無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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異世界放浪篇

第10話 幼子との約束

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「せえぇぇい!」
 
小ぶりのバスタードソードを大上段にとり、気合と共に振りかぶるシノア。
その標的となった女性は片手の華奢なエストックで、さながら小野派一刀流剣術、金翅鳥王剣に見えなくもないシノアの攻撃を軽く捌く。あたりに金属同士がぶつかる音が響く。
 
「はっ、ふっ、せい!やぁ!!」
 
なんとも締まらない声と共に振るわれるシノアの剣術はなぜだか様になっていた。
剣道でいう面、胴、小手を軽やかに繰り出しながらシノアの疲労感は蓄積していく。
その後何度か打ち合うとシノアが尻もちを搗いた。
 
「はぁ…はぁ…ひぃ…」
「ふぅ、今日はこんなものかな。大丈夫?」
 
シノアに優し気な笑みを浮かべ手を差し伸べたのは、かつてシノアが死にかけていたところを助けた女性、フィリアだ。二人が出会ってからすでに3か月が経っており、毎日欠かさず剣術の訓練をしていた。おかげでシノアは剣術のスキルを手に入れ戦闘能力も召喚された当初とは比べ物にならないほど上昇していた。未だレベルは1なのが悲しい現実といったところか。
 
「…相変わらず容赦ないですね。ていうか、いつになったら一本取れるようになるんだろう…」
「そのおかげで剣術スキルもゲットできたし、結果オーライでしょ?まぁ、スキルを手に入れたぐらいで一本取られるほど私は安い女じゃないよ」
 
呼吸を整えながら、容赦のなさと相変わらずの強さにジト目になるシノア。そんなシノアにフィリアは“ドヤッ”と音が聞こえてきそうなほど見事などや顔で答える。
 
「まぁ、スキルは本当に驚きました。まさか後天的にも手に入るなんて…」
「努力の賜物だよ。普通はスキルを、それも戦闘系のスキルを後天的に手に入れるのなんて、それこそ何年も苦しい修行を続けなきゃいけないよ、普通はね」
「僕を普通じゃないみたいないい方しないでくださいよ…スキルにかんしては先生がいいからですよ」
「まーた、そんなおべっか使って!何?ほしい魔導書でもあるの?何冊でも買ってあげるよ?!」
 
シノアの感謝の言葉に照れたように“ふんすっ”と鼻を鳴らす。
 
「それじゃあ混沌魔法のいい本があったのでそれを」
「なんだとー本当におべっかだったのかきさまー」
「あははっ冗談ですよ冗談」
 
仲良く談笑する二人。その姿はとても出会って数か月しか経っていないとは思えなかった。お互いを信頼していることが雰囲気から感じ取れるほど仲睦まじい様子だった。
 
だがそんな楽しい時間も長くは続かない。ふたりの耳を劈くような悲鳴が聞こえてきたのだ。
 
「い、いまのは?!」
「待って。…村が襲われてるみたい。シノア、行くよ」
 
シノアを起こし、村の方へ駆け出すフィリア。
 
「は、はい!」
 
そんなフィリアの背を追い、シノアも走り出す。胸にある種の不安を抱えながら。
 
◇◇◇
 
シノアたちが村に着くとまず、ひどい惨状が目に飛び込んできた。食いちぎられた村人や血だまり、肉片がそこかしこに点々としていた。フィリアと旅をするようになってこのような惨状は少なからず目にしてきた。だが、今でも目の前で人が死ぬというのは慣れるものではなく、思わず胃の中の物を吐き出しそうになるシノア。
 
「大丈夫?」
 
そんなシノアの背中を心配そうに擦るフィリア。
 
「だ、大丈夫です。すみません、まだ慣れなくて」
「こんなの何度見たって慣れるものじゃないよ。だけど、この世界で生きていくなら覚悟しないといけない光景だから。無理はしない程度に頑張って」
 
フィリアの言葉に気持ちを切り替え、生存者を探そうとするシノア。フィリアも辺りを見回し、生きている人間を探す

その村は50人程度の規模だったようだが半数近い人間はすでに地面に伏せていた。家屋も跡形もなくボロボロにされており、巨大な魔物に荒らされたことが分かる。近くの無事な家屋などを捜索するが何の手掛かりも得られず、唇を噛むシノア。そんなシノアにフィリアは別の場所を探そうと提案する。そして、村にあった広場のような場所に近づく。
 
「ひどい…」
 
沈痛な顔をしたシノアの口から思わず声が漏れる。
 
「あそこ、見て。人が集まってる。事情を聞こう」
 
広場の中心には子供や老人、大人など年齢性別がバラバラの十数人程度の人がいた。おそらくこの村の住人だと思われた。
 
「おしまいじゃ…あんな魔物が出るなんて…この村はおしまいじゃ…」
「神よ…罪深い我らにどうか救いを…」
「ままぁああ!どこぉおお!ままぁぁ!!」
「静かにおし!あんたのママはあいつに連れていかれたんだよ…」
「あぁ…おしまいだ…」
 
それぞれ村の惨状を嘆いており、年端もいかぬ小さな子供は母親を求めて泣き叫んでいた。
そんな彼らに声をかける女性が一人。
 
「すみません、旅の者なのですが悲鳴が聞こえたため確かめに来ました。…魔物に襲われたのですか?」
 
突然の女性の登場に無言になる村人たちだったが次の瞬間には訝し気な視線を女性と連れの少年に向ける。この村の周辺では盗賊がよく出没しており、魔物に村を襲わせその混乱に乗じて盗みを働く輩が少なからずいるのだ。そのため、よそ者にはかなり警戒していた。
 
「そうじゃが、お前さんらはなにもんじゃ?盗賊には見えんが、ハンターにも見えん。悪いが村はこんな惨状でな、水一滴たりともやる余裕はないぞ」
「いえ、ただの通りすがりです。かなり大型の魔物に襲われたようですが」
 
するとフィリアに受け答えをしていた村長と思われる男性は表情を苦々しいものに変え、ぽつりとつぶやくように話し出した。
 
「突然、森の方からあの巨大な狼のような化け物が襲ってきたんじゃ…この村は平和じゃったし護衛隊もおらんかった…どうすることもできず村は…」
 
そこで押し黙る村長。周囲の村人も当時の状況を思い出し、顔を歪める。
すると先ほど母親を求め、泣いていた少女がフィリアの隣で苦悶の表情を浮かべていたシノアに歩み寄り、シノアの外套の袖口を握りしめる。
 
「うぅ…おねがいっ、ままをぉ、ままをたすけてっ、わるいやつにぃ、つれてかれたのぉ…」
 
泣きながらもしっかりとした口調でシノアに助けを求める少女。
 
「大丈夫だよ。ママは絶対助けてあげるから」
 
そしてシノアは思わず片方の手で少女の手を握りしめ、もう片方の手で少女の頭を撫でながら約束をする。
 
そんなシノアを見てフィリアは目元を緩める。そして再び凛とした表情に戻すと村長をしっかりと見定め、魔物の所在を聞く。
 
「その村を襲った魔物どこにいったかわかりますか?」
「聞いて何をするつもりかは知らんがやめておけ。旅人が立ち向かって敵うような相手では―」
 
村長がフィリアを諫めようとするがその言葉は突如辺りに響いた鳴き声にかき消された。
 
「グウオオォォォン!!」
 
そして鳴き声の正体は村人たちをあっという間に取り囲むと涎を垂らしながら睥睨し始めた。
 
「ひっ、ひぃぃ!森からまだ魔物が…」
「これが例の魔物たちですか?」
「そんなわけなかろう!こ、こやつらは取り巻きじゃ!あの巨大な魔物が通った後の残飯を喰らうハイエナどもじゃぁ…」
 
恐ろしい魔物たちにおびえる村人たちだったが、フィリアは毅然とした態度を一切崩していなかった。まるで自分たちを取り囲んでいる魔物たちなど眼中にないとでも言いたげな様子だ。
魔物たちは今にも飛び掛からんとしていたが…
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