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第5話 大団円
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巷で貴族相手に詐欺が多発しているらしい、と使用人達の間で噂は広まっていた。戦時中なのに酷い事をすると口々にみなは言う。うちには来て欲しくないよね、とも。どこか他人事であった噂は、オルデンブルク侯爵家に事件が訪れるまでは、みんな気にしていなかった。
「作物の収穫量と戦況を見て税を変動させるのはどうでしょう?」
「そうねぇ、参考までに去年はどのくらいの量だったのかしら」
ライラックとマグノリアが領地経営について話し合っている。
控えめに扉がノックされ、ライラックの許可が出た後、ゆっくりと開いた。
「お取込み中、大変申し訳ございません。来客の方がいらしているのですが……」
「どなた?」
「“テテテ教”と名乗る二人組でして」
聞き覚えがない。アッシュの知り合いでも、ライラックの知り合いでもない。もちろん、マグノリアの知り合いでもなかった。
二人は顔を見合わせた後、怪訝そうに首を傾げ、使用人に帰ってもらうよう伝えるが、困った顔で首を振った。
「それが会ってくれるまで帰らないと言い張っておりまして。どうしましょう、衛兵に捕らえてもらいますか?」
なんとも面倒くさそうな匂いがする。ライラックは義母と顔を合わせ頷くと、客人を通すよう言った。
その後、二人が客室に入ると、既に来客は通されている。
客間に通された二人組は何とも胡散臭そうであった。丸い玉をたくさん繋げた首飾りや腕輪、頭にもつけている。全ての玉に『テ』の文字が入っているから不気味であった。
「お会いできて光栄でございます、オルデンブルク侯爵夫人」
二人組はライラック達の姿を見ると、急いで立ち上がり頭を下げる。
「用件をすぐに言ってちょうだい」
ライラックの冷たい言葉に怯むことなく、二人組は持参してきたらしい布に包まれた大きな荷物を机に置く。男が一人で抱えられるかというくらいの大きさであった。
男は丁寧に、慎重に布を外す。するりと静かに布が落ち、中にあった壺が出てきた。重量感のある大きな壺だ。
「今は戦時中でこれからどうなるか未来を考えると不安ではないですか? この国がどうなるか分からない恐怖。俺達……いや、私どもはそんな皆様をお救いすべくテテテ様の教えを広めている者です。この壺はテテテ様のご加護があるものでして、毎日壺に水を入れて祈れば来世は必ず幸せになるという代物です。壺自体もかなり価値のある骨董品なのですよ。通常、五百万のところを今は百万にしてお売りさせていただいておりまして……」
両手を重ね擦り合わせながら話す男。
「もう結構です。壺は買いませんのでお帰りください」
話を遮るようにしてライラックは言う。若い夫人に言われたのが気に食わないのか、二人組は鼻で笑った。
「人生経験の浅い若奥様では、壺の価値は分かりませんかね」
「最後の警告です、今すぐ出て行きなさい」
ライラックは強く言ったが、二人組は言う事を聞かない。マグノリアは険しい表情を浮かべ、微動だせず彼らを見ていた。
「ご婦人は壺の価値がお判りになるでしょう?」
二人組はライラックを無視してマグノリアへと標的を移す。
しかし、マグノリアは彼らを鼻で笑い、蔑んだ目を向けた。
「この子は若いですが、わたくしの息子の妻です。立派な侯爵夫人なのですよ。貴方達の態度は夫人に対するものではない、彼女を馬鹿にすればわたくしが許しませんよ」
ぎらりと鋭く光る眼に、二人組は怯んだのか体を硬直させる。
「手足でも首でも刎ねて差し上げましょうか。それに、骨董品集めが趣味のわたくしの前でよく壺が骨董品だなどと嘘がつけたものですね。お前たちが持ってきた壺は最近、作られた無名のものです。大量生産しているものですよね? それが百万の価値などわたくし達を馬鹿にするのも大概になさい」
隣にいたライラックがいつの間にか真剣を取り出していた。
「お義母さま、あたしはいつでも首を刎ねる準備が出来ていますよ」
「よろしいわ。では、お前達に選んでもらいましょう。今、この子に首を刎ねられるか、衛兵を連れてくるか、どちらがいい?」
全く笑っていない女人二人を前に、男たちは震えながら、
「衛兵を連れてきてください」
と言った。
その後、すぐにやってきた衛兵に二人組は捕らえられ連れて行かれた。
「お義母さまに危害が及ばなくて本当に良かったです」
にこやかに真剣を直すライラックに、マグノリアは微笑む。
「貴女こそ危ない真似をするんじゃありませんよ。怪我したらどうするのです。わたくしを心配させないでちょうだい、貴女も大事な娘なのですから」
*
事件が起きて数か月後。戦争が終結した。
戦地からアッシュが戻って来る。ライラックとマグノリアは、一緒に屋敷の前で彼が乗った馬車の到着を今か今かと待っていた。
太陽が沈みかける頃、ようやく馬のいななきと共に屋敷に向かってくる馬車が見える。ライラックは待ちきれず、馬車の方へと駆け出した。
慌てて御者が馬を止め、背後を振り返り、中に乗っているアッシュへと何かを話すと、勢いよく扉が開いた。中から転がり落ちるようにしてアッシュが出てくると、走って来る最愛の妻を抱き締めた。
涙を流し、再会を喜ぶ夫婦に後からやって来たマグノリアが声をかける。
「アッシュ、貴方とても素敵な方を妻にしたのね。絶対に幸せにするのよ」
穏やかな笑みを浮かべる母を見たアッシュは、涙と鼻水を流しながら「はい」と頷いた。
それから若夫婦は子宝に恵まれ、義母とも良好な関係を築き、貴族社会の中で最も仲が良い家族として有名になるのは、また次のお話――。
「作物の収穫量と戦況を見て税を変動させるのはどうでしょう?」
「そうねぇ、参考までに去年はどのくらいの量だったのかしら」
ライラックとマグノリアが領地経営について話し合っている。
控えめに扉がノックされ、ライラックの許可が出た後、ゆっくりと開いた。
「お取込み中、大変申し訳ございません。来客の方がいらしているのですが……」
「どなた?」
「“テテテ教”と名乗る二人組でして」
聞き覚えがない。アッシュの知り合いでも、ライラックの知り合いでもない。もちろん、マグノリアの知り合いでもなかった。
二人は顔を見合わせた後、怪訝そうに首を傾げ、使用人に帰ってもらうよう伝えるが、困った顔で首を振った。
「それが会ってくれるまで帰らないと言い張っておりまして。どうしましょう、衛兵に捕らえてもらいますか?」
なんとも面倒くさそうな匂いがする。ライラックは義母と顔を合わせ頷くと、客人を通すよう言った。
その後、二人が客室に入ると、既に来客は通されている。
客間に通された二人組は何とも胡散臭そうであった。丸い玉をたくさん繋げた首飾りや腕輪、頭にもつけている。全ての玉に『テ』の文字が入っているから不気味であった。
「お会いできて光栄でございます、オルデンブルク侯爵夫人」
二人組はライラック達の姿を見ると、急いで立ち上がり頭を下げる。
「用件をすぐに言ってちょうだい」
ライラックの冷たい言葉に怯むことなく、二人組は持参してきたらしい布に包まれた大きな荷物を机に置く。男が一人で抱えられるかというくらいの大きさであった。
男は丁寧に、慎重に布を外す。するりと静かに布が落ち、中にあった壺が出てきた。重量感のある大きな壺だ。
「今は戦時中でこれからどうなるか未来を考えると不安ではないですか? この国がどうなるか分からない恐怖。俺達……いや、私どもはそんな皆様をお救いすべくテテテ様の教えを広めている者です。この壺はテテテ様のご加護があるものでして、毎日壺に水を入れて祈れば来世は必ず幸せになるという代物です。壺自体もかなり価値のある骨董品なのですよ。通常、五百万のところを今は百万にしてお売りさせていただいておりまして……」
両手を重ね擦り合わせながら話す男。
「もう結構です。壺は買いませんのでお帰りください」
話を遮るようにしてライラックは言う。若い夫人に言われたのが気に食わないのか、二人組は鼻で笑った。
「人生経験の浅い若奥様では、壺の価値は分かりませんかね」
「最後の警告です、今すぐ出て行きなさい」
ライラックは強く言ったが、二人組は言う事を聞かない。マグノリアは険しい表情を浮かべ、微動だせず彼らを見ていた。
「ご婦人は壺の価値がお判りになるでしょう?」
二人組はライラックを無視してマグノリアへと標的を移す。
しかし、マグノリアは彼らを鼻で笑い、蔑んだ目を向けた。
「この子は若いですが、わたくしの息子の妻です。立派な侯爵夫人なのですよ。貴方達の態度は夫人に対するものではない、彼女を馬鹿にすればわたくしが許しませんよ」
ぎらりと鋭く光る眼に、二人組は怯んだのか体を硬直させる。
「手足でも首でも刎ねて差し上げましょうか。それに、骨董品集めが趣味のわたくしの前でよく壺が骨董品だなどと嘘がつけたものですね。お前たちが持ってきた壺は最近、作られた無名のものです。大量生産しているものですよね? それが百万の価値などわたくし達を馬鹿にするのも大概になさい」
隣にいたライラックがいつの間にか真剣を取り出していた。
「お義母さま、あたしはいつでも首を刎ねる準備が出来ていますよ」
「よろしいわ。では、お前達に選んでもらいましょう。今、この子に首を刎ねられるか、衛兵を連れてくるか、どちらがいい?」
全く笑っていない女人二人を前に、男たちは震えながら、
「衛兵を連れてきてください」
と言った。
その後、すぐにやってきた衛兵に二人組は捕らえられ連れて行かれた。
「お義母さまに危害が及ばなくて本当に良かったです」
にこやかに真剣を直すライラックに、マグノリアは微笑む。
「貴女こそ危ない真似をするんじゃありませんよ。怪我したらどうするのです。わたくしを心配させないでちょうだい、貴女も大事な娘なのですから」
*
事件が起きて数か月後。戦争が終結した。
戦地からアッシュが戻って来る。ライラックとマグノリアは、一緒に屋敷の前で彼が乗った馬車の到着を今か今かと待っていた。
太陽が沈みかける頃、ようやく馬のいななきと共に屋敷に向かってくる馬車が見える。ライラックは待ちきれず、馬車の方へと駆け出した。
慌てて御者が馬を止め、背後を振り返り、中に乗っているアッシュへと何かを話すと、勢いよく扉が開いた。中から転がり落ちるようにしてアッシュが出てくると、走って来る最愛の妻を抱き締めた。
涙を流し、再会を喜ぶ夫婦に後からやって来たマグノリアが声をかける。
「アッシュ、貴方とても素敵な方を妻にしたのね。絶対に幸せにするのよ」
穏やかな笑みを浮かべる母を見たアッシュは、涙と鼻水を流しながら「はい」と頷いた。
それから若夫婦は子宝に恵まれ、義母とも良好な関係を築き、貴族社会の中で最も仲が良い家族として有名になるのは、また次のお話――。
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