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第3話

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 結婚式まであと三日というところで、帝都にいるフェリクスからセルウィリアへ手紙が届いた。届けてくれたイェリンに礼を言い、セルウィリアはペーパーナイフで丁寧に封を切ると、手紙を取り出す。
 男性にしてはとても丁寧で美しい字である。セルウィリアは幼少期、書道を教えてくれた教師の言葉を思い出す。『字は人柄を表します。丁寧な字を書く人は生き方も丁寧なのですよ』と。そんなことないですよ先生、と独り言を言いながら書かれている内容に目を通す。

 手紙を握る手に力が入り、紙がぶるぶると震える。今にも破かんとするセルウィリアの気迫に、普段仏頂面のイェリンがあたふたしていた。

「仕事があるから……結婚式に参加出来なくなった、ですって?」
 たとえ自分に興味が無くても世間的に式を挙げておいた方が良いはずだ。それすらもしないという事は、よほどセルウィリアに興味がないし、他者からどう思われようが良いという事である。

 今、ここでフェリクスが帰ってきたらセルウィリアはきっと魔法で彼を丸焦げにしていただろう。頭から火が出るのではないかという程、血が昇る。
 セルウィリアはイェリンに頼み、紙と筆を持って来てもらい、怒りに任せて書きなぐった。幼少期から厳しく書を教わっていたので、感情が高ぶっていてもとても丁寧な字になる。だが、内容でセルウィリアが怒っている事は十分に伝わるはずだ。

 セルウィリアは白薔薇が象られた自身の紋章で封蠟をすると、イェリンに渡した。
「これをおバカな旦那様にお届けくださるかしら」
 にっこりと微笑むセルウィリアには、ピリついた殺気が纏われており、イェリンは逃げるように手紙を出しに行った。

 イェリンが出した手紙は、帝都にいるフェリクスにすぐ届くよう手配された。
 執務室で長机に向かって座るフェリクスに部下から手紙が渡される。
 手紙の差出人は、セルウィリア。まだ籍は入れていないので平民出身の彼女には姓が無い。フェリクスは面倒くさかったが、一応目を通しておこうと手紙を開けようとする。
「ふぅん、白薔薇の封蠟ね」
 セルウィリア自身を表す封蠟をなぞり、フェリクスは乱暴に封を破る。

 内容に目を通した後は、腹を抱えて笑う事になった。
「フェリクス様、どうされたんです?」
 同じ部屋にいた部下から怪訝そうに聞かれると、涙を浮かべながら答えた。

「式が出来なくなったと手紙で伝えたんだが、妻となる人から返事が来てな。“自分に興味が無くても世間的に式を執り行うのが筋でしょうに。あと、屋敷に使用人一人だけでは彼女の負担が大きくなるでしょうが。それに、男を連れ込んで良いっていくら政略結婚でも嫁いですぐ言うのはどういうことです?”って。大層お怒りのようだ」
 手紙の内容を聞いた部下は呆れるようにして言う。
「そりゃあ、結婚式が出来ないって言われたら誰だって怒りますよ」
「僕が面白いと思ったのは、政略結婚なのに相手と正々堂々向き合おうとする気の強さだよ。魔導国出身だからなのかなぁ。帝国だったら相手に愛する気がないと分かれば、さっさと愛人でも何でも見つけて遊ぶだろ?」

 フェリクスは端正な顔立ちをくしゃくしゃにして笑う。余程、セルウィリアの反応が面白いのだろう。
「あと、僕に対して文句を言ってきているのが自分の事だけじゃないのも不思議だ」
「自分の事だけって?」
「もっと私を愛してとか言ってくるのかと思えば、世間的にどうこう、あと屋敷の使用人の負担が大きいからあと数人雇ってやれと。貴族の妻っぽくないか? 本人は望んでないだろうに」

 フェリクスはまだ見ぬセルウィリアが面白いと思った。
 お互い上司の命令による結婚だから、妻も自分に興味がないと思っていたのだ。到着早々、イェリンに浮気公認と伝えてもらったのも離縁する理由を作るためである。向こうが浮気をしてくれれば、それを理由にフェリクスから離縁を申し出やすい。そうすれば、自分の皇太子命令による結婚も上司との関係に傷をつけることなく、終える事が出来るからだ。

 しかし、セルウィリアが怒って来るのが予想外だった。
 湧き出てくる彼女への興味と共に、フェリクスは縁談について皇太子から言われた時の事を思い出した。
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