な、なにっ!?」
「な、なんだよ、これは!!」
 獲物を目の前にしての思わぬ事態に、男たちは驚きを隠せない。だが、彼らを捕縛する紅蓮の炎は、まるで鞭のようにしなやかに伸び、きつく締めあげていた。
「くそっ!! 誰だ、邪魔しやがったのは!」
「動かない方が良いわよ。丸焦げになりたくなければねっ!!」
 苛立つ男たちの声に応えるよう、暗闇から姿を現したのは、燃えるような緋色の髪、そして紅い瞳をした女性。

 炎の鞭を左手に握った緋色の髪の彼女は、捕縛した男たちが動けないのを確認し、怯えていた女性を優しく促す。
「今のうちに早く逃げなさい、大通りにあたしの仲間がいるわ」
「あ、貴女……もしかして……」
 彼女の存在に、恐怖心の中にも安堵の表情を見せた女性が頷くと、急いでその場から逃げていく。

「待ちやがれっ!!」
 すかさず男たちが、逃げる女性を捕らえようと暴れ怒鳴るが、炎の鞭に強く締め上げられ動けない。視界から女性が消え、男たちは忌ま忌ましげに、緋色の髪の彼女へ怒りをぶつける。
「てめえ、よくも邪魔しやがったな!! ぶっ殺してやるっ!!」
「そんな恰好でそういうセリフを言っても滑稽なだけね」
 だが、彼女は怯む事無く冷笑を浮かべ言い捨てた。
 そんな彼女の態度に、男たちはなおさら怒りを爆発させ、ヒステリックに怒鳴り散らす。

「なんなんだ、てめえは!! 同じ能力者のクセしやがって!!」
「能力者が俺たちを邪魔しやがって、なんのつもりだ!!」
 紅月の能力という、人知を逸脱した力を手に入れ、その力に奢れる彼らを、紅い瞳で鋭く睨み、彼女は告げた。

た。
「『朔夜さくや』支部所属、炎使い・河内かわち 逢莉あいり。あんた達とは敵対する能力者よ」

「さ、『朔夜』だとっ!?」
 炎使い・逢莉の告げた『朔夜』と言う名前に、男たちの眼の色が変わる。
 そして、異形の爪をした男が捕縛していた鞭を切り裂き、一瞬の隙をついて逢莉へ襲い掛かった。
「てめえが『朔夜』の人間ならば、尚の事殺してやる!!」
 10本の鋭く伸びた爪で切りかかった男の攻撃を、逢莉は反射的に躱し、後方へ飛びのく。
 だが、その攻撃により炎の鞭の効果が消え、もう一人の男も解放されてしまう。
「ぎゃはははっ! 何が『朔夜』だっ! 俺たちの邪魔すんじゃねえ!!」
 逢莉の背後に迫り、刃に変化させた腕を振り上げた男が嘲笑い、前方からはもう一人の男が挟み撃ちで攻撃を仕掛けた。

 咄嗟に逢莉は両の手に意識を集中させ、赤く燃え盛る炎を生み出すと、それを前後から迫り来る男達へ放つ。
「きひひ! 同じ手は喰らうかよ!!」
 だが、男たちは嘲笑いながら彼女の攻撃を躱してしまう。そして、異形爪の男が右手の爪を弾丸の様に逢莉めがけて飛ばして来る。
「……どうやら思ってたより、雑魚じゃなかったみたいね」
 その爪の弾丸を紙一重で躱しながら、逢莉は小さく舌打ちし呟くが、今度は刃の腕を持った男が襲い掛かって来る。
「死ねえ!!」


炎熱鞭えんねつべん!!!」


 左手に再び炎の鞭を生み出した逢莉が、それを襲い掛かる男へ勢いよく放つ。
 先程の、枝分かれした鞭・紅蓮乱舞とは違い、炎熱鞭は一本の太く長い炎の鞭だ。そして、紅蓮乱舞は炎熱鞭の進化型でもある。
「ぐぁっ!」
 しなやかに伸びた炎熱鞭が、男の右足を絡め取り、地面に引きずり倒す。
 そして逢莉は、空いてる右手にも炎熱鞭を生み出し、異形爪の男めがけ再び放つ。
「ちっ! このくそアマぁ!!」


「いい加減に往生しな! 舞い踊れ、紅蓮乱舞!!」


 異形爪の男が咄嗟に身を躱し掛けるが、詠唱した逢莉の右手の炎熱鞭が、次の瞬間、二股に枝分かれし男へ放たれる。
 意志を持ったように、異形爪の男の両手両足を絡め取った。
「ぎゃあっ!!」
 同じように地面に引きずり倒された異形爪の男が、醜い悲鳴を上げる。
「勝負あったわね。本気で燃やされたくなかったら、抵抗するんじゃないわよ」
 そう鋭く睨み凄んだ逢莉に、男たちは完全に牽制されてしまう。悔しげに舌打ちした男たちが、吐き捨てるように言い募る。
「けっ、この偽善者が!! 俺たちは紅月に選ばれた能力者だ!! 特別な存在なんだよ!!」
「なんですって?!」
 聞き捨てならない言葉に、逢莉が男たちを睨み据える。

 だが、嘲笑うように口角を歪めた男たちは口々に捲くし立てる。
「紅月に選ばれなかった奴らは全員クズだ!! 生きる価値もねえ!!」
「だから俺たちが、紅月に代わって奴らを排除してるんじゃねえか!! 奴らなんて、この世界に必要ねえからなあ!!」
 下卑た笑みを浮かべ高笑いする男たち。
 強大な力を持ち、強者になる事で人間の心は醜く歪む。


「……人間が人間を傷つけて、殺しておいて、何が排除よ!!!」


 非道な事を言う男たちに、激しい怒りをあらわにした逢莉が、彼らを捕縛する炎熱鞭に意識を集中させた瞬間。
「うぎゃあぁぁっ!!」
「うわぁっ!? 熱い、熱いぃ!!」
 下卑た笑みを浮かべていた男たちの全身が、紅蓮の炎に巻かれていく。絶叫し、燃え盛る炎の熱に悶える男たちを冷たく見下ろした逢莉が詠唱した。


「散れ渡れ……紅蓮刹那ぐれんせつな!!!」


 瞬間、男たちを纏っていた炎が花びらのように舞い散り、次々と爆発していく。
「しばらく紅蓮の炎に巻かれていなさい。そうすれば、あんた達の崇拝する紅月と同じ姿になれるわよ」
 紅い瞳をさらに色濃くした逢莉が、炎の中で悶える男に冷たく告げた。


「あらら、派手にやっちゃったわねえ」
「由さん」
 不意に聞こえた緊迫感のない声に逢莉が視線を向けると、そこには長い金髪を一つに束ねた長身の男性がいた。
 由ゆいと呼ばれた女顔の彼が、逢莉の隣にやって来る。
「心配ないわ。ただの幻炎よ、直に消えるわ」
「くすくす、解ってるわよ」
 静かな口調で言った逢莉に、透けるようなアイスブルーの瞳を細めた彼が和やかに微笑み返す。
「逢莉ちゃんが相手を殺す技、使うわけないしね」
 そう言い、由は足元で気絶する男たちに視線を向けた。
 一寸前までは爆炎に巻かれて悶えていた彼らだが、今は何事もなかったように無傷で気を失っているだけだ。

 逢莉が先程放った紅蓮刹那は、いわゆる幻炎である。
 感じる炎の熱は本物と変わらない為、相手は幻炎と気付かず本当に焼かれていると思い込むが、実際は火傷一つ負う事はない。
「さて、こいつらに襲われた女の子も無事に保護したし、あたしたちも戻りましょ」
 イマイチ緊迫感のないオネェ口調の由が、そう促した為、肩に下がった髪を払った逢莉が頷く。
「そうね、あとは本部に任せましょう」
 そして、気絶している男たちを由が担ぎ、彼女たちはその場を後にした。

 表通りに出た二人は、路肩に止めていた由の愛車である赤いフェアレディZへ向かう。そしてハンドル横に備え付けた、無線機を取った逢莉が支部に繋ぐ。
「河内です。手配中の能力者2名、確保しましたので連行お願いします。場所は都内、新宿区歌舞伎町……」
『こちら支部。了解しました、直ちに本部へ連絡し、連行班を向かわせます』
 無線から返ってきた応答を聴き、彼女は無線機を切る。

 紅月が現われてから10年。
 年々増え続ける能力者と同じく、能力に溺れ、飲み込まれる者も増えていく。
 その者に襲われ殺される、能力に覚醒しなかった人々。
 そんな人々を護る為に、9年前、ある組織が作られた。

 組織名は『朔夜さくや

 組織本部は警視庁内にあり、人数は50人余り、組織の人間は全員、紅月の能力者だ。
 しかし彼らは己の能力を駆使し、使いこなす前者達。
 狩る者と狩られる者、そして護りし者。
 今、紅月の世界は、この三者によって分かたれていた。

「……この世に必要じゃないのは、こんな能力とあんたよ、紅月っ!!」
 夜空に浮かぶ紅月を睨み付けた逢莉が、怒りを滲ませた声で言い放つ。
「本当、おかしな世界になっちゃったわよねぇ。今じゃ、あの紅月が存在する事が当たり前になってるんだから」
 愛車に身体を齎せた由が、禍禍しい紅月を見上げながら囁く。
 櫻護さくらもり ゆい、彼もまた、紅月の能力に目覚めた覚醒者であり、『朔夜』支部の能力者。
 その能力は炎使いの逢莉と対極的な、氷使い。
 しかし、相反する能力の形とは逆に、彼は逢莉の相棒である。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...