無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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紅桜抜刀篇

第71話 死闘の果てに

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金属同士がぶつかり合う鋭い音が響く虚空に紅い鮮血が飛び散る。

その血はほとんどシノアのものであったが、それにより彼の戦意が失われることはない。
いやむしろ、奮い立たされているというほうが正確な表現に当たるだろう。

「だんだん私の傷も増えてきたわねぇ…そうよ。もっと力を出して。その程度じゃないでしょう?」

殺人鬼も号泣して逃げ出すような笑みを浮かべ、攻撃をさらに苛烈なものに変える紅桜。
それに言葉ではなく、行動で答えるシノアは終始無言で必死に紅桜の攻撃をかわし、隙をついて斬り返している。

自身の限界をとうに超え、肉体的にも精神的にも追い詰められた状況にも関わらず、彼が手から刀を離すことはない。
今、彼が戦っているのは自分のためではなく敬愛すべき師匠のためなのだ。
武器の扱いや魔法の指南だけでなく、生まれて初めて愛してくれた大切な人のために、そのためだけに刀を振るう。
その先にあるのは短絡的な勝敗などではなく、今まで生きてきたことの集大成である。

「くふッ…はっ…はっ…はぁっ!!」

全身を切り刻まれようとも、骨を砕かれようとも止まることのない確固たる意志を持って彼は戦う。

そして、決着の時は訪れる。

「フフッ…本当に…こんなに興奮するのは久しぶりだわ。そろそろ限界かしら?それじゃあ…次で決めるわよ」

そういうと紅桜はその場で納刀し、構えを取る。
視認不可能な速度で放たれる居合斬りの構えである。

対するシノアは殺気立った紅桜から距離を取り、両手で刀を構える。
さらに、右眼に宿る炎に燃料となる自身の生命エネルギーをくべ、権能を最大限強化しようとする。
この一撃にすべてをかけるために。

「…来なさい坊や。痛みを感じる暇もなく逝かせてあげるわ」
「ッ…ハアァァア!!」

かつて、剣聖と呼ばれるようになる少年と対峙した時と同じように、迸る殺気を剣に宿す紅桜。
静かに佇む凛とした姿は、まるで孤独に咲き誇る一本の桜のごとく美しく、そして剣呑だ。

彼女に向かって走りながら高らかに雄叫びを上げるのは、いずれ死神と呼ばれる青年、神の寵児である。
今はまだ武骨でお世辞にも研ぎ澄まされているとは言えない太刀筋だったが、その眼には確固たる意志が宿っている。

二つの影が交差し、決着の時が訪れる。

刀を振り切った姿勢のまま硬直するシノアと、半ばほどまで刀を抜刀し静止している紅桜。
先に沈黙を破ったのはシノアだった。

ピキピキとひび割れる音を鳴らしながら刀に割れ目が広がっていき、とうとう木っ端微塵に砕け散ってしまった。
それと同時にシノアは両膝を血の海に沈め、そのまま硬直して動かなくなる。

「…ふぅ…正直予想外よ、ここまで強いなんてね…」

対する紅桜は余裕の表情を崩さずに刀を納刀し、ため息をこぼした。
一見すると紅桜の完全勝利だったが、それは間違いであることがすぐに証明された。
紅桜自身によって。

ため息をつくと同時に彼女が自慢の着物を自身の鮮血によって美しく染め上げたのだ。
腹部から背中にかけて曲線状に描かれた傷は、シノアによって刻まれた走馬灯を呼び起こさせる死への入り口である。

「…負け…た…わ…ぼう…や…」

満足げにつぶやくと血の海に身体を沈め、静かになる紅桜。

その言葉が届いた膝立ちのシノアは、勝利に沸き立つことも、疲れによって倒れこむこともせず、ただ静かに虚空を見つめるのみだった。
長い前髪によって隠されたその両眼からは、なんの感情も伺い知ることはできない。

「…どう…して…生きて…るんだ…」

数瞬の後、悲し気に言葉を発すると血の海に波紋を広げ、意識を暗転させてしまった。

◇◇◇

薄暗く気味の悪い洞窟に倒れる青年が一人。
その手には新たなる相棒が握られていた。

◇オマケ◇

紅桜とシノアの死合から数週間後、人里離れた森の奥地にて…

「397…398…399…よ、よんひゃく…」
「おそいわね、もっと早くしないと」

身体の上に50キロの金属塊を乗せられ、片手で腕立て伏せをする青年と、その横で静かに本を読み漁る着物の女性がいた。
見るからに奇妙な光景である。

「や、やっと終わった…きゅ、休憩だ…」

青年が金属塊をどけながら地面に寝そべろうとするが、顔の真横1ミリの場所に真剣が降ってきたため、飛び起きることとなった。

「な、なにするんですか?!」
「あら、上体起こし、腹筋、腕立てが終わったら真剣で模擬戦殺し合いでしょ?そのあとは50キロのランニングね。少しでもペースを落としたら背中の皮を少しずつ削いでいくわよ」

あまりに荒唐無稽で殺す気満々の女性の言葉に青年は目を閉じ、ただ祈ることしかできなかった。
すなわち、どうか今日も生き延びることが出来ますように、と。

「それじゃあ、行くわよ?」

人里離れた森に青年の悲鳴が鳴り響いた。
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