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第16話 愛する人
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今日は王妃主催の舞踏会に行く。
リアはシグルドが用意してくれていた、深い緑色の衣装に着替えた。首飾りには、ドレスに似合う大粒のエメラルドがあしらわれている。
「お待たせいたしました」
馬車の前で待っているシグルドの元へ行くと、驚いたように目を見開いた。
「とても綺麗だ。いつも美しいが、今日は雰囲気が違うな」
純粋に褒めてくれるのが嬉しい。リアはシグルドの手を取って、馬車に乗り込んだ。
エデンブリッジ領から王宮まで馬車で数時間。今回は、非公式の舞踏会なので開催地は離宮だが、辿り着くには王宮の正門を通らねばならない。
2人が馬車に乗り込んだことを確認すると、クロエは御者台にいる男に声を掛ける。
出発の合図をもらった御者は、馬を走らせた。がたがたと馬車が揺れる。
「この辺りは道があまり良くないんだ。こっちにおいで」
シグルドはそう言うと、リアを自分の膝の上に乗せる。大きな手が彼女の細い腰に添えられ、落ちないように支えてくれていた。
「は、恥ずかしいです。誰かに見られたりしたら……」
「外は暗いから大丈夫だ。こうしても見られないぞ」
シグルドはリアにキスをする。彼の言う通り、日が落ちて空は暗闇を纏っている。
「本当は今すぐに押し倒したいが、舞踏会に行かねばならないからな。我慢しよう」
リアの太ももに当たっている硬い何かがシグルドの気持ちを語っているようで、リアはどきりとした。
「今日の貴女が可愛すぎるからいけないんだ」
「まあ、私のせい?」
くすりとリアは笑う。シグルドも楽しそうに微笑んだ。
2人は啄むようなキスを繰り返す。そのうちに、馬車がぴたりと止まった。
「着いたようだ」
シグルドは壊れ物を扱うかのように丁寧にリアを向かい側の椅子に座らせて、先に馬車を降りる。そして、後から降りてくるリアに手を差し出した。
初めて訪れた王宮は広かった。庭園は腕利きの庭師に剪定されていてとても美しい。城の装飾も素晴らしいものだった。
シグルド曰く、王宮から王妃のいる離宮まではそこまで離れていないので、ここから歩いて向かうと言う。ちらほらと他の招待客も離宮に向かう為に、王宮へ入っていくのが見えた。
王宮の廊下を通り、離宮へと繋がっている通路を歩く。離宮に近付くと賑やかな声が聞こえてきた。中に入ると、煌びやかな衣装を着た男女が楽団の奏でる音楽に合わせて楽しそうに踊っている。まるでおとぎ話に出てくる舞踏会のようだった。
リアははぐれないようにシグルドの腕に手を回す。たくさんの人が招待されているようで、ダンスホール以外の所を通るには、人を掻き分けて進むしかない程だ。
食事は立食形式で、色とりどりの美味しそうなご馳走が食器に美しく盛り付けられている。お酒も飲めるようだ。
会場の様子を2人で伺っていると、耳をつくような甲高い声が聞こえてきた。
「シグルドじゃない? 久しぶりねぇ」
見ると、妖艶な美女が立っていた。
「お久しぶりです、ボンドゥードゥル夫人」
シグルドが一礼するのに合わせ、リアもお辞儀をする。
目の前の女性はボンドゥードゥル公爵家の当主だ。夫を亡くした彼女は女手一つでボンドゥードゥル公爵家を守り抜いている。正式にはボンドゥードゥル公爵と呼ばれるが、親しみを込めて人はボンドゥードゥル夫人と呼んでいた。
彼女は社交界でも有名な程、美意識が高く、見た目はシグルドと変わらないくらいだが、実年齢は四十路を過ぎているというのだから驚きだ。いつまでも若々しく美しいので、“美の女神”とも呼ばれている。
「貴方、結婚したんですって? 仕事一筋のシグルドが妻を娶ったなんて驚きだわ」
ボンドゥードゥル夫人は上品に扇子を口元で隠し、小さく笑った。
シグルドは笑顔の仮面を貼り付けたような表情を浮かべる。
「でも、貴方達、夜伽の経験が無いんじゃなくって? 夜の方は順調なの?」
不躾とも思える言葉遣いにシグルドの顔が一瞬曇る。大勢の人の前でこういった話をするのは歓迎される事ではない。
「誰かに手解きを受けた方が良いんじゃないかしら。生娘の妻より、経験がある人に教えて貰った方が良いわよ。何ならわたくしがお相手になってあげても良いのよ?」
ボンドゥードゥル夫人の言葉にリアはさっと顔を赤くした。恥ずかしいやら悔しいやらで、感情を露わにしてはならないと思っていても抑えることが出来なかった。ボンドゥードゥル夫人が言ったのは、『未経験のリアより自分の方が夜伽は上手いから自分と寝ろ』ということだ。
シグルドに一夜を共にしないかと誘っている。妻の目の前で誘う事でリアに対して挑発行為を行っている。言い返したいが、何を言えば良いか分からずリアは怒りで震えた。
「お言葉ですが、ボンドゥードゥル夫人」
静かに沈黙の場を破ったのは、シグルドだった。
「俺の妻に失礼な態度を取るのは止めていただきたい。それに、俺は断固として妻以外の女性と寝るつもりはないし、今後も同じだ。俺が未経験だろうが経験者であろうが変わらない。愛する妻以外の女性なんぞ、俺にとっては只の人だ」
シグルドの声音は落ち着いていた。しかし、その瞳には猛烈な怒りを宿していてボンドゥードゥル夫人を射抜くように見据えている。
彼の迫力にボンドゥードゥル夫人はたじろいだようで、視線をさ迷わせ、あたふたと去って行った。2人はボンドゥードゥル夫人が去っていくのを見届けると、すぐに舞踏会を後にする。
「もう帰ろうか」
「私もそう思っていたところです」
疲弊しきった彼らは手を繋いで、来た道を戻っていく。
「ねぇ、シグルド様」
リアは隣を歩く彼を見上げて言う。
「さっきはとっても嬉しかったです。私への愛を感じましたわ」
彼女の言葉に照れくさそうにシグルドは微笑んだ。
「俺は貴女にぞっこんだからな。愛する人を目の前で貶されて怒らないわけがない」
シグルドはぎゅっとリアの手を握る。
「こんな舞踏会は参加しなくて良い。早く帰って2人の時間を楽しもう」
リアはシグルドが用意してくれていた、深い緑色の衣装に着替えた。首飾りには、ドレスに似合う大粒のエメラルドがあしらわれている。
「お待たせいたしました」
馬車の前で待っているシグルドの元へ行くと、驚いたように目を見開いた。
「とても綺麗だ。いつも美しいが、今日は雰囲気が違うな」
純粋に褒めてくれるのが嬉しい。リアはシグルドの手を取って、馬車に乗り込んだ。
エデンブリッジ領から王宮まで馬車で数時間。今回は、非公式の舞踏会なので開催地は離宮だが、辿り着くには王宮の正門を通らねばならない。
2人が馬車に乗り込んだことを確認すると、クロエは御者台にいる男に声を掛ける。
出発の合図をもらった御者は、馬を走らせた。がたがたと馬車が揺れる。
「この辺りは道があまり良くないんだ。こっちにおいで」
シグルドはそう言うと、リアを自分の膝の上に乗せる。大きな手が彼女の細い腰に添えられ、落ちないように支えてくれていた。
「は、恥ずかしいです。誰かに見られたりしたら……」
「外は暗いから大丈夫だ。こうしても見られないぞ」
シグルドはリアにキスをする。彼の言う通り、日が落ちて空は暗闇を纏っている。
「本当は今すぐに押し倒したいが、舞踏会に行かねばならないからな。我慢しよう」
リアの太ももに当たっている硬い何かがシグルドの気持ちを語っているようで、リアはどきりとした。
「今日の貴女が可愛すぎるからいけないんだ」
「まあ、私のせい?」
くすりとリアは笑う。シグルドも楽しそうに微笑んだ。
2人は啄むようなキスを繰り返す。そのうちに、馬車がぴたりと止まった。
「着いたようだ」
シグルドは壊れ物を扱うかのように丁寧にリアを向かい側の椅子に座らせて、先に馬車を降りる。そして、後から降りてくるリアに手を差し出した。
初めて訪れた王宮は広かった。庭園は腕利きの庭師に剪定されていてとても美しい。城の装飾も素晴らしいものだった。
シグルド曰く、王宮から王妃のいる離宮まではそこまで離れていないので、ここから歩いて向かうと言う。ちらほらと他の招待客も離宮に向かう為に、王宮へ入っていくのが見えた。
王宮の廊下を通り、離宮へと繋がっている通路を歩く。離宮に近付くと賑やかな声が聞こえてきた。中に入ると、煌びやかな衣装を着た男女が楽団の奏でる音楽に合わせて楽しそうに踊っている。まるでおとぎ話に出てくる舞踏会のようだった。
リアははぐれないようにシグルドの腕に手を回す。たくさんの人が招待されているようで、ダンスホール以外の所を通るには、人を掻き分けて進むしかない程だ。
食事は立食形式で、色とりどりの美味しそうなご馳走が食器に美しく盛り付けられている。お酒も飲めるようだ。
会場の様子を2人で伺っていると、耳をつくような甲高い声が聞こえてきた。
「シグルドじゃない? 久しぶりねぇ」
見ると、妖艶な美女が立っていた。
「お久しぶりです、ボンドゥードゥル夫人」
シグルドが一礼するのに合わせ、リアもお辞儀をする。
目の前の女性はボンドゥードゥル公爵家の当主だ。夫を亡くした彼女は女手一つでボンドゥードゥル公爵家を守り抜いている。正式にはボンドゥードゥル公爵と呼ばれるが、親しみを込めて人はボンドゥードゥル夫人と呼んでいた。
彼女は社交界でも有名な程、美意識が高く、見た目はシグルドと変わらないくらいだが、実年齢は四十路を過ぎているというのだから驚きだ。いつまでも若々しく美しいので、“美の女神”とも呼ばれている。
「貴方、結婚したんですって? 仕事一筋のシグルドが妻を娶ったなんて驚きだわ」
ボンドゥードゥル夫人は上品に扇子を口元で隠し、小さく笑った。
シグルドは笑顔の仮面を貼り付けたような表情を浮かべる。
「でも、貴方達、夜伽の経験が無いんじゃなくって? 夜の方は順調なの?」
不躾とも思える言葉遣いにシグルドの顔が一瞬曇る。大勢の人の前でこういった話をするのは歓迎される事ではない。
「誰かに手解きを受けた方が良いんじゃないかしら。生娘の妻より、経験がある人に教えて貰った方が良いわよ。何ならわたくしがお相手になってあげても良いのよ?」
ボンドゥードゥル夫人の言葉にリアはさっと顔を赤くした。恥ずかしいやら悔しいやらで、感情を露わにしてはならないと思っていても抑えることが出来なかった。ボンドゥードゥル夫人が言ったのは、『未経験のリアより自分の方が夜伽は上手いから自分と寝ろ』ということだ。
シグルドに一夜を共にしないかと誘っている。妻の目の前で誘う事でリアに対して挑発行為を行っている。言い返したいが、何を言えば良いか分からずリアは怒りで震えた。
「お言葉ですが、ボンドゥードゥル夫人」
静かに沈黙の場を破ったのは、シグルドだった。
「俺の妻に失礼な態度を取るのは止めていただきたい。それに、俺は断固として妻以外の女性と寝るつもりはないし、今後も同じだ。俺が未経験だろうが経験者であろうが変わらない。愛する妻以外の女性なんぞ、俺にとっては只の人だ」
シグルドの声音は落ち着いていた。しかし、その瞳には猛烈な怒りを宿していてボンドゥードゥル夫人を射抜くように見据えている。
彼の迫力にボンドゥードゥル夫人はたじろいだようで、視線をさ迷わせ、あたふたと去って行った。2人はボンドゥードゥル夫人が去っていくのを見届けると、すぐに舞踏会を後にする。
「もう帰ろうか」
「私もそう思っていたところです」
疲弊しきった彼らは手を繋いで、来た道を戻っていく。
「ねぇ、シグルド様」
リアは隣を歩く彼を見上げて言う。
「さっきはとっても嬉しかったです。私への愛を感じましたわ」
彼女の言葉に照れくさそうにシグルドは微笑んだ。
「俺は貴女にぞっこんだからな。愛する人を目の前で貶されて怒らないわけがない」
シグルドはぎゅっとリアの手を握る。
「こんな舞踏会は参加しなくて良い。早く帰って2人の時間を楽しもう」
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