無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

文字の大きさ
上 下
71 / 88
紅桜抜刀篇

第65話 穢れた殺意

しおりを挟む
どこまでも続く澄み切った青空。
雲ひとつ見えず終わりの見えない青を反射する地面の血池。

そこに佇む黒髪の美女。
桜色の美しい着物を纏い、両手で大切そうに刀を抱きしめる彼女からは溢れんばかりの魅力と、人外の殺気が放たれている。

そんな彼女と対峙する青年が一人。

「あら、坊や。久しいわね」

足元に広がる血よりも紅いその瞳を輝かせ、その手に握る刀を彼女に向けて殺気を放つ。
問いかけにも答えず剣を交えようとする青年の瞳を見た彼女─紅桜は悟った。
青年─シノアの堕落を。

「…そう、あなたも血に酔ったのね。私と同じ…うふふふ…」

その言葉を合図に二人の刀が交差する。
足元に広がる血池によってある程度動きは制限されるはずなのだが、二人の動きに衰えは感じられない。
むしろ、動くことにより舞う血しぶきが二人の感覚を研ぎ澄まし、命のやり取りというメインディッシュに相性抜群のスパイスを加えているようだった。

「ふふ…一体どんな修行をしたのか知らないけれど、これほど成長してるなんて驚いたわ。最後にあってから何年ぐらいたつのかしら?」

シノアと激しい剣戟を振るいながら心底楽しそうにつぶやく紅桜。
しかし、そのつぶやきに反応することなくシノアは攻撃をさらに苛烈なものへと変えた。

荒々しくも研ぎ澄まされた剣閃を危なげもなくかわす紅桜だったが、だんだんとその表情から笑みが消えていき15分ほど経つと、完全に無表情となっていた。

「坊や…もし、3年…いや、たとえ10年かけてその境地に辿りついたのだとしてもそれは称賛に値するわ。今のあなたは間違いなく、今まで挑んできた者達の中で最強よ─」

シノアの刀を弾き後退した紅桜は、刀を鞘に納めると静かに語り始める。

「─だけど、ただひたすら血を求めるだけのあなたじゃ私には勝てない…」

その言葉を置き去りにして紅桜はシノアの腹部に正拳突きをお見舞いした。
身体がくの字になるほどの衝撃を伴ったその攻撃はおぼろだったシノアの意識を覚醒させ、血の酔いから醒まさせた。
血反吐を吐きながら状況を掴もうとするシノアに刀を突き付ける紅桜。
今までが遊びだったと思えるほどの殺気を放ちながらシノアを立ち上がらせると、死合の続きを催促する。

「さて…目が覚めたわね?早く続きをしましょうか…」
「かはっ…こ、これはどういう…」

混乱するシノアを無視して、紅桜の猛攻は始まる。
目で追うことが億劫になるほどの速さで繰り広げられる剣戟は、もはや達人という言葉すら生温く、人ではない何かがぶつかり合っていると表現する方が正しいだろう。

紅桜から放たれる剣閃をなんとか躱すシノアだが、混乱状態ということもありうまく捌ききれていない。

そんなシノアに冷や水を浴びせ覚醒させようとする紅桜。彼女の場合冷や水が、血であることは日常茶飯事だが…

「“舞い散れ血桜、空華乱墜くうげらんつい”」
「ッ!血変桜化けっぺんおうか!」

美しい桜色の花びらと血のようにどろどろとした紅い花びらが交差する。
幾度となくその奥義を放ってきたことでまるで本物のような桜刃を使役する紅桜に対し、シノアの桜はまだ未熟だ。
血を変化させているからという理由もあるが、まだ血の生臭さが残っておりあまりにも殺意に満ち過ぎている。

「はぁ…はぁ…はぁっ…」
「あら、驚いたわ。まさか使えるようになっているなんてね…」

お互いの桜刃がぶつかり合い血の海に沈んだところで紅桜は思わず声を上げる。
少しばかり出血させ気力を削ろうと考えていたのだが、シノアは無傷。
ある程度スタミナは消耗しただろうがそれは時間と共に回復するものだ。
実質無傷といえるだろう。

「正直驚いたわ。いったいどれくらい修行したのかはわからないけど完全にその子を使いこなしているようだし、よほど自分を追い込んだのね」

シノアの右手に握られた桜小町を見つめながら、感嘆の声を上げる紅桜。
そこには世辞などは一切含まれておらず、その言葉が嘘偽りのない真実であることを告げていた。

その言葉の真意がわからないシノアはただ無言で構えを取る。
突然斬りかかってきたかと思えば、手を止めて称賛の言葉を送り始める。
シノアからすれば紅桜の行動は意味不明であり、常人にも理解不能だ。

しかし、紅桜からすればそれは些細なことであり、老齢な彼女には他者との交わりなど隙を作ること以外の何物でもない。

「だけど、まだ足りない。何かを喪って得た強さなど、何の価値もないしすぐに身を滅ぼすことになるわ」
「っ…なぜ、それを」

まるでここまでに至るシノアを見てきたかのような物言いに思わず、声を上げるシノア。
ようやくまともに会話できたことに微かな喜びを得た紅桜は、その妖艶な笑みをより深いものにして言葉を紡ぎ始める。

「剣には性格、そして感情が現れるものよ。今の坊やの剣は悲しみと怒りに満ちている。大切なものを喪った悲しみ、理不尽に立ち向かえなかった自分自身に対する怒り、いろんなものが混ざり合って刀が悲鳴を上げているのよ。そんな悲しい剣じゃ、私は斬れないわよ」

何もかも見透かしたその瞳を向けられるシノアは紅桜の言葉に歯噛みする。
彼女の言う通りシノアはフィリアを喪って以来、八つ当たりするかのように生物を殺してきた。
その結果、怨嗟の炎が彼に宿り悪魔よりも恐ろしい存在に身を堕としかけた。
そんな汚れた感情に塗れた剣で、数万年という気の遠くなる年月を純粋な殺意と共にあった伝説の妖刀に打ち勝てるだろうか?

「さて、心は入れ替えた?それじゃあ始めるわよ」

答えは否。紅桜に勝つには、彼の剣は穢れすぎていて潔すぎる。
もっと不純を知り純粋な殺意を身に纏えるようにならなければ、その領域に達することなどできない。

いずれ死神となる青年とその相棒が再び対峙する。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~

TOYA
ファンタジー
~完結済み~ 「この世界のルールはとても残酷だ。10歳の洗礼の試練は避ける事が出来ないんだ」 この世界で大人になるには、10歳で必ず発生する洗礼の試練で生き残らなければならない。 その試練はこの世界の最下層、魔物の巣窟にたった一人で放り出される残酷な内容だった。 生存率は1%未満。大勢の子供たちは成す術も無く魔物に食い殺されて行く中、 生き延び、帰還する為の魔法を覚えなければならない。 だが……魔法には帰還する為の魔法の更に先が存在した。 それに気がついた主人公、ロフルはその先の魔法を習得すべく 帰還せず魔物の巣窟に残り、奮闘する。 いずれ同じこの地獄へと落ちてくる、妹弟を救うために。 ※あらすじは第一章の内容です。 ――― 本作品は小説家になろう様 カクヨム様でも連載しております。

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

処理中です...