無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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紅桜抜刀篇

第69話 歩く魔術指南書

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此界終焉エンド・オブ・ワールド
最上級魔法を4つ発動させその力を踏み台にし、権能を爆発的に上昇させた恐るべき魔法─禁術。

完全オリジナルでありながら秘めたる力は想像を絶し、第一詠唱で起きた核分裂を第二、第三、第四の過程で昇華、並びに連鎖させることで短時間での連続的核分裂連鎖反応を誘発、それにより大規模な核爆発を引き起こす─魔法とは思えないほど科学的な代物だ。

(ッ…躱しきれな─)

絶望の光が紅桜を包み込んだ。

◇◇◇

「はぁ…はぁ…はぁ…」

小鳥のさえずりすら聞こえない静かな森に青年の絶え絶えしい呼吸が響き渡る。
紅桜との決闘から遡ること六か月、シノアは自分の魔法制御能力に限界を感じていた。

どれだけ修練を積んでも全く才能がない彼はお世辞にも魔法使いとは呼べず、せいぜい中級魔法を行使するのがギリギリだ。

「…はぁ…こんなんじゃ…ダメだ…」

地面に横たわり肩で息をしていたシノアだったが、自身の頬を叩くと起き上がり再び魔法の鍛錬をし始めた。

「“原初の炎、我が右手に宿り、全てを焼き尽くせ、焼炎砲フレイムバーン”」

炎系中級魔法である焼炎砲フレイムバーン
本来8句ある詠唱を3句にまで縮め、魔法陣も描かずに行使していることは充分すぎるほどに優秀な結果と言えるのだが、彼はそれで満足しない。
いや、自分の実力不足で大切なものを喪ってしまったと妄信している彼にとって、満足できる力など存在しないのだ。
喪ったものはもう二度と戻りはしないのだから。

(…ッ…)

シノアは魔法の構築中で集中しなければならない状況にも関わらず、余計なことを思い出し思考を乱してしまう。
思考の乱れはそのまま彼の手の中の業火に影響を及ぼし、詠唱主に牙を剝く。

「あつッ…うわぁぁぁ!」

その身に炎を宿し断末魔の叫びをあげるシノア。
ゆっくりと近付いてくる死という存在に脅かされながら、その頭の中は驚くほど冷静だった。

(このままだと自分の炎に焼かれて死ぬことになる…こんなんじゃ天国のフィリアさんに笑われてしまう。待てよ…もしかしたら…)

その身に宿った炎とは対照的な脳内で恐ろしいことを思いついたシノアはひどい火傷を負った身体に鞭を打って魔法の詠唱を始めた。

「“せいぼ…の…ほほ…えみ…われ…ここに…いやしを…もと…む…聖霊治療ホーリーキュア

その瞬間シノアの焼けただれていた皮膚は再生を始め、瞬く間に元通りの姿となった。
瞬間的な回復による眩暈と違和感を覚えながらシノアは自身が思いついた恐るべき修行法の効率の良さに感動すら覚えた。
その修行法とは─

「“炎の奔流…紅蓮の焔…嵐とともにッ…紅蓮嵐撃フレイムストーム!」

先ほどの魔法とは比べ物にならないほど桁違いの魔力が込められたそれは、再びシノアの皮膚を焼き骨を露出させる。

「っあ…くっ…!」

生身で針の山に飛び込んだような痛みを感じ声にならない悲鳴を上げるシノア。
片膝を地面につきながらも痛みに耐えきった彼は、先ほどと同じように回復魔法でその身を癒した。

「はぁ…はぁ…はぁ…よし…これなら…」

そしてまた同じ過程を繰り返す。

そう、彼が思いついた効率的な魔法の修行法とは、自分の身体を攻撃魔法の的として傷付け、それを回復魔法で癒すという悪魔的なものだった。

到底人間が耐えられるとは思えない激痛を何度も感じながら、シノアは確かに成長を感じていた。
少しでも加減を間違えればその瞬間に死が訪れるという緊迫した状況の中で、彼は笑みを浮かべて佇む。

大切なものを守れるだけの力を得るための近道を見つけたことを喜びながら、ひたすら魔法を放ち続けるシノア。
あまりにも狂気的で常人ならば痛みのあまり、とうに意識を手放しているであろう状況。
彼はそれを半年間休むことなく続けたのだ。

後に“歩く魔術指南書”と呼ばれる青年の誕生である。
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