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第19話

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 森に戻ったシャルロッテは、友人達に話をしに行った。森の動物達、精霊達全てに協力して貰えるよう話をする。彼等はみなとはいかないが、多くの友人がシャルロッテに賛同してくれた。
 決行は今夜、桃源郷。

「今晩は出掛けるから、申し訳ないけどまたお留守番お願いしても良いかしら?」
『勿論だ。おいらが行っても何の力にもならないけど、ここでシャルロッテ達の帰りを待ってるよ。バンビの事は心配すんな』
 すやすやと眠る子鹿を撫でる。傷はすっかり良くなり、食欲も旺盛だった。そろそろ森に戻っても良いだろう。
 その前に森の安全を取り戻さねばならない。

「行ってきます、みんな」
『気を付けてね』
『おいら達、帰り待ってるから!』
 デューク達に暫しの別れを告げ、外套を身に纏うとシャルロッテは外へ出る。
 仲間達の気配を感じながら、夜の街へ向かった。

 シレントの街は昼と夜で見せる顔が大きく異なっている。少年の言っていた通り、桃源郷は夜しか開かない場所だった。華やかな灯りが目立つその場所が桃源郷なのだと察する。

 風の精霊の力を借りて自身の動きを俊敏にしたシャルロッテにとって、桃源郷の奥地へ進むのは容易だった。途中、外套を羽織ったシャルロッテを不審そうに見るシンの組員らしき人物が捕らえようとしてきたが、誰も彼女の動きについてこれない。
 あっという間にシンの屋敷へと辿り着く。
 繊細で綿密に彫られた意匠、質の良い物で建築したのが分かる。屋敷というより宮殿に近い。厳かな門にはご丁寧にも門番をつけていた。

「おい、そこの者。何用だ」
 門番は2人しか居なかった。彼等は唐突にやって来たシャルロッテを怪しむ。
「ここの頭領に会いに来たの」
「何者だ。素性も知らぬ者を通すわけにはいくまい」
「さっさと道を開けて。わたしは貴方達をお喋りしている暇は無いの」
「黙っていれば生意気な小娘だ! 捕らえろ!」
 門番はシャルロッテを捕まえようと手を伸ばす。その時だった。闇夜から獣が飛び出し、門番の腕に噛みつく。

『シャルロッテ、ここは我々に任せて先へ行け』
 巨大な2匹の狼はそれぞれ門番に噛みつき、動きを封じてくれる。
「ありがとう」
 シャルロッテは狼達に礼を言い、屋敷の中へと進む。突然の侵入者に組員達は行く手を阻もうと続々と立ち塞がる。

『おっと。卑しい人間が我の愛するシャルロッテに手出しをする事は万死に値するぞ』
 ふわりと出てきたのは草木の精霊王だった。地面から蔓を伸ばし、組員達を纏めて縛り上げる。
『貴様ら人間が容易く触れて良い存在でないぞ』
「ご助力感謝します、ケレス王」
 草木の精霊王は不敵な笑みを浮かべた。

 屋敷はとても広く、セルジュの居場所が掴めない。誰かを捕らえて聞いた方が早いか考えていた所に、風の精霊達がやって来た。
『シャルロッテ、セルジュ見つけたよ』
『この先にある大広間で見つけたよ』
「みんなありがとう」
 小さな精霊達は嬉しそうに微笑むと姿を消す。精霊王といった高位の精霊以外は、この血の臭いがする場所にいるのは耐え難い苦痛だろう。それなのに快く、シャルロッテに尽力してくれる。彼等に感謝しながら先へ進む。

 風の精霊達が教えてくれたように大広間へと向かう。そこにはたくさんの護衛が居たが、巨大な熊や狼達が助けに入ってくれたので、シャルロッテは無傷で通ることが出来た。
 両開きの扉を開けると、玉座に座る中年の男性がいた。脂ぎった顔に嫌らしい笑みを貼り付けている。

「貴方がバルトロね? 王様気取りは楽しい?」
「我が屋敷に客人が来たと思えば、随分礼儀知らずなお嬢さんだな」
「セルジュは何処?」
 バルトロは近くに控えていた組員に目配せをする。組員が空間を仕切るように閉められていたカーテンを開けると、痛々しいセルジュが居た。
 天井から繋がる鎖で両手は持ち上げられていて、上半身は何も纏っていない。身体中には痣が幾つもあった。

 セルジュは、力を振り絞るようにして顔を上げる。その瞳にシャルロッテを認めると、弱々しく微笑んだ。口の端から細い赤の線が一筋描かれている。ここまでするなんて。シャルロッテの怒りは沸々と湧いていた。

「酷い……セルジュは貴方の息子なんじゃないの?」
「息子だよ、大切に育ててきたさ。だが、組織には決まりがある。それを破る者には罰が必要なのだよ」
「セルジュが何をしたって言うのよ」
「組織を抜けようとしたのだ。自由が欲しいと言ってね? 貧困街で飢えていた小僧を拾って育ててやった儂にそう言うのだ。これ程の親不孝は無いだろう」
 バルトロは、もう呻くことすら出来ないセルジュを冷たく見やる。

「組織から抜ける事はどんな理由であれ大罪だ。組織に加わるということは、家族になる事だからだ。そこから抜ける事はすなわち裏切りを意味する。だが、息子はそれでも抜け出したいのだと言う」
「何が家族よ……卑劣な事をしているくせに」
「だから儂は抜けるならけじめとして、内臓を差し出せと言ったんだ。コイツは素直に腹を裂いて内臓を差し出したよ」

 シャルロッテは言葉を失った。健康な人体から内臓を取り出す事がどんなに危険な事か。
 同時に腑に落ちる所もあった。頭部の怪我を診たとき、古傷がたくさん体に刻まれていたこと。あれは内臓を取り出す為に、裂いた痕だったのだ。

「セルジュがそこまでしたのに、どうして彼を追うの?」
「答えは簡単、組織に必要な人材だからだ。コイツの殺しの腕は他に類を見ない程、優秀でね。儂としては、有能な殺し屋を失いたくない。だから戻れと言っている」
「理解出来ないわ。セルジュは自由になりたくて、体の一部を差し出したのに? 貴方が欲しいと言うだけで自由にしないの?」
 侮蔑を込めたシャルロッテの言葉に、バルトロはぎょろりと両目を向ける。

「理解出来ないだろう? 普通の人間はそうだとも。だが、これがシンという組織だ。要するに部外者は立ち入るなということだよ、お嬢さん」
 バルトロが指を鳴らす。傍に仕えていた組員だけでなく、後ろからもぞろぞろとやって来る。シャルロッテを逃がすまいと目をぎらつかせながら。
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