無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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異世界放浪篇

第12話 狩る者の覚悟

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「ガルルルルゥ…」
 
狼のような魔物が涎を滴らせながら剣を構えた少年に襲い掛かる。その鋭く尖った牙は少年の細い首筋を捉えたかと思われたが、既の所で少年は躱し持っていた剣で反撃を試みる。
だが、魔物はそれを軽々と宙返りして躱してしまう。それは当然ともいえた。
なぜなら少年の脚は震えており、剣を持つ手も力が入っていないように見えるからだ。
 
「シノア、怖いのは仕方ない、だけど相手は自分のことを殺そうとしてるの。自然界とは喰うか喰われるか、弱肉強食が基本なんだよ。だからしっかりと踏ん張って相手の動きを観察してから反撃して」
 
シノアに厳しい言葉をかけたのは近くで傍観しているフィリアだ。
シノアを、命を奪うという行為に慣れさせるため村を襲った魔物を追う道中に出くわした魔物で訓練をしていたのだ。そんな中、突然魔物の動きが素早くなりまるで3匹に増えたかのように見え始めた。
 
「は、はい!…クッ!こいつ素早くて動きが―」
「目で捉えることに重点を置きすぎないで。かすかな風の音、地面を踏んだ時の衝撃、空間の揺らぎ、小さな違和感を探して身体全体で捉えて」
 
傍から聞けば“それかっこつけて言ってるけどいわゆる勘じゃ…”と突っ込みたくなる指導だ。だが、フィリアの鬼の修行に3か月耐えたシノアはすっかりフィリア色に染められており、感覚でそれを掴んだ。
 
「風の音…衝撃…空間…違和感を探す…身体全体で…」
 
集中し魔物の気配を捉えようとするシノア。そして戸惑いながらも剣を三回・・振るう。
 
「お疲れ様、やっぱり三匹だったね」
 
そう、シノアの周りを高速移動し分身しているように見えた魔物は、実は本当に複数いただけだったのだ。そのためフィリアは気配に気を配るようにシノアにアドバイスをしたのだった。
 
「シノア、とどめはまだ怖い?」
 
シノアが切りつけた魔物たちは傷は負っているが、どの個体も動けないだけでその目は今にも飛び掛からんとした殺意が込められたものだった。
 
「すみません…まだ、その、怖くて…」
「大丈夫、いつかできるようになるよ。それじゃ魔核取り出すついでに解体もするから周囲の警戒、お願いできる?」
 
そういうとフィリアは大型のハンティングナイフを鞄から取り出し、身動きの取れない魔物に近寄っていく。食料として魔物の肉を切り分けるのと魔核と呼ばれる魔物の第二の心臓のようなものを入手するためだ。魔核は魔法の媒体になったり宝石として重宝されたりとかなり貴重な品だ。生活費に充てるためにも持っていて損はない。
 
一方、シノアは後始末をフィリアに任せてしまったという情けなさと生物を傷付けたという恐怖を感じながら少し離れた位置で周囲を見回し近付いてくる魔物や人がいないか警戒する。
 
シノアはいまだに動物を殺すことができずにいた。以前、フィリアが狩ってきたウサギ型の魔物の解体を任されたのだが絞めることもできなかった。あろうことかフィリアが目の前で手本を見せたことで吐いてしまった。転生前は虐待の有無はあるが、それ以外はごく普通の少年だったのだ。猫や犬、ウサギなどの動物が死ぬところすら見たことがなかったのにいきなり絞めろといわれ、挙句の果てに目の前でやってのけられたら吐きもするだろう。
 
最初に魔物を斬った日は手に付いた血がいつまでも取れないような気がして何度も手を洗ったのものだ。夜は夢で魔物に魘され、恐怖で枕を濡らした。ヘタレのように思えるが現代っ子がいきなり異世界で動物を殺せと言われたのだから当然の反応だろう。慣れようと努力しているだけシノアは頑張っているといえる。
 
それ以来シノアは必死に生物を殺すことに慣れようとしてきた。だが、何度やっても結果は同じ。傷付けることすら忌避していた最初のころよりは幾分かマシにはなったが、相変わらず命を奪うことには抵抗があった。
 
シノアが周囲を警戒しているとフィリアのところから肉を切り裂く音と骨を折る音が聞こえてきた。思わずその光景を幻視し、吐き気を催すシノア。しばらくすると音は止み、手を血で染めたフィリアがやってきた。魔核は布に包んで鞄になおし、切り分けた肉は専用の金属の箱に入れ鞄になおしたため片手に大型のナイフを持ち両手は血に染まっているというなかなかホラーチックな絵面になってしまっている。
 
「毎回だけど、連続殺人鬼みたいだよね私…」
 
自虐気味のネタに感じていた吐き気なども忘れて思わず吹き出してしまうシノア。
その笑顔を見て安心したフィリアは手を水系の魔法で洗い流し、シノアを急かす。
 
「さぁ行こう。ヤツを見失ったらあの子との約束、果たせないよ」
「は、はい!でも、こんな大きな跡があるから追うのは簡単ですね」
 
シノアの視線の先には折れた大木や巨大な足跡があり、どちらの方角へ向かったのかは一目瞭然だ。
 
「そうなんだけどね…いやな予感がするの。今追ってる魔物の検討はついてるんだけどまだ冬眠中のはずだから…」
 
そういうと腕を組み考え込むようなしぐさをするフィリア。
 
「え?フィリアさん、今追ってる魔物の正体知ってるんですか?」
 
驚いたようにフィリアを見るシノア。
 
「うん、たぶんね。これだけの大木を移動するだけでなぎ倒してしまうほどの巨体、生息域は森の中、獲物を生きたまま棲み処に連れていく習性、間違いなくジャバウォックだと思う」
 
ジャバウォック、それは熟練のハンター集団でさえ犠牲なしに狩るのは不可能とされる災害級のモンスターだ。その全長は5メートルを超え、小型のドラゴンとさえ言われている。しかし、その危険性と比例するように素材の希少価値も高く、貴族たちがお抱えの冒険者やハンターを向かわせ、無駄死にさせることも珍しくはない。目撃されれば大規模な討伐隊が組まれ、周辺地域には避難勧告が出されるほど危険な魔物だ。
 
「ジャバウォック…たしか、中型の魔物を好んで食す肉食の魔物でしたっけ…あれ、でもジャバウォックの活動時期は四月、じゃなかった畏の月だけだったのでは…」
 
シノアの言う通り、ジャバウォックの活動時期は畏の月と呼ばれる、日本でいう4月に当たる時期のみだ。今は創の月で日本では1月に当たる時期だ。大型の魔物であればあるほど活動時期は限られており、その時期がずれることは、ほとんどないといってもいい。
 
「そうなんだよね。だから別の魔物って線も考えてるんだけど、今のところはジャバウォックの変異種ってのが濃厚かな」
 
魔物には変異種と呼ばれるものが存在し、生息域が違ったり、活動時期が異なったり、色や姿が別だったりと通常種との違いは様々だ。
 
「なるほど…ここ10年はジャバウォックの討伐記録すらありませんし生態系の変化から新しい環境に適応したとも考えられますね」
 
シノアの冷静な考察に目を丸くするフィリア。
 
「な、なんですかその目は」
「いや、相変わらず勉強熱心だなーって思ってさ。よく歴史書とか魔物生態史とか読んでるから詳しいのは当然かもしれないけど、討伐記録まで網羅してるとはね」
「そ、そうでしょうか」
 
フィリアの称賛を照れたように誤魔化すシノア。ぽりぽりと頬を書くと自虐染みた笑顔を浮かべる。
 
「前は静かに勉強なんてできなくて、ゆっくり読書する時間もなかったんです。だから新しい環境で自分の生活に役立つ知識を得られることがうれしくて…」
 
転生前は事あるごとにいじめの対象になっていたため、授業中はおろか休み時間も勉強などできなかった。家では虐待を受けていたため当然のごとく自分の時間などなく、数少ない友人の家に上がり込んでは教科書とノートを見せてもらっていた。そんなシノアの姿を見たフィリアは“まったく…”といった様子で動き出す。
 
「そんな顔しちゃだめだよ。この世界にはシノアをいじめる人なんていないんだから自分のやりたいことを好きにやっちゃっていいんだよ?」
 
シノアの頬を両手で包み、自分の方へ向けさせるフィリア。その顔には聖母と見紛うほど優し気な笑みが浮かんでいた。そして、それを少し悪戯っ子のようなものに変えると―
 
「それに、今のシノアならそんな人たちなんて一捻りでしょ?」
 
クスクスと笑いながら言い放った。
 
確かにシノアは強くなった。召喚されてすぐはスキルも何も持たず魔法適性もまったくなかったシノアだが、努力の末、いくつかのスキルを獲得し魔法も習得し始めている。相変わらずレベルは1のままだったが。それでもシノアをいじめていた連中など片手であしらうことができるだろう。ともに召喚された榊原たちには逆に片手であしらわれることになるだろうが…
 
「そ、そんなことないですよ。それに僕はできれば争い事は…」
「あいっ変わらず優しいなー。まぁ、そこもシノアのいいところだけどね。でも、優しさと甘さを履き違えちゃだめだよ。さ、行こ」
 
フィリアの忠告をしっかりと受けとめ先に進むシノア。
この先に何が待っているのかもしらずに…
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