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第22話
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自分達では勝てない。
そう判断した組員達は続々と戦意を失っていく。戦う気などもう無いというように、両手を上げ、セルジュを見やる。何事にも諦めたような冷めた目で。
一方のバルトロは、自身の配下が命令を聞かなくなった事に焦りを感じているのか、口を開閉させながら呻き声を上げていた。
セルジュを上手く支配下に置いていると思っていたのだろう。自らの番犬に手を噛まれそうになるとは想像もしていなかったのだ。
「本当は今すぐに脳天を撃ち抜いてやりたい」
セルジュはバルトロの目の前に立つ。虫けらを見るような、底冷えする視線を目下にやる。
「親父のせいで苦しんできた人、罪もないのに死んでいった人達がたくさんいる。殺すのは簡単だ、俺はそれに慣れている。いや……慣らされたと言うべきか?」
貧しい暮らしをしていた頃、バルトロに拾われたセルジュはシンの組員として育てられた。それも並みの組員ではなく、暗殺に特化したバルトロの右腕として教育を施されたのだ。
字を読めるようになる前に、手早く人を殺す方法を教え込まれた。
字が書けるようになる前に、人を殺すことが出来た。
身寄りもいない、自立出来る程の特技は持ち合わせておらず、読み書きも出来ない自分が生き残るにはそうするしか無い。
何度も自分に言い聞かせながらも、人を殺した後は必ず手が震えた。刃で柔い肌を裂き、急所を突く。手順は体が嫌という程、覚えている。体は了承していても心は違った。
「俺は人を殺したくなかった」
殺したくない。本当は普通の暮らしがしたいだけ。生まれが貧しく、大した能力を持たない自分がシンを抜け出せても、結局同じ道に戻ってくるだろう。正しく生きるには能力が必要だと悟った。それは自分に備わっていないもの。
それでも心の奥底で普通の暮らしが出来るかもしれないという希望を抱き続けた。
絶望の中で一筋の光がセルジュを照らすように、その希望は小さくともはっきりと足元を照らし続ける。
やがてセルジュは、神が手繰り寄せた糸に繋がったシャルロッテと出会った。
彼女と出会い、何もかもが変わったのだ。見える世界、感じるもの、求めていた平穏な時。穏やかな心で居られる。彼女と過ごす時間がかけがえのない大切なものになった。
「その中で俺は彼女に出会って痛感したんだ。ずっと傍にいたいと」
セルジュにとってシャルロッテは眩しい存在だった。
自らの手は、今まで殺めてきた人々の血と重ねてきた罪がこびりついている。その手で彼女に触れる度、自分は彼女と共に居てはいけないと誰かに咎められているような気持ちになった。
「俺の過去には償いきれない罪がたくさんある。彼女の隣に立つ資格はない。それでもシャルロッテの傍に居たいと、俺は願うんだ。これが最初で最後の願いだって」
セルジュは床に落ちた拳銃を拾い、弾が入っているのを確認する。
震えながら彼を見上げるバルトロが固唾を飲んだ。
「願いを叶え続けるという我が儘を言う代わりに、人生を懸けて罪を償っていこうと思う。親父、あんたも償うべきだ」
そう言って装填された拳銃をバルトロに差し出した。
「あんたは富と権力が人生の全てだ。金の為なら何でもする。金と権力、今まで築き上げてきたシンが壊れるのが一番怖いだろう。だから償いとしてシンを解体させろ。人から奪い取った金、財宝をシンのせいで不幸になった人達に返すんだ。そして、この銃で自分を撃て」
バルトロは思わず見上げた。目の前の青年は表情を一切変えることなく、自分に言っている。
「あんたの死でシンを解散させろ」
「……馬鹿な事を言うな。儂がどれだけお前に金と時間を注ぎ込んだと思っている! 儂が拾わなかったら、お前など貧困街に掃いて捨てるほどいる、死ぬしかないクソガキだったんだぞ!」
「確かにあんたの言う通りだ。でも、終わりにしよう。あんたも子離れするべきだ」
バルトロは顔を真っ赤にして歯を食い縛った。
「あんたはたくさんの人を傷付けてきた。勿論、俺もだ。本当は俺も死ぬべきかもしれないが」
セルジュは優しい眼差しをシャルロッテに向けた。ゴーレムに守られながら彼女は頷く。
「俺は咎を背負って生きていく。あんたには出来ない生き方を選ぶよ」
「……生意気な」
「どうする? 俺に殺されるか、自分で死ぬか。俺が殺すとなれば体は残らないと考えた方が良いぞ」
セルジュは鋭い目線をやる。
バルトロは怒り狂った顔でセルジュを罵倒するが、当の本人には何も響いていないと見るや黙ってしまった。
セルジュが本気だと悟ったのだろう。
ゆっくりと震える手で、セルジュが差し出す拳銃を受け取った。
「言っておくが、至近距離だとしても俺に撃っても意味がないからな」
皮肉たっぷりにセルジュは笑う。彼の言葉の意味はバルトロが一番よく分かっている。
彼を最強の暗殺者に仕立て上げる為に、幼い頃から銃に対する技を磨かせたのだ。まだ小さい子どもだったセルジュは、銃弾に何度も撃たれながら回避能力を身に付けた。
「儂の最高傑作だったお前に殺されるとは。スフォルトゥーナの魔女め……」
バルトロは悲しげに目を伏せた。そして、ゆっくりと銃口をこめかみに当てる。
「シャルロッテ、耳を覆って。ゴーレムは見えないようにしてあげて」
セルジュの優しい声が聞こえた。愛する人を見つけた彼は、彼女を守るためにその強さを生かしている。
震える指が撃鉄を起こし、引き金に触れた。
そう判断した組員達は続々と戦意を失っていく。戦う気などもう無いというように、両手を上げ、セルジュを見やる。何事にも諦めたような冷めた目で。
一方のバルトロは、自身の配下が命令を聞かなくなった事に焦りを感じているのか、口を開閉させながら呻き声を上げていた。
セルジュを上手く支配下に置いていると思っていたのだろう。自らの番犬に手を噛まれそうになるとは想像もしていなかったのだ。
「本当は今すぐに脳天を撃ち抜いてやりたい」
セルジュはバルトロの目の前に立つ。虫けらを見るような、底冷えする視線を目下にやる。
「親父のせいで苦しんできた人、罪もないのに死んでいった人達がたくさんいる。殺すのは簡単だ、俺はそれに慣れている。いや……慣らされたと言うべきか?」
貧しい暮らしをしていた頃、バルトロに拾われたセルジュはシンの組員として育てられた。それも並みの組員ではなく、暗殺に特化したバルトロの右腕として教育を施されたのだ。
字を読めるようになる前に、手早く人を殺す方法を教え込まれた。
字が書けるようになる前に、人を殺すことが出来た。
身寄りもいない、自立出来る程の特技は持ち合わせておらず、読み書きも出来ない自分が生き残るにはそうするしか無い。
何度も自分に言い聞かせながらも、人を殺した後は必ず手が震えた。刃で柔い肌を裂き、急所を突く。手順は体が嫌という程、覚えている。体は了承していても心は違った。
「俺は人を殺したくなかった」
殺したくない。本当は普通の暮らしがしたいだけ。生まれが貧しく、大した能力を持たない自分がシンを抜け出せても、結局同じ道に戻ってくるだろう。正しく生きるには能力が必要だと悟った。それは自分に備わっていないもの。
それでも心の奥底で普通の暮らしが出来るかもしれないという希望を抱き続けた。
絶望の中で一筋の光がセルジュを照らすように、その希望は小さくともはっきりと足元を照らし続ける。
やがてセルジュは、神が手繰り寄せた糸に繋がったシャルロッテと出会った。
彼女と出会い、何もかもが変わったのだ。見える世界、感じるもの、求めていた平穏な時。穏やかな心で居られる。彼女と過ごす時間がかけがえのない大切なものになった。
「その中で俺は彼女に出会って痛感したんだ。ずっと傍にいたいと」
セルジュにとってシャルロッテは眩しい存在だった。
自らの手は、今まで殺めてきた人々の血と重ねてきた罪がこびりついている。その手で彼女に触れる度、自分は彼女と共に居てはいけないと誰かに咎められているような気持ちになった。
「俺の過去には償いきれない罪がたくさんある。彼女の隣に立つ資格はない。それでもシャルロッテの傍に居たいと、俺は願うんだ。これが最初で最後の願いだって」
セルジュは床に落ちた拳銃を拾い、弾が入っているのを確認する。
震えながら彼を見上げるバルトロが固唾を飲んだ。
「願いを叶え続けるという我が儘を言う代わりに、人生を懸けて罪を償っていこうと思う。親父、あんたも償うべきだ」
そう言って装填された拳銃をバルトロに差し出した。
「あんたは富と権力が人生の全てだ。金の為なら何でもする。金と権力、今まで築き上げてきたシンが壊れるのが一番怖いだろう。だから償いとしてシンを解体させろ。人から奪い取った金、財宝をシンのせいで不幸になった人達に返すんだ。そして、この銃で自分を撃て」
バルトロは思わず見上げた。目の前の青年は表情を一切変えることなく、自分に言っている。
「あんたの死でシンを解散させろ」
「……馬鹿な事を言うな。儂がどれだけお前に金と時間を注ぎ込んだと思っている! 儂が拾わなかったら、お前など貧困街に掃いて捨てるほどいる、死ぬしかないクソガキだったんだぞ!」
「確かにあんたの言う通りだ。でも、終わりにしよう。あんたも子離れするべきだ」
バルトロは顔を真っ赤にして歯を食い縛った。
「あんたはたくさんの人を傷付けてきた。勿論、俺もだ。本当は俺も死ぬべきかもしれないが」
セルジュは優しい眼差しをシャルロッテに向けた。ゴーレムに守られながら彼女は頷く。
「俺は咎を背負って生きていく。あんたには出来ない生き方を選ぶよ」
「……生意気な」
「どうする? 俺に殺されるか、自分で死ぬか。俺が殺すとなれば体は残らないと考えた方が良いぞ」
セルジュは鋭い目線をやる。
バルトロは怒り狂った顔でセルジュを罵倒するが、当の本人には何も響いていないと見るや黙ってしまった。
セルジュが本気だと悟ったのだろう。
ゆっくりと震える手で、セルジュが差し出す拳銃を受け取った。
「言っておくが、至近距離だとしても俺に撃っても意味がないからな」
皮肉たっぷりにセルジュは笑う。彼の言葉の意味はバルトロが一番よく分かっている。
彼を最強の暗殺者に仕立て上げる為に、幼い頃から銃に対する技を磨かせたのだ。まだ小さい子どもだったセルジュは、銃弾に何度も撃たれながら回避能力を身に付けた。
「儂の最高傑作だったお前に殺されるとは。スフォルトゥーナの魔女め……」
バルトロは悲しげに目を伏せた。そして、ゆっくりと銃口をこめかみに当てる。
「シャルロッテ、耳を覆って。ゴーレムは見えないようにしてあげて」
セルジュの優しい声が聞こえた。愛する人を見つけた彼は、彼女を守るためにその強さを生かしている。
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