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第1話
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父に呼び出され、大広間へと向かった椿は、目にした光景に全てを悟った。
そこに居たのは、父、妹の桜、その隣には椿の婚約者がいた。
無表情で目線をやる父に従って、椿は妹の桜と椿の婚約者の前に座る。
妹は俯いていて表情が読み取れない。反対に婚約者である男は、輝く目を妹へ向けていた。
「椿」
父に名を呼ばれ顔を向ける。
「お前の婚約は破棄する。代わりに妹の桜を北里君と婚約させる事となった」
淡々と告げる父からは、何を思っているのか、感情が伝わってこない。
「桜が妊娠したのだ。それも北里君の子を」
俯く桜のお腹は着物の上から少し分かるくらいには、ふっくらしている。少年のようにきらきらさせた目を桜に向ける婚約者は、椿の事など眼中にない。
「そうですか……」
椿はそのようにしか答えられない。こういう時は、何と言えば良いのだろう。婚約破棄は気にしていない。もともと親が決めた政略結婚で、婚約者となった北里には何の感情も抱かなかった。
妹の裏切り行為に思うところは勿論あるが、だからと言って、妹を責めても何も意味がない。
それに父が決めた事はどんなことであれ、覆らないのだ。
「桜が任されていた花嫁送りの花嫁は、椿が行うことになる」
たとえ生贄になれと言われても椿に拒否する事は出来ない。
「分かりました」
父の決めたことは絶対なのだから。
*
この泡沫市には昔から続けられている伝統がある。双子の女児が産まれた時、妹を花嫁送りにするのだ。花嫁送りとは、この世界と隣接するもう1つの世界にいるあやかしに花嫁を渡すというもの。しかし、その正体は体のいい生贄である。住民は向こう側からあやかしがやって来るのを恐れて、双子の女児が産まれた時に花嫁送りの行事をするのだ。
「お姉様」
大広間から出た後、桜が椿を追いかけてきた。大きな瞳にきらめく涙を浮かべている。
「私、お姉様が花嫁送りになるのは嫌だとお父様に何度も伝えました。でも……伝統は伝統だからと聞いてくださらないのです」
桜は着物の裾で涙を拭う。椿には桜が本当に言いたい事が分かっていた。
「花嫁送りになっても、お姉様はずっと桜のお姉様です」
ここぞと言わんばかりに泣き崩れる桜。言葉通りに受けとる人々は、桜の事を天使のように優しい子だと評する。きっと、椿の元婚約者も桜の本性に気付かずに惚れてしまっているのだろう。腹が立つのを通り越して憐れみすら感じる。
(要するに貴女は、私が居なくなって清々したって言いたいのでしょう?)
椿は笑顔を浮かべながら桜の本音を訳する。桜は一礼すると、後からやって来た北里と腕を組み去っていく。
椿への圧力だ。私のものよ、と。
婚約破棄を告げられてから数週間が経った。桜の結婚式と、椿の花嫁送りが同日に行われる。そして、今日がその日。
午前に椿の花嫁送りが行われ、午後に桜の結婚式が始まる。桜の結婚式に行きたいとは思わないが、同日にする必要は無いだろうと着付けをしてくれる使用人に愚痴を言う。
「花嫁送りをする時は昔からそうなのですよ」
「どうして?」
「花嫁送りの花嫁もあやかしと結婚するから、双子の片割れの結婚式と同じ日に花嫁送りをするのです」
花嫁送りは、あやかしとの結婚式であると使用人は言う。椿はどうも納得いなかったが、今更何を言っても変わらないのでそれきり黙った。
「椿お嬢様、とてもお美しゅうございます」
使用人は鏡に映った白無垢姿の椿を見て褒める。白粉をふんだんに塗られた雪のような肌に、真っ赤な紅をさした唇が対照的だ。とても大人びて見える。
重々しい鐘の音が響く。時刻を知らせる鐘だ。
「椿お嬢様、参りましょう」
花嫁送りの時間だ。
そこに居たのは、父、妹の桜、その隣には椿の婚約者がいた。
無表情で目線をやる父に従って、椿は妹の桜と椿の婚約者の前に座る。
妹は俯いていて表情が読み取れない。反対に婚約者である男は、輝く目を妹へ向けていた。
「椿」
父に名を呼ばれ顔を向ける。
「お前の婚約は破棄する。代わりに妹の桜を北里君と婚約させる事となった」
淡々と告げる父からは、何を思っているのか、感情が伝わってこない。
「桜が妊娠したのだ。それも北里君の子を」
俯く桜のお腹は着物の上から少し分かるくらいには、ふっくらしている。少年のようにきらきらさせた目を桜に向ける婚約者は、椿の事など眼中にない。
「そうですか……」
椿はそのようにしか答えられない。こういう時は、何と言えば良いのだろう。婚約破棄は気にしていない。もともと親が決めた政略結婚で、婚約者となった北里には何の感情も抱かなかった。
妹の裏切り行為に思うところは勿論あるが、だからと言って、妹を責めても何も意味がない。
それに父が決めた事はどんなことであれ、覆らないのだ。
「桜が任されていた花嫁送りの花嫁は、椿が行うことになる」
たとえ生贄になれと言われても椿に拒否する事は出来ない。
「分かりました」
父の決めたことは絶対なのだから。
*
この泡沫市には昔から続けられている伝統がある。双子の女児が産まれた時、妹を花嫁送りにするのだ。花嫁送りとは、この世界と隣接するもう1つの世界にいるあやかしに花嫁を渡すというもの。しかし、その正体は体のいい生贄である。住民は向こう側からあやかしがやって来るのを恐れて、双子の女児が産まれた時に花嫁送りの行事をするのだ。
「お姉様」
大広間から出た後、桜が椿を追いかけてきた。大きな瞳にきらめく涙を浮かべている。
「私、お姉様が花嫁送りになるのは嫌だとお父様に何度も伝えました。でも……伝統は伝統だからと聞いてくださらないのです」
桜は着物の裾で涙を拭う。椿には桜が本当に言いたい事が分かっていた。
「花嫁送りになっても、お姉様はずっと桜のお姉様です」
ここぞと言わんばかりに泣き崩れる桜。言葉通りに受けとる人々は、桜の事を天使のように優しい子だと評する。きっと、椿の元婚約者も桜の本性に気付かずに惚れてしまっているのだろう。腹が立つのを通り越して憐れみすら感じる。
(要するに貴女は、私が居なくなって清々したって言いたいのでしょう?)
椿は笑顔を浮かべながら桜の本音を訳する。桜は一礼すると、後からやって来た北里と腕を組み去っていく。
椿への圧力だ。私のものよ、と。
婚約破棄を告げられてから数週間が経った。桜の結婚式と、椿の花嫁送りが同日に行われる。そして、今日がその日。
午前に椿の花嫁送りが行われ、午後に桜の結婚式が始まる。桜の結婚式に行きたいとは思わないが、同日にする必要は無いだろうと着付けをしてくれる使用人に愚痴を言う。
「花嫁送りをする時は昔からそうなのですよ」
「どうして?」
「花嫁送りの花嫁もあやかしと結婚するから、双子の片割れの結婚式と同じ日に花嫁送りをするのです」
花嫁送りは、あやかしとの結婚式であると使用人は言う。椿はどうも納得いなかったが、今更何を言っても変わらないのでそれきり黙った。
「椿お嬢様、とてもお美しゅうございます」
使用人は鏡に映った白無垢姿の椿を見て褒める。白粉をふんだんに塗られた雪のような肌に、真っ赤な紅をさした唇が対照的だ。とても大人びて見える。
重々しい鐘の音が響く。時刻を知らせる鐘だ。
「椿お嬢様、参りましょう」
花嫁送りの時間だ。
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