【完結済】悪女の星 ~夫に冷遇されてますが推しを愛でるので大丈夫です!~

十井 風

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第一章

第4話

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「おじいさまにお母様のことを聞いた事があるんです。明るくてとても元気で、針仕事より乗馬や狩りの方が好きな活発な人だったそうです」

 リヒトによると、リリアナは明朗快活で体力もあり、今まで一度も体を崩したことがなく、健康そのものだったと。彼を妊娠した時も、医師からは母子ともに無事でお産が出来るだろうと言われていたほどらしい。お産に絶対はないとはいえ、かなり体力もあるようなので亡くなるには少し疑問が残る。

「なるほど。これは詳しく調べたいところね。まずは、お産に関与した女中から話を聞いた方が良いわね」

 私は女中長を呼び、リリアナのお産について聞いてみた。

 彼女から得られた情報によると、リリアナのお産には経験豊富な産婆が携わっていたらしい。彼女はリリアナの死後、すぐに宮廷を去り故郷のベアトリスへ帰っていった。

 私は女中長に礼を言い、部屋を出る。
「まずはベアトリスに行って産婆に話を聞きたいわね。でも、どうやって?」
 王妃である私が田舎町に行けるわけがない。お忍びにしてもルシオが絶対反対するだろうし、こっそり抜け出すのはリスキーだ。

 うんうんと唸っていると後ろから妖艶な声がする。
「ベアトリスなら一緒に行ってみますか?」
「ギルバード! いつの間にいたの。というより、そんなことできるの?」
「ベアトリスで治水工事を行うので事前視察に行く予定がありまして」
 ギルバードは楽しそうに言う。本当に出来るのだろうか。

「う~ん、でも私は王妃よ? 簡単に動けないわ」
「影武者を用意いたしましょう」



 数日後、ギルバードの作戦通り、私は女中の格好をして部屋で待機していた。
「なんだか僕まで緊張してきました」
 リヒトはきらきらとした目で言う。私もスパイミッションみたいでワクワクしてきた。

「失礼いたします、殿下」
 ギルバードに入室を許可すると、一人の女性を連れてやってきた。
「こちら殿下の影武者を務めさせていただく、妹のギネットでございます」

 私は驚いて声も出なかった。何故ならそっくりなのだ。髪の毛も瞳の色も声も私なのだ。
「ギネットは変装の達人でして。影武者には最適です」
 このクオリティなら絶対バレないだろう。節穴ルシオなんて余裕で欺ける。

「それでは向かいましょうか」
 ギルバードの言葉を合図に私は頷いた。リヒトとはここでお別れだ。
 私達は抱き締め合い、数日の別れを惜しむ。

 宮廷の門前に用意された馬車へと向かい、乗り込もうとすると――
「バーバラ様、お手を」
 殿下ではなく名を呼び、私が馬車に乗りやすいよう手を差し出してくれた。なんて紳士的なんだろう。ルシオだったら絶対やらない。こんなことされたらドキッとしてしまう。

 馬車に乗り込むと対面にギルバードは座った。
「憧れのお方とご一緒出来るなんて幸せです」
「あ、憧れだなんて大げさな……」
「初めてお会いした時から私の心は貴女に釘付けですよ。あいつのお妃でなければ今すぐ求婚したいほどです」
 優しいイケメンに言われてときめかないわけがない。この旅、私の心臓持つだろうか。


 王都からベアトリスまで馬車で二日。道中、休憩がてら街によらせてもらった。
 王宮の外は見た事がないし、小説でも描かれていなかったからとても新鮮で楽しい。
「わぁ、素敵な髪飾り!」
 街には露店が道路脇に並んでいて市場を成している。その中の装飾品店に並べられた品に目を奪われた。

 青い色の硝子に繊細な文様が刻まれている。切子細工だろうか。とても美しくてずっと眺めていられる。
 欲しいけど無一文なんだよね、本当に残念だけど私はウインドウショッピングを楽しむと馬車へ戻った。

 宿は質素なものだった。お忍びなので豪奢なところには泊まれないが、私に危害が及ばないようギルバードお抱えの護衛を配置してくれるとのことだった。事細かい配慮が素敵イケメンである。ルシオだったら絶対やらない。

「本当にありがとう、ギルバード。貴方のおかげで貴重な経験が出来たわ。このお礼は必ずするわ」
 自室に案内され、扉の前で彼に礼を言う。
「では、今、いただいても?」
「構わないけど……」
 すると、彼は微笑みながら私の顔を覗き込む。イケメンの顔が間近にあると思うと、息ができない。
「二人の時はギルと呼んでいただけますか」
「わ、分かったわ……ギル」

 緊張のあまり、囁くように呼んだ名。それでもギルは嬉しかったようでにっこりと笑みを浮かべる。
 ゆっくりと近づいてきて、私の頭を撫でる。耳元まで彼の顔が近付くと、優しく囁くように、
「おやすみなさい、バーバラ様」
 と言った。突然のことに私の心臓は大きく跳ねた。鼓動の音が彼に聞こえるのではないかと思うほど、ドクンと脈打っている。

 ギルは満足そうに口角をあげ、一礼をして私の隣の部屋へと入っていった。
 私は腰が抜けてしまって地面に座り込んでしまう。頭が動くのに合わせて耳元で鈴が転がるような美しい音がする。手で触れてみると、髪飾りがつけてあった。

 青い色の硝子に繊細な文様が刻まれた髪飾り。
「これって私が市場で見てた品……」
 私が見ていたことを知っていたんだ。真っ直ぐ向けられる私への愛情に心が揺らぐ。

 ルシオあいつと結婚してなかったら! 既婚者である事をこれほどまで悔やんだ日はない。

 私は手に乗せた髪飾りを見つめ、彼の吐息を思い出しては赤面した。
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